赤の男(2-1)

 約束の土曜日、時刻は午後二時。

 快晴の初夏の空は憎らしいほど青く澄んで、心地良い風が時折、私のショートボブの髪を揺らす。


 織田さんと待ち合わせた近所の大型スーパーの駐車場へ向かって私は歩く。

 既婚者と一泊旅行なんて、いったいどんな格好が正解なんだ?

 散々悩んだ挙句、結局は目立たないことが肝心だという結論に達し、無難に長袖シャツにジーンズを穿くことにした。

 足元だけはガーリーなサンダルにして、女子演出も少々添える。


 彼の車は巷でよく見かけるミニバンとのこと。

 駐車場の端の方に、運転席の外でタバコを吸っている彼がいた。


 「おはようございます、であってます?

 お待たせしてすいません。」


 私が声をかけると、


 「おはよう、でいいんじゃない?

 大丈夫。全然待ってないよ。」


 お決まりのセリフが返ってきた。


 「えっと…。どこ乗ればいいですか?」


 既婚者の車ということに妙に気を遣って、変な質問をしてしまう。


 「いや、普通に助手席乗ってよ!

 荷物は後ろに置くね。」


 私のバッグをひょいと取り上げ、可笑しそうに彼は笑う。


 車中には韓流ガールズグループの曲が流れていた。


 「このグループ好きなんですか?」


 私は男性の曲を聴くことが多いので、女性グループにはあまり詳しくない。


 「そう。この子たち、かわいいよね!」


 色々ツッコミどころはあるが、普段の彼の軽薄なしゃべり方を思い出すとストンと納得した。

 若い女の子との会話のきっかけには必須というところだろうか。

 残念ながら、私には該当していないけれど。


 会話がかみ合うまでには少々時間がかかったが、もともとおしゃべり好きな私と営業トークが得意な彼の会話が途切れることはなく、小一時間のドライブはあっという間だった。


 到着した隣町のペンションは、おとぎ話に出てくる森の中のかわいらしい木の家のようだった。

 ドアや窓枠は茶色に馴染むピンク色でメルヘンチックだ。

 中に入ると、カウンターの中に五十歳前後の柔和な笑顔を浮かべた女性がいた。


 「ようこそ、いらっしゃいませ。」


 声をかけられ、宿泊台帳へ記帳を求められる。

 彼が対応している間、私はあたりをキョロキョロと見渡す。

 一階には、カウンターの右側に食堂が、左側に浴場があるらしい。

 宿泊部屋はすべて二階のようだ。


 鍵を受け取り、206号室に階段で向かう。

 部屋は全部で六室、私たちの部屋がいちばん端だ。

 廊下の真ん中にもうひとつ、食堂に降りる専用の階段があった。


 部屋のドアを開けると、室内は普通の家のようだった。

 手前にクローゼットとバスルーム、もう一枚ドアがあり、入ってすぐはソファとテーブルが置いてある小さなリビング。

 柱のみの仕切りの右側に、パッチワークのカバーが掛かったシングルベッドが二台。


ベッドを見て、これならなんとかなりそうだと密かに安心する。


「全部かわいいですねー。

 白雪姫の小人になった気分!」


 車内でも二人きりだったのに、部屋に二人きりとなると急に緊張してきた。

 沈黙は怖い。

 荷物を置き、用意されているハーブティーを淹れることにする。


 「ハーブティーですって。

 織田さん、飲んだことあります?

 あたし、前にテーマパークで飲んだことあるんですけど、なんか味がうっすくて…」


 何をベラベラしゃべってるんだ、私!


 なんとかお茶を用意し、ソファの前のテーブルに置く。


 「どうぞ。」


 「ありがと。隣、座りなよ。」


 ですよねー。

 なんとなく、ちょっと離れて座ってしまう。


 お茶を一口飲む。

 沈黙…。

 ハーブティーはやっぱりあまり味がしない。


 「やっぱりなんか、薄くないです?

 もっと蒸らした方がよかったですかね?」


 ソファに座ってはじめて、織田さんの方を向く。


 彼の顔がすぐそこにあり…、キスされた。


 なぜか反射的に離れようとしてしまう。


 「え?まさか初めてとか言わないよね?」


 「そんなわけないじゃないですかっ!」


 ちょっと頭にきて、思いっきり否定してしまった。

 私、もう二十八歳なんですけど?

 馬鹿にされているような気がした。

 私、そんなにモテなさそうに見えるの?

 ま、既婚男性の誘いにのこのこ付いてきちゃったしな。

 危機感ゼロの暢気女に見えたのかも。

 いや、大きく間違ってはないけども!

 だいたいそんな感じだけどもっ!


 こうなったら反撃開始だ。


 私からキスしてやった。

 こっちから押し倒す勢いで、舌もたっぷり、からめてやった!


 外はまだ明るい。

 暖かな日差しが窓から入り、木目の床に格子型の影を映している。

 

 私たちにそんなことは関係なかった。

 部屋が暗くなるまで、私たちは激しく求め合った。

 私は二回絶頂に達せられた。


 いや、負けてないよ。

 引き分けだろ!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る