第5話 目撃者の証言

 ここに目撃者として名乗り出てきた男は、名前を

「木下」

 と名乗った。

 彼が名乗り出てきたのには、

「殺されていた人が、いまだに不明だ」

 とされていたことで、

「ひょっとして」

 として名乗り出てきたのだった。

 少し汚い方法であったが、警察は、少しの間だけ、被害者の身元を隠しておいて、犯人からすれば、身元を隠そうとしていないのに、

「警察が身元を公表しないのはなぜなんだ?」

 ということで探りを入れてくるかも知れないと考えたのだ。

 本当であれば、

「身元を公開し、さらに、公開捜査に踏み切った方が手っ取り早い」

 とも考えられたが、実際には、被害者の身元が分かっても、その先はまったく追えないということが、何を意味するか?

 と警察は考えたのだ。

「まさか、警察を愚弄するために、殺人を犯したわけでもあるまい」

 ということであったが、それ以上に、

「犯人は、身元の分からない人を狙ったのか?」

 と考えるとb、それこそ、これがただの序章で、これから、どんどん、無差別殺人が続いていくのではないか?

 と考えると、

「犯人も何かの意図をもって、警察の捜査をかく乱させようとしているのではないだろうか?」

 と考えると、警察も、

「自分たちのやり方で、犯人をいぶり出すか?」

 と考えたのである。

 だから、警察とすれば、ここで、一人の目撃者ということで現れた男が、何かを知っているのではないかと思うのだった。

 桜井刑事は、最初に警官が、彼から聞いた話として、被害者が、

「平岩」

 という男だということを知っていたという。

 そのうえで、平岩がどうにかなるところを見たというのか、桜井刑事は、そのことが気になっていたのだ。

 桜井刑事が到着するまでには、

「大したことは聞けなかった」

 ということであった。

 そもそも、この木下という男は、

「担当刑事が来るまでは、口を開かない」

 と決めていたようで、その心としては、

「下手に警官に話して、また聞きにされたとして、自分の意志とは違った形になってしまっては、困る」

 と思っているのではないだろうか。

 桜井刑事が到着するまで、

「頑として口を割らない」

 と決めているのか、ある程度は、

「肝が据わっている」

 ということなのか、しかし、実際に刑事がやってくると、その態度が一変したのであった。

 桜井刑事の姿を見ると、警官は、

「おやっ?」

 と思った。

 それまでは、表情が、暗く、考え込んでいた様子だったのに、桜井刑事の顔を見た時、その顔に、安心感のような笑顔が生まれた。

「地獄に仏」

 とは、まさにこのことのようだった。

 桜井刑事が、交番にやってきて、態度が急変したことに、警官はさすがにびっくりした。

「俺はからかわれていたのか?」

 とも思ったが、考えてみれば、こういう態度は別におかしくはない。

 人によっては、

「自分よりも上の人には、へいこらするのに、下の人に対しては、容赦のない」

 というやつは、結構いたりする。

 そんなやつは、ほとんどが、

「小心者」

 であったり、

「臆病者」

 といってもいいだろう、

 こういうやつほど、

「勧善懲悪」

 のまったく逆であり、

「長いものに巻かれる」

 という最底辺といってもいい人間だ。

 と思っているのだ。

 ただ、桜井刑事はさすがに、

「百戦錬磨」

 といってもいいだろう。

 決して、自分の考えを相手に悟らせないようにするために、特に、初対面の人には、ポーカーフェイスの時が多かったりする。

