赤の男(4)
織田さんのアパートに初めて訪れた翌週の、金曜日の夜。
私と彼は、会社の近くにある飲食店が入ったビルの地下にある、純和風居酒屋に来ていた。
今日も座っているのはカウンターで、調理場の大将と彼は顔見知りのようだ。
海鮮が中心のメニューは観光客にもウケが良さそうだが、場所柄だろうか。知る人ぞ知る店、といった感じで、店内には親密にビジネスの話をしている男性客が多かった。
普段声が大きい私たちも、自然と声のトーンが落ちる。
大将は、彼が今までどんな人とここに来ているか知っているだろう。
男性と?
女性は私で何人目?
そんなことを気にしながら食事をしていると、
「こちらサービスです。」
と、毛ガニのとも和えが出された。毛ガニは私の大好物だ。
お酒を熱燗にし、舌鼓を打つ。
食事を終え、ビルの一階に上がったところで彼の様子がおかしくなった。
階段に上り身を縮め、私に外に出るようにと合図する。
わけがわからず戸惑っているうちに状況は変わったらしく、彼が階段から下りて戻ってきた。
「どうしたの?」
「オレの両親がいた。焦ったー。」
いやいやいや。
そんな怪しい行動をとったほうが目立つでしょう。
彼と私が上司と部下なのは紛うことなき事実だ。普通に挨拶したほうが無難だと思う私は間違っているのだろうか。
冷静に、この男クズだな、と思った。
でも私は不倫相手。
彼に誠実さを求めるのはお門違いなので気にはしない。
これ以上外を歩き回るのは危険なので、二人でアパートに帰った。
上着を脱いでベッドに腰掛けると、クローゼットをゴソゴソと探っていた彼が小さな紙袋を持って私の隣に座った。
「これ、付き合った記念。開けてみて。」
金色のリボンがかかったアクセサリー用の箱を差し出される。
「え……? どうもありがとう!」
毎日忙しいだろうに、いつの間に用意してくれたのだろう。
付き合った記念品なんて貰ったのは初めてだ。
プレゼントは誕生日やクリスマスに交換するもの、というのが私の常識だったので、かなり驚いたし嬉しかった。
箱の中に入っていたのは、ホワイトゴールドの小さなクロスのピアスとネックレス。
どちらも十字架部分にはダイヤが付いていた。
十字架が三つ。
強い束縛願望が透けて見える。
不倫相手を束縛したいなんて、なんとも滑稽な話だな、と他人事のように考える。
ネックレスを彼に付けてもらい、ピアスは自分で付け替える。
これを身に付けている限り、私は彼の所有物なのだろうか。
アクセサリー以外をすべて脱ぎ捨て、彼に抱かれた。
私は彼を欲しがらない。
代わりに、私のすべては私だけのものだ。
誰が何と言おうと、それを譲る気はない。
きっと心の中はすれ違ったまま、熱く、でも静かに夜は過ぎて行った。
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