第9話

「あ、あの沙月さん?」

ベッドの上で私に倒されているアリシアさんは顔を真っ赤にして見つめてくる。

「ごめん。アリシアさん。我慢できないかも。」

 私は欲望のままにアリシアさんの唇を奪う。息が切れてきたので顔を離すとアリシアさんはまるでもっとしてほしいかのような、そんなねだるような顔をしていた。再び唇を合わせると私の背中にアリシアさんが手を回してきた。そのままアリシアさんは手に力を込めて私を引き寄せた。アリシアさんは私の胸あたりに顔をうずめている。

 考えてみればアリシアさんからハグをしてきたのは初めてで私の脳内は幸せと羞恥でいっぱいだった。今はまだ理性が残ってるけど一回このストッパーが決壊したらどうなってしまうか自分でも恐ろしい。

 しばらくアリシアさんに抱きしめられているとふとアリシアさんの力が弱まった。

「アリシアさん?」

問いかけても反応はなかった。力が弱まってるとは言え手足が絡みついているのでアリシアさんを起こさないように何とか脱出してアリシアさんの顔を見ると幸せそうな寝顔を見せていた。

 こっちの世界に来てから間もないから疲れもたまってたのかな。なんて考えながら体を起こして熱を冷ます。アリシアさんの頭を撫でながら冷静さを取り戻すと今度はさっきまでの自分が恥ずかしくて顔がまた熱くなっているのを感じる。

 顔を洗おうと洗面所で冷水で顔を洗っていると琴さんがやって来た。

「どうされました?」

「あ、いや、ちょっと暑くて。」

正直に答えるわけにもいかなくて雑に返答してしまった。これでは何かあったと自分で言っているようなものだ。頭を冷やすためにもう一度顔に水をかけた。

「お風呂はいつになさいますか?」

「明日の朝でもいいですか?アリシアさん寝ちゃったので。」

「かしこまりました。」

そう言うと琴さんは洗面所から出て行った。そのあとしばらく洗面所の壁にもたれかかって熱を冷ました。

 

 部屋に戻って来てもアリシアさんはすやすやと眠っていたので起こさないようにしてお化粧を軽く落とした。ふと時計を見ると11時を既に超えていた。普段だったらもう寝ている時間なので私も寝ることにした。電気を消してベッドに入り、アリシアさんの頬にキスを一つ落としてから目を閉じた。



 アラームはかけていないのに早起きをしてしまって時計を見ると朝の5時だった。二度寝をしようにもこういう時に限って目覚めが良く、二度寝する気にもならなかった。どうやって時間を潰そうかと思っていると私の隣で眠っているアリシアさんがもぞもぞと動き出した。アリシアさんは「ん~。」と喉を鳴らしながらベッドの中で伸びをしてから体を起こした。

「おはよう。」

「おはようございます~。」

まだ眠いのか目は半開きで頭をこっくりとさせている。

「昨日お風呂入ってないけどもう入る?」

「入ります~。」

軽く水分補給をしてから脱衣所に行き服を脱いで洗濯機の前に置かれている籠に入れる。今日はネットに入れたりするのは琴さんに甘えることにする。

「わぁー広いです。」

 浴室に入るとアリシアさんの声が反響した。おじいちゃんの家のお風呂は旅館にありそうなサイズの檜風呂で体を洗うスペースも無駄に広い。体を洗ったり、昨日の夜は軽く洗顔しただけなので洗顔を丁寧にやってからお湯に浸かる。家のお風呂だと流石に並んで入るほどの大きさは無いけどここなら並んでも足を余裕で延ばせる。昔は泳いだくらいだ。お母さんに叱られたけど。やっぱりお風呂はいいな。リラックスできる。

「アリシアさんってお風呂好き?」

「好きです。」

「そっかー。じゃあいつか温泉旅行とかいきたいねー。」

「温泉旅行?」

「うん。温泉は普通のお湯とかと違って炭酸風呂っていってシュワシュワしてたり、いろんな効能があるんだ。」

「行ってみたいです!」

アリシアさんの弾んだ声がまた浴室に響く。

「夏休みに行けるところあるかな。お父さんに聞いてみなきゃ。」

「楽しみです。」

「でもその前に定期テストがあるけどね。」

「そういえば先生がおっしゃってましたね。」

「勉強は私が見るから大丈夫だと思うけどねー。」

「沙月さんはお勉強できるのですか?」

「まあ得意な方かな。」

勉強は昔に詰め込まれたからその貯金が今でもあるって言った方が正しいけど。ただ高校のテスト自体は今回が一応初めてだ。入学した後に学力テストはあったけどあれは中学の範囲だし。

「じゃあお勉強頑張ります~。」

「うん。そうだね。」

 そのあともぽけーっと何も考えないで体を浮かせてお風呂に浸かって、脱衣所に行くと着替えが置かれていた。琴さんが置いてくれたのだろうか。着替えに袖を通して部屋に戻る途中に琴さんに会った。

「着替えありがとう。」

「いえ。仕事の範疇ですから。サイズの方は問題ないですか?」

「うん。」

「朝食の準備はできておりますが召し上がられますか?」

「うん。もらいます。」

「かしこまりました。」


「美味しいです。」

アリシアさんは琴さんの料理を絶賛していた。琴さんは私の料理の師匠だから当たり前といえば当たり前だけど料理が上手い。私とは比にならないくらいに。

「どうしたらこんなにうまくなれるのかな.....」

「数を積んでますからね。」

独り言のつもりが琴さんには聞こえていたようだ。

「私は沙月さんの料理が大好きですよ。」

「また料理教えて貰おうかな。」

「いつでもお教えしますよ。」

いつか琴さんにも料理をふるまえたらな。とそう思った。


 

 

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