 もちろん、わざとであっても、態度を変えなければいけない時というのはあるもので、実際に、相手から、

「普段はポーカーフェイスなのに。人によって態度が変わるのか?」

 と思われることもあるだろう。

 しかし、それは、刑事という職業的なものからくるものであり、却って、その方が自然なのだ。

 だから、今回の、

「目撃者」

 ということで現れた木下に対しては、ポーカーフェイスであった。

 だが、ひとたび、声をかけると、にこやかになる。

「社交辞令はこうだが、ウソや辻褄の合わないことに関しては、逃さないぞ」

 という意気込みのようなものがある。

 ということであった。

 桜井刑事は、警官が、木下に話をしているのを聞いて、黙っている。

 最初は、へいこらしていて、あくまでも、

「媚を打っていた桜井刑事」

 に対して、次第に、いらだちを隠せなくなってきた。

 それは、桜井刑事からすれば、狙い目であり、要するに、桜井刑事の考えとしては、

「自分から、聞くというよりも。しびれを切らせた相手から喋らせるということになった方がやりやすい」

 ということである。

 桜井刑事を意識しているうちに、顔は、真正面を向きながら、目線は、警官の後ろに立っている桜井刑事の方ばかりを注視しているのであった。

 この場において、一番やりづらいのは、実は。警官であった。

 前からは、目撃者と面と向かっているのに、視線はこっちを向いていない。さらに、自分の後ろには、

「逃さないぞ」

 とでも言いたげな桜井刑事の目が光っているのだから、それこそ、

「ヘビに睨まれたカエル」

 も同然だったのである。

 それこそ、前述の、

「三すくみ」

 である。

「ヘビとカエル」

 の関係を思わせ、ちょうどここにいる三人も、ひょっとすると、

「三すくみの関係」

 なのではないだろうか?

 警官が聞いたこととして、

「あなたは何を見たんですか?」

 というので、

「平岩さんが殺されるところを見たんです」

 というので、

「それを説明してもらいましょう」

 と警官が聞くと、平岩は、やはり、桜井刑事を意識しながらm

「はい、あれは、まだまだ日の高い時間でしたけど、影が伸びていたので、まさかそんなところに人がいるとは思わなかったので、近づいてみたんです。すると、ぐわっという鈍い声が一瞬したと思うと、そこから悲鳴が聞こえたんです。それで、影を見る限りでは、後ろからナイフで刺している様子じゃないですか? 怖くなってそこから離れようとした時、近くで、撮影隊のようなものが見えたので、てっきり映画かドラマの撮影か何かかな? と思ったんです」

 という。

「じゃあ、その時は、あれは、演出だと思ったわけですね?」

 と警官がメモを取りながら聞くと、

「ええ、そうなんですよ」

 という男に対して。再度、

「どうして、今になって、名乗り出ようと思ったんですか?」

 というので、木下は、

「理由は二つあるんですけど」

 と言い始め、警官は、

「一つは何となくわかるが、二つある?」

 と思ったが、聞いていると、

「なるほど」

 と分かることであった。

「まず、その一つというのがですね。そもそも、今のこの時期に、撮影というのが、大っぴらに行えるのか? ということですね」

 と言った。

 警官にも、桜井刑事にも、話を聞いているうちに、理屈は分かった。分かったうえで、さらに聞いてみると、

「だって、そりゃ、今の時期ですよ。世界的なパンデミックで、緊急事態宣言が出ている時に、飲食店なんか休業させられているというのに、ドラマの撮影なんか、普通はありえないでしょう」

