第7話

「これとこれどっちが似合うと思う?」

「そうですね......あ、これとかどうですか?」

「あら、素敵ね。」

 実家のほぼドレスで埋め尽くされているウォークインクローゼットにアリシアさんとお母さんの弾んだ声が響いている。二人は今私の着て行くドレスを選んでいる。

「なんでもいいよ.....」

「なんでもいいわけないでしょ。ねぇアリシアちゃん。」

「はい!せっかくならかわいいのを着てくべきです!」

二人はなぜか意気投合してああでもないこうでもないと私のドレスを吟味している。私の隣に立っていたはずの琴さんもいつの間にかどこかに消えていた。正直服にこだわりはないタイプだからどれでもいい。


「沙月さん。これはどうですか?」

あれから体感で1時間くらいの長い時間が経ち、ついにドレスが決まったようだ。アリシアさんの持っているそれは淡い青色のドレスだった。派手過ぎないものなら何でもよかったのでいつの間にか戻ってきていた琴さんにドレス用のケースしまってもらった。お父さんは選べたなら早めに家を出たいということだったので車に乗ってパーティー会場へと向かった。


「いかがでしょうか。」

「うん。完璧。」

パーティー会場に着いた後、琴さんにお化粧と髪のセットをやってもらった。こればっかりはいくら練習しても超えれないな。なんて思いつつ別室で同じようにお化粧をしてもらっているはずのアリシアさんのところに向かった。ヒールを履いているせいで少し歩きづらい。

「アリシアさん、準備でき....」

アリシアさんのいる部屋に入るとそこには天使がいた。アリシアさんは黒いドレスで白い肌が映えている。お化粧は元がいいからか薄くされている程度だけどそれでもいつもと印象が違って少し大人びて見える。

「どうですか?」

アリシアさんは部屋に入ってくるなり無言で見つめてくる私に立ち上がって聞いてきた。立ち上がることで見えていなかったアリシアさんの足が露わになる。いつもはかわいらしいアリシアさんだけど今日は流石に「綺麗。」、この一言に尽きる。

「ありがとうございます。沙月さんもお綺麗ですよ。」

「あ、ありがとう。」

なんだか私だけが照れているようで納得がいかないけど、準備ができたならお父さんのところへ行こう。そう思って足を踏み出した瞬間、足元がよろけて体が傾いた。

「沙月さん!」

アリシアさんがとっさに支えてくれて何とか倒れずに済んだ。久しぶりのヒールで足元がおぼつかなさすぎる。

「ごめん。ありがとう。」

「気を付けてくださいよ。ほら、掴まってください。」

「うん。」


アリシアさんの肩に手を置いてお父さんたちのいる部屋まで行った。

「準備できたよ。」

「あらー。二人とも綺麗ね。」

「良いと思うよ。少し早いけど会場に行こうか。」

会場の扉を開けてもらうと眩い光と音楽が漏れてきた。なんだか懐かしい。お父さん達と一緒にパーティーに出席するのは数年ぶりだ。周りを見渡すと見知った顔もいくつかいた。

「私たちは挨拶に行ってくるから。」

お父さんとお母さんは私たちを置いて歩いて行ってしまった。まぁ私の仕事はまだだからいいけど。

「わぁ!おいしそう.....」

隣のアリシアさんは未知の料理たちに夢中だった。もう食事をしている人もいるから食べても大丈夫かな。お皿を一つ取ってアリシアさんに渡した。

「なにか食べたいものがあったら取りな。特にマナーとかはないから大丈夫。」

「ありがとうございます。」

アリシアさんは料理を珍しそうに眺めた後、数品お皿にとって戻って来た。

「あの、どこで食べればいいのですか?」

「テーブルのある方に行こっか。」

テーブルの方に行くと、知り合いがいたのでアリシアさんも連れて挨拶に行くことにした。

「お久ぶりです。加賀さん。」

「おお!沙月ちゃん。久しぶりだね。」

この人は加賀さん。お父さんの友人でこういうパーティーの時によくしてもらっていた。

「そちらの方は?」

「紹介します。私のフィアンセです。」

「初めまして。アリシアと申します。」

「フィアンセですか。それはおめでとうだね。」

加賀さんは小さく拍手をしてくれた。

「驚かれないのですね。」

「ふふ。だって沙月ちゃん今までのパーティーでアタックされても塩対応だったし、最近は同性のパートナーも増えてきたからね。」

「塩対応って。そんなつもりもないですけどね。」

「塩を越えてもはや氷対応だったよ。」

「何ですかそれ。」

だってパーティーで会う人なんて初対面がほとんどだしいきなり声をかけられても怖いだけじゃない?

「その話興味あります。」

「アリシアさん!?」

まだ料理に手を付けていないアリシアさんが話に入って来た。加賀さんは小さい時の私を知っているから恥ずかしいんだよな。

「お、じゃあ話しちゃおうかな。あと食べながら聞いてくれていいよ。」

「加賀さん?いい女性でもご紹介しましょうか?」

「それは魅力的な提案だけど今はこっちの方が楽しそうかな。」

加賀さんはにこにこと微笑みながら昔のパーティーでの私のことを私が知らないことも織り交ぜながら数分話し続けた。

「加賀さん、その辺で許してください。」

加賀さんの話す内容は私にとってどれも恥ずかしいことでつい遮ってしまったころには私の頬は熱くなってしまっていた。

「おや、やりすぎてしまったかな。」

「あと少しで実力行使に出るところでした。」

「それは怖い。っと僕も挨拶に行かないとだから失礼するね。」

話している間に会場にいる人はどんどん多くなってきていた。もうお父さんたちがどこにいるのかもわからない。

「はい。」

「ありがとうございました!」

いつのまにかアリシアさんは料理を食べ終えていた。アリシアさんのニマニマした顔が気に入らなかったけど食器を片付けてからお父さんたちを探すことにした。

「あら、沙月さん。御無沙汰してます。」

「沙月さん。その節はお世話になりました。」

「あ、沙月様。」

お父さんを探したいのにいろんな人に声をかけられる。今までのパーティーでいろいろやりすぎたせいだ。今回は自粛しよう。

「沙月さん。」

かなり後方でアリシアさんの声がした。声をかけてくる人から逃れるのにスピードを上げ過ぎてしまったらしい。

「ごめん。早すぎた。」

戻ってアリシアさんと手を繋いだ。これならはぐれないし、スピードも抑えられるだろう。

「さっき伯士さんたち見ましたよ。」

「本当?」

「はい。向こうです。」

アリシアさんについて行くとお父さんたちがいた。お父さんたちも私たちを探しているようできょろきょろと首を振っている。

「お父さん。」

「やっと見つけた。そろそろ始まるから今回もよろしくね。」

「うん。」

返事をしたタイミングで会場の照明が一斉に消された。次の瞬間、会場の前方にあるステージの照明だけが灯された。いよいよパーティーが始まる。

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