藍色の女たち(1)

 市内中心部のオフィス街にある、大手エネルギー会社のビルと対になったビル。

 数ある子会社の中でIT部門を一手に引き受けている会社が、そこには入っている。



 「ここの処理はもう終わった?」


 今年四月に入社したばかりの出川桔華でがわきっかは、隣席の先輩に声をかけられた。


 「もうすぐ終わりそうです。」


 総務部の仕事は多岐に渡る。

 入社して三か月程度ではそうそう覚えられる量ではない。

 必死にメモを取り、なんとか仕事をこなす毎日だ。

 処理が終わるのを待つ間、コーヒーでも淹れようと席を立つ。

 席を離れるとつい、昨晩の林藤とのことが思い出されてしまう。

 ―― 林道さん、今頃実習かな。

 会社で生々しいことは思い出さないように、さっさと席に戻ることにした。



 「おい!ここ、どうなってる?」


 親会社の社内システム全般をまとめる総合システム部に大声が響く。


 「久々になんかトラブル?」


 部内の庶務担当の一人、阿部日南あべひなみは、通りかかった同期のシステムエンジニア(SE)にこそりと話しかけた。

 入社四年目の日南、もう十年もここにいるベテラン国広先輩、二年後輩の高山さんの女性三人で、大所帯を陰で支えている。

 入社後すぐに配属されたこの部署の仕事は慣れたものだ。

 今年の四月に親会社が新システムを導入して三か月。

 開始時より大分トラブルは減ったが、たまにこうして小さいエラーが発生するのだ。

 こういうとき、SEは皆殺気立っている。

 戦力にならない日南は粛々と自分のパソコンに向かい、周囲の気配を読み取ることにする。

 落ち着くまでにはもう少し時間がかかりそうだ。

 ―― こういうときに限って、植木さんから電話きちゃったりするんだよな。

 今は迷惑だがちょっと声が聞きたいなと思いながら、今日は大人しいベージュ色のネイルを見つめた。



 「部長、織田さんから確認の連絡入ってます。」


 ショッピングモールシステム事業部営業部門の庶務担当、石川稔梨いしかわみのりは、外回りに出ている織田課長からのメールを確認するよう、部長に伝える。

 入社してからは八年目だが、ここでは新人同様だ。

 今年四月に運用開始したショッピングモールシステムは、親会社と大手都市銀行が共同出資して始動させたものだ。

 本州の大手システム会社数社にも協力を仰いだ大規模事業となっている。

 部長、課長クラスは親会社の人員、リーダー以降は自社と協力会社の人員だ。

 出資会社だからと無理矢理ねじ込まれた、部部長、なんてお飾りの役職の方もいらっしゃるけれど。

 親会社以外が相手の珍しい形態のこの事業部は、他部署とは違う独特の雰囲気が漂っている。

 そんな中でも稔梨の声はよく通る。

 ―― 織田さん、ほんとに週末休めるのかな。

 営業担当の織田課長は多忙を極め、休日出勤していることも多いと聞いているので心配になる。

 外線が鳴り、素早く稔梨は電話を取った。

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