 ということであった。

 そうだ。確かに今は緊急事態宣言中で、撮影などないだろう。

 ということは、あれは、何か、目撃者を仕立てるということで、木下に狙いを定めたのか。

 もしそうだとすれば、

「かなり計画的だ」

 といってもいいだろう。

 本当に、ちょっと考えれば分かることであった。

 そして、もう一つであるが、これには、二人ともピンと来るところがあった。

 まずいえるのが、

「影があったというのは、どういうことなんだ?」

 ということであった。

「何といっても、被害者が発見された場所というのは、影どころか、薄暗くて、窓らしい窓もない。雑居ギルの通路ではないか」

 ということである。

 そもそも、

「どこか別の場所で殺されたのではないか?」

 ということが、主流となっていた状況において、この目撃者の登場というのは、タイミング的におかしくないということで、そのことに、二人はまだ気づいていなかった。

 ただ、そうなると大きな問題として、

「平岩という男はどこで殺されたのか?」

 ということであるが、それ以上に、

「カメラ撮影が行われていた」

 という証言であるが、もし、これがウソだったとしても、

「どうして、こんなにすぐにバレるようなウソをつくんだ?」

 という風にも思えてくる。

 最初から、桜井刑事は、この、

「目撃者たる」

 木下という男を信じていないようだった。

 警官は、桜井刑事のことを前から知っていたので、普段は、

「ポーカーフェイスであるが、誰かを疑ったりした時の表情というのは、結構分かりやすかったりするな」

 と感じることが多かった。

 実際に、桜刑事は、今までの中で、

「怪しい」

 と感じたであろう人物が、

「本当の犯人だった」

 ということが結構前からあったようだ。

 桜井刑事は、

「鼻が利く」

 というわけではなく、桜井刑事の中で、何か信憑性のようなものがあり、それが、ヤマ勘というものとマッチするかのように、的中しているのだ。

「ヤマ勘」

 というのは、ほとんどが、

「あてずっぽう」

 のように言われるが、実際に当たったのだとすれば、

「これ以上、確かなことなない」

 ということで、大げさにいえば、

「高度な、科学捜査よりもしっかりしている」

 といってもいいかも知れない。

 ただ、桜井刑事の場合は、学生の頃から、

「いつも、何かを考えているようなところがあって」

 とよく、学校の先生からも言われていて。最初はそんな自覚はなかったのだが、そう思えてくると、

「俺って、ひょっとすると頭がいいのかも知れない」

 と感じるのだった。

 そもそも、小学生の低学年の頃は、

「テストで0点などというのも、結構あった」

 というのは、

「白紙で出す」

 というのだから、

「0点以外の何物でもない」

 といえるだろう。

 とにかく、

「学問のとっかかりのところで、分からないということである」

 というのは、

「1+1=2」

 ということが分からないのだ。

 基本中の基本である公式が分からないというのは、逆に、

「皆分かったふりしてるけど、なんでそうなのかって、誰か分かっているのか?」

 ということである。

 要するに、

「先生がそうだと言ったから」

 という、事なかれ主義というのが、嫌だったのだ。

「じゃあ、皆は、誰か一人が赤信号で渡ったからといって渡るのか?」

 と言われると、

「渡らない」

 という人がいるのだが、たいていの場合。

「渡らない」

 と言ったやつが、他の人が渡れば、自分も渡るのだ、

 そしてその理由を、

「あの人が渡った」

 といって、赤信号で渡った人に、すべての責任を擦り付けるわけだ。

 そういう連中が、許せないというのは、一種の、

「勧善懲悪だ」

 ということであった。

 要するに刑事になるくらいなので、

「勧善懲悪」

 というのも、当たり前だということだ。

 いつもかnがエゴとをしている桜井刑事だったが、

「1+1=2」

 の理屈が分からなかった桜井少年だったのに、高学年になると、なぜか算数が好きになったいた。

 だからといって、

「数式が理解できたわけではない。自分でもよく分からないのだが、この数式を理解できなくても、算数の面白さが分かったというべきか。まるで、違う学問のような感じがしてきた」

 という感覚であった。

「見る角度が違っていると、違う感覚が浮かんでくるというものであり、しかも、次第に面白くなってくるようになると、

「絶えず、算数の理屈ばかりを考えている」

 ということであった。

 そんな中で、今までいろいろと考えてきた中で、今でも、その発想に、

「なかなかよく気が付いたな」

 と思ったことがあった。

 今から思えば、すぐに思いつきそうな気がするのだが、実際には、

「何かのきっかけ」

 というものがなければ、できないことだったに違いない。

 それが何かというと、

「限りなくゼロに近い」

 という発想であった。

 これは、子供の頃には、名前までは知らなかったが、

「自分の前後、あるいは左右に鏡を置いた時、そこに、どんどん自分と、もう一方の鍵に映る自分が見えることで、果てしなく続いていく」

 というものである。

 これが、

「無限に続くものだ」

 という考えであるとすれば、普通に考えていくと、

「どんどん小さくなっているのだから、結局は最後は0になる」

 というのが、発想として当たり前のものではないだろうか?

