紫の男(3)
夜十一時過ぎ、私はいつも通り自宅のベッドでスマホを触りながらゴロゴロしていた。
就寝前のスマホは良くないとわかっていてもつい、SNSをチェックしたりしてしまう。
すると着信があった。
林藤さんからだ。
メッセージではなく通話なんて初めてのことだったので、戸惑いと嬉しさが交差しながら通話ボタンを押す。
「はい、出川です。林藤さん、どうしたの?」
「あ、桔華ちゃん、起きてた?
これから会えないかなぁと思って。今、家?」
「家ですよ。
そろそろ寝ようと思って、ベッドでゴロゴロしてたの。」
「じゃ、あと十五分くらいで迎えに行ってもいい?」
「わかった。向かいのコンビニで待ってるね。」
すっかり都合のいい女だな、と自嘲する。
それでも拒否するという選択肢はなかった。
両親はもう自室で寝ているだろうが、なるべく音をたてないように準備をする。
メイクは眉とリップだけで済ませ、ブラウスとスカートを身に着け、軽く香水をくぐる。
玄関ドアを静かに閉め、自宅の向かいにあるコンビニに向かった。
駐車場にはまだ彼の車はなかったので、店内に入り外が見える雑誌売り場を物色する。
少しすると見覚えのある車が駐車場に入って来た。
私は車内の林藤さんに手を振る。
彼が車を降り、店内で合流した。
「飲み物買って行こうか。」
コーヒーとお茶を買い、車に乗る。
今日はエスコートなしだ。
これから何処に行くんだろうと思っていると、
「公園行かない?」
と言われた。
車で五分ほどのところに桜が有名な公園がある。
「いいね。今日はちょうど満月だし。」
今晩は満月で、空には大きく綺麗な月が浮かんでいた。
時間的に公園の駐車場にはチェーンがかけられていて入れないので、脇にある狭い空き地のようなところに車を停める。
車中ではお互いの近況などを話した。
彼は相変わらず、実習で忙しいらしい。
私は仕事にも慣れ、淡々とした日々を過ごしていた。
会話が途切れたので、月を眺めながら私は言う。
「月でウサギが餅つきしてるって言うけどさ、わたし、一回も見えたことないや。
林藤さんは見える?」
彼は笑って言う。
「たしかに。ボクも見えない。」
ここで「月が綺麗だね」と言ってしまえば、愛の告白になってしまう。
彼がその意味を知らないとは考えられない。
返ってくる言葉が怖くて、絶対に口に出してはいけないと思った私は更に問いかける。
「だよね。ねぇ、どっち向きなんだろ?」
月から目を離し彼の方を向くと、キスされた。
徐々にキスは深くなり、彼は助手席のシートを倒す。
彼の愛撫を受けながら、そういうことだよなと虚しさが込み上げてきた。
それでも私は自分の責務を全うする。
虚しくても、手放したくはないのだ。
月にウサギを見つけられれば、私の望みは叶うのだろうか。
家まで送り届けられ彼の車を見送った私は、キッと満月を睨みつけ、玄関ドアを静かに開けた。
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