 しかし、実際に、ゼロになるのか?

 ということである。

 それは、無限に続いていくというものだから、0になってしまうと、そこが限界ということになり、そこで終わることになる。

「じゃあ、0にならない」

 ということは、どんどん小さくなっていくというものは、

「限りなくゼロに近い」

 という極小の数字ということではないだろうか?

 要するに、

「無限か有限か?」

 ということは、最後の果てとして、

「0になるか?」

 あるいは、

「限りなくゼロに近い」

 というものになるのか?

 ということの違いなのであろう。

 それを考えると、桜井少年は、

「1+1=2」

 というものなど、どうでもよくなって、

「それ以上の楽しいおもちゃを見つけた」

 かのごとく、算数というものに、のめりこんでいったといってもいいだろう。

 それで、他の科目も楽しくなり、小学生の低学年は、0点ばかりだった少年が、高学年になると、

「優等生」

 になるのだから、先生たちもさぞやびっくりしたことだろう。

 それが、小学生だったというだけに、先生も、中学受験を勧めたが、学費などの問題で、断念せざるを得なかった。

 そんな子供時代の桜井刑事を前にして、木下は、半分、ビビっているように見えるが、警官から見れば、

「十分に渡り合える相手だ」

 と感じていた。

 警官は、すぐに我に返ると、軽く咳払いをして、言葉を発した。

「ところで、あなたが、死体を見たというその場所はどこだったんですか?」

 と聞かれて、木下は、一瞬、不可思議な顔をしたが、

「どこって、この近くの小学校じゃないですか?」

 というではないか。

 今回の事件は、分からないことが多すぎることから、

「事件があった」

 ということだけを伝えて、細かいことは言わなかった。

 マスゴミに対しては、今の時代は、ある意味都合がよかった。

 というのも、

「警察が与えなくても、伝染病の話で、どうせニュースがいっぱいなんだ」

 ということである。

 実際に、新聞の紙面もほとんどが、

「伝染病の券で、今日何が起こったか?」

 というところから始まって、

「今の政府の対応、それのよる、世論の反応、さらには、政府内閣に対しての支持率などの問題」

 さらには、

「医療現場の問題と、医療崩壊の問題。さらには、ワクチンや特効薬の問題」

 と、山積のニュースで満載だった。

 ちょっとした殺人があったくらいであれば、

「三面記事に、数行」

 という程度で終わりである。

 しかも、このニュースは、

「あまりにも分からないことが多すぎる」

 ということで、ニュースになりそうにもなかった。

 ネットニュースなどもひどいもので、

「政府批判」

 であったり、諸外国との比較。

 ほとんどが、政府の政策への不手際のニュースであるが、

「その方が、目立つ」

 ということなのだろう。

 しかし、マスゴミは、たぶん、

「自分たちが正義で、報道によって、政府を糾弾する」

 などと思っているかも知れないが、その、

「低能ぶり」

 というのは、

「五十歩百歩」

 といってもいいだろう。

 どうせ、今の政府とすれば、何もできない。

 それをマスゴミが詰っているだけで、

「蚊帳の外」

 に追いやられた国民は、ニュースを見て、他人事のように見ているのだろう。

 ただ、実際に、医療崩壊が起こったりしているのは事実なのだろうが、世間で、いや、マスゴミが騒いでいるというのは、ほとんどの人にとっては、

「自分たちに、あまり関係のないことだ」

 と思っているのだ。

 何しろ、

「身内で、パンデミックに罹った人はいない」

 という人が結構多く、さすがに伝染病ということで、

「感染が始まれば、その一帯が皆、罹る」

 ということで、

「一部はひどいが、何もないところには何もない」

 ということなのかも知れない。

 そう思うと、

「どっちを信じればいいのだ?」

 ということを考えてしまうのだった。

「あなたは、被害者か、その加害者について、何かピンとくることはありますか?」

 と言われて、一瞬考えていた木下だったが、

「被害者って、たぶん、平岩さんじゃないかと思うんですが、違いますかね? あの人は、最近、詐欺まがいのことをしていると聞いたことがありました。それに実際に、最近はみかけなかったんですよ。それでどうも自分を狙っている人がいるということから、その人から逃げていたようなんですね。自宅も分かってしまっているので、このままでは、自分の命が危ないということで、自宅にも帰っていないようですね」

 と、言ったが、木下は、よく被害者のことを分かっているようだ。

「じゃあ、木下さんは、その平岩さんとは、面識があるんですか?」

 と聞かれた木下は、

「ええ、あります。実は私も以前に、その詐欺商法のグループに誘われたことがあったんです。私はすぐにそれが詐欺だということが分かって、入らなかったのですが、平岩さんは、飛びついていましたね」

 というので、桜井刑事は興味深くなっているようだ。

「平岩さんは、それを詐欺だと分かったうえで、飛びついたんでしょうか?」

 ということを聞くと、

「ええ、分かっていたようですよ。あの人も、保険お営業の端くれ、分からないはずはないでしょう」

 と木下はいう。

「被害者の家に行ってみると、ほとんど生活臭がしなかったのは、そういうことだからかな?」

 と聞くと、

「それはそういうことでしょうね。自分が詐欺を働くと思うと、さすがに、一か所にとどまっているのは危ないですからね」

 と木下がいうので、

「まるで、逃走犯のようですね。費用もかなり掛かるだろうに」

 と桜井刑事がいうので、

「そりゃあ、そこまでしても、余りあるくらいの金額をせしめているからなんでしょうね」

 と木下がいうので、

「いくら、お金のためとはいえ、そこまでして、詐欺に走りますかね?」

 と桜井刑事が聞くと、

「詐欺集団というのは、私には理解しかねるところがありますが、お金目的ではないところがあると思うんですよ、今まで一生懸命に働いてきたのに、報われなかったり、ひどい時は、何か問題が起こった時、誰か一人に責任を押し付けて、上の人は、のうのうとしているというようなことだって、平気でありますからね」

 と木下は言った。

「そこまでさせるほと、会社ってひどいんですかね?」

 と桜井刑事は考え、世間でよく言われる、

「ブラック企業」

 という言葉を思い出していた。

 職種によっては、残業時間の平均が、平均でも、数十時間というのが当たり前というところもあったりする。その人たちの一定数が、精神疾患を患い、辞めていくっ人が後を絶たないという。

 たろえば、

「学校の先生」

 などというのは、それが顕著のようで、

「学校での、教師としての、業務時間にプラスして、部活の顧問であったり、生活指導なども考えると、就業時間以外でも、大変だという。さらに、修学旅行などに行った時は、睡眠時間が、2,3時間しかないという話も聞く。生徒にとっては、楽しい修学旅行も、教師にとっては、地獄といってもいいだろう」

 という話を聞いたことがあった。

 そんな毎日の学校で、楽しいことなどあるわけはない。それは、

「学校の先生」

 に限らず、他の職種であったり、普通だったら、そんなこともないが、企業によっては、本当のブラック企業ということもあるのだろう。

 この間訪れた時には分からなかったが、

「卑猥輪がかつて勤務していた」

 という保険会社も、そんな雰囲気が垣間見れた気がしたのだ。

「きっと、もう一度いけば、見えなかったことも見えてくるんだろうな」

 と、桜井刑事は感じたのだ。

「じゃあ、そんな詐欺を働く平岩さんに対して、恨みを持っていた人も結構いたんでしょうね?」

 と聞いてみると、

「いたと思いますよ。特に詐欺というのは、意外と最初に自分たちの身内からやってみるということが多いようなことを聞きました。だから、調べてみれば、分かりそうな気はするんですけどね」

 と、木下がいうのを聞いて。

「確かに、その情報がなくて、ただ、平岩のことを知りたい」

 と思って、彼の身辺を探っていただけであったが、この話を聞いたうえで、捜査をしてみると、

「今までに分からなかったことが分かってくるかも知れない」

 と感じたのだ。

 桜井刑事は、そこまで聞くと、再度この情報を元に、事件を洗いなおしてみることにした。

 ただ、木下という男の態度も、

「どこまで信じていいのだろうか?」

 ということを感じさせる男だったこともあって、必要以上に、この男に心を開くとひどい目に遭いそうな気がしたのも確かであった。

 木下という男も、一緒に探ってみることにしたのだ。

「目撃者」

 としての、木下であったが、彼が目撃者だとすれば、被害者を知っているというのは、どこか都合がいいような気がする。

 しかも、やつは、こちらが、

「目撃現場はどこですか?」

 ということを聞いて、一瞬驚いたにも関わらず、それ以上言及しようとしなかった。

「ひょっとすると、あの時、驚いて見せたのも、フェイクかも知れない。何もかも分かっていて、驚いたふりをしているのであれば、やつもやり方は、実に巧妙といってもいいのではないだろうか?」

 それを思うと、

「ついでに犯人も知っているのではないだろうか?」

 と思ったが、犯人については、何も言わない。

 それなのに、被害者のことは、誰なのか分かっているということだ。

 ということは、

「あの木下という男、被害者の姿を見ていることは間違いないだろう」

 ということであった。

 ただ、彼が犯人であるということは、早急な考えだ。何しろ、自首というわけではなく、

「目撃者」

 という形で出頭してきたのだ。

 それを思うと、

「一体、何を今頃になって、出頭してくる気になったのだろうか?」

 ということも言える。

 特に、

「被害者を分かっているにも関わらず」

 にである。

 そんなことを考えると、

「この男、犯人かどうかは別にして、事件に何かかかわっているのかも知れないな」

 と思えた。

 共犯であり、その役割が目撃者という役である」

 ということも、事件としては、決して珍しいことではないだろうといえるのではないだろうか?

 それを考えると、

「事件の側面的なもの」

 というものが、おぼろげながら見えてきたような気がした。

 実際に、木下がいうように、

「被害者が、詐欺をしていた」

 ということを前提に詐欺行為を頭に入れてみると、分かってくることもあった。

 さらに、同じ署内で、こういう捜査をしている部署に聞いてみると、

「ええ、この管内にも、詐欺が横行しているということは分かっています。平岩ですか? ああ、あの男も、詐欺師として、我々のブラックリストに載っていますよ。ここ最近になって、載ってきたので、比較的新しいやつですね。確か、こいつ、最近殺されたんですよね?」

 と聞かれて、桜井刑事はゆっくりと頷いた。

「我々の捜査では、この平岩という男の正体がなかなかつかめないですよ、この間木下とかいう目撃者が現れて、木下が詐欺をしているということを、我々に吹き込んでいったんだけどね」

 と桜井刑事は言った。

「木下?」

 と詐欺担当の刑事が聞いてきた。

「ああ、彼から初めて、平岩が詐欺をしているということを聞いたんだ。やつがいうには、自分も詐欺グループに誘われたが、断ったということだったんだよな」

 ということであったが、それを聞いた詐欺担当刑事は、

「それはおかしいな」

 という。

「どうしてなんだい?」

 と桜井刑事が聞くと、

「だって、木下という男は、我々のブラックリストに載っていて、しかも、平岩よりも、歴が長く、しかも、百戦錬磨なやつですよ」

 というではないか。

 それを聞いて、桜井刑事は少しびっくりしたようだ。

「どうして、すぐに分かるようなウソをついたんだ? しかも自分から出頭してまで」

 と桜井刑事が疑問を呈すると、それを聞いた、詐欺担当刑事が、

「それはそうだろう。灯台下暗しというじゃないか。当たり前のように言っていることが、実は全部ウソだったりするものさ。しかも、敢えて、自分が、日の中に飛び込んでみたりすることで、却って、相手を欺けると考えるのは、やつらの常套手段ですよ」

 と言った。

「なるほど」

 と桜井刑事は言ったが、それは、確かに、刑事課の捜査でもそうではないか、むしろ、その方が多いくらいだ。

 彼のいうように、

「常套手段」

 といえるかも知れない」

 と感じたのだ。

「それにしても、どうして、そこまで考えれるのだろうか?」

 と桜井刑事がいうと、

「俺たち、詐欺担当のものは、正直、刑事課の人間とは、あまりそりが合わないのさ。これは、君たち刑事課が、管轄争いをしているようなものだから、何となくは分かると思うんだけどね」

 と言われ、

「うん、それはそうだ」

 と言った。

 確かに刑事課だって、

「縄張り争い」

 はひどいものだ。

 同じ署内での、別部署との確執というのも、実際にはある、刑事課は、そこまでは意識がしないが、

「マルボウ」

 であったり、

「詐欺相手」

 であったりなど、いろいろであろう、

 それを思うと、どうしても、いろいろと考えさせられるというものだ。

 だが、どうやら、彼は、桜井刑事と同期で、署内でも、一番の仲良しであった。その彼からの情報なので、間違いもないだろう。

 それにしても、あの木下という男、詐欺師でありながら、何を堂々と、目撃者として、我々の前に姿を現したというのか?

 あの連中くらいになると、

「我々警察の行動パターンや思考回路を読んでいる」

 ということも考えられる。

 それを思うと、

「こちらも、それくらいのことを考えていかないといけないだろうな」

 といえるだろう、

 桜井刑事は、やつらを、

「百戦錬磨の犯罪集団」

 と位置づけ、正面からまともに相手しない方がいいという考えを持つということにしたのだ。

 というのも、

「少しでもわざとらしいと思うことがあれば、疑ってみる」

 という考えである。

 となると、目撃者として、現れたことにも、何か思惑があってのことだし、証言内容も、まともに聞けば、

「突っ込みどころ満載」

 といってもいいだろう。

 しかも、事件が発生してから、かなり経っての目撃証言。

 本人は、

「警察への出頭を迷った」

 というような、しおらしいことを言っていたが、相手が、

「したたかな人間だ」

 ということが分かってしまうと、

「それどころではない」

 ということになるだろう。

 というのも。

「俺たちの灯台下暗しというものを狙っているのではないか?」

 と考えたのは、まさかと思うが、

「警察が考えないようなことを考えて、こちらの度肝を抜こうとしているのではないか?」

 とすら思った。

 というよりも、

「奴らが、こちらの思考回路を握っていないと、できないことであろう」

 ということであった。

 というのも、こちらのことをいかに考えているかということであるが、

「我々の思考回路の外の限界を知らないとできないことだ」

 と思えたのだ。

「相手の上前を撥ねようと思うと、相手のすべてを知っている必要がある」

 しかし、そんなことはできっこないので、なかなかそこまでしようとは思わないのだろう。

 しかし、それでも、相手がしようと考えるのであれば、せめて、外枠の結界部分くらいがどこにあるのかということを知る必要がある、

 それが、普通の人間にはなかなかできないが、

「詐欺を働く人間には、そこがないとできないことではないだろうか」

 そのことを、知っていないと、警察もうかつに動けない。下手をすれば、相手は、それを見越して、罠を貼っているかも知れない。


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