二章
第七話 協力体制
「ミリデ……ほ、ホントにそいつと組むの?」
聞き馴染みのある声を耳にして振り向くと、扉からベレッタが部屋内へと入って来るのが見えた。
「私は反対! コイツ無表情で何考えてるかわからないもん。そもそもこのゲームで誰かと組むなんて危険、どうせみんな腹の中では裏切りしか考えてないでしょ絶対!」
「ベレッタ、いつの間に……」
「ミリデに聞きたいことがあって来てみたら、中からそいつとチート・ロワイヤルについて話してるのが聞こえてさ。ずっと聞き耳立ててたの。どうやらそいつ、本当に権能持ちだったみたいね」
「そういうことね。安心して、ベレッタ。裏切りは警戒してる」
「……チート・ロワイヤル、権能持ち。はっきりと言いましたね、ということは彼女も」
「いや、そういうわけじゃない」
ベレッタも権能持ちなのかと思ったが、どうやら間違いらしい。ミリデが訂正する。
「気付いてると思うけど、私とベレッタは姉妹じゃない。彼女は正真正銘異世界の住人。だけど、彼女はこちらの事情を知っている」
「なんて言ってるけど、私からしたらアンタ達の方が異世界人なんだけど……まあいいわ。ミリデの言う通り私はこっちの世界の人間で、元々勇者をしていたの」
「……勇、者……?」
確かに改めて見てみれば、騎士然とした高貴さの溢れる格好をしている。魔法や竜が存在する世界だ、勇者というものが存在していてもおかしくない。けれど、常に不機嫌そうで口を開けば不満を漏らす彼女がその勇者だとは思えなかった。
黒兎は数刻前のことを思い出し、ミリデに顔を向け伝える。
「彼女、先程机に頭をぶつけていました。その時の影響が」
「出てないから! 私は本気で言ってるの!」
「……正直今でも半身半疑だけど、どうやら本当みたい。この世界には勇者って存在がいて、彼女がその勇者」
「まあ正確には元勇者で、今の私には力なんてほぼ無い。性格も喋り方も前とは違うし……そう思われても不思議じゃないけどさ。仕方ない、あんまり取り出したく無いんだけど……」
ベレッタは右袖を下げ、思わず二度見してしまいそうなほど異様に変化した右腕を見せる。彼女の真っ白な肌には炎のように揺らめく紫の痣があった。ベレッタがその痣に左の指を当てると、ズブリと中へ侵入する。引き抜き、腕から取り出されたのは手の平に収まる程度の大きさの金の杯。
苦い表情を浮かべ、言った。
「う……この感覚、いつまでも慣れないな……」
「これは、杯? 体の中から取り出したように見えましたが」
「勇者の杯、特殊な魔道具よ」
ベレッタは視線をその杯に落としながら続ける。
「百年程前に突如現れた存在、魔王。そいつを倒すためにヴェルサス王国の王が作り出したの」
「魔王、ですか?」
どうやら勇者が存在するならば、倒すべき悪も存在するようだ。それが魔王。
「霧の森を抜けた先に、大きな城があってさ。そこで奴は構えていた。生物に瘴気を当てて魔物に変化させ、王国の各地に送りながらね」
「魔物については君に話したよね。人の食料や人そのものを襲ったりする化物のことよ」
「王国のあちこちが魔物の被害を受けた。だから王は自国の兵を向かわせたけど、そいつには全く叶わなかったみたい。まあ幸い魔王本人が暴れることはなかったから、王国が脅かされるほどではなかったけど」
「……魔王、とやらの目的は何でしょう? 魔物を生み出す、それだけですか」
「さあ、未だにわかってない。そいつの容姿も悪魔みたいだとか竜みたいだとか曖昧でさ……はっきりしてるのは魔物を生み出してる魔王を倒さなくちゃいけないってのと、超強いってこと」
黒兎は目を伏せ、口元に手を当てながら考える。ベレッタの説明を聞いてその魔王について、そしてその存在がもたらす脅威について学んだ。
だからこそ大きな疑問が湧いてくる。ミリデは二週間前に魔物という存在が綺麗さっぱり消えたと言っていた。それは全滅を意味するはず、いきなりどうして。
「さっきも言ったように、勇者の杯はそんな魔王に対抗する手段。これは人の体内に入り込み、力を与える。所有者が死ぬと王国内のランダムな子供に乗り移り、新たな勇者になるの」
「それと同時に先代の力も引き継ぐ……だったよね、ベレッタ」
「そう。つまりこの杯が乗り移る度に勇者は強くなる。そして私は十六代目……成長しながら剣術や魔法を学び、魔王に匹敵するレベルの力を持っていた。けれど」
言葉を続け、ベレッタは衝撃の事実を口にする。
「魔王は、二週間程前に何者かによって殺された」
特別な魔道具を作り上げ、百年の時を経てようやく対抗出来るようになった魔王。それがあっさり死ぬとは。
「その影響で各地の魔物も消滅したってわけ。ホントあっさりで、初めて聞いたときは空いた口が塞がれたわ……自分が倒すものだと思ってたからさ」
「成程……でも誰が? 強大な存在だったのでしょう?」
「君にしてはちょっぴり察しが悪いね。魔王すら軽く倒せるほど強い奴だよ、思いつかない?」
言われて黒兎は察する。チートと呼べる程強力な力を持った人間が何人もこの世界に来ているのだ、中には魔王すら簡単に倒してしまえるぐらいの者もいるだろう。
「まさか……他の権能持ちが殺した、と?」
「そのまさか。どうやらこの箱庭へと最初に送られた権能持ちが魔王を殺したみたい」
十九の権能の内、まだ誰も手にしていないのが『太陽』『月』『吊られた男』。つまり黒兎自身を除けばと既に十六人が権能持ちとしてこの世界に来ていることとなる。それぞれが思い思いに動くのだ、魔王を倒そうとするものがいてもおかしくない。目的は魔物の存在が邪魔だったからか、それとも単なる力試しか。
「既に調べはついている。そいつは『死神』の権能を有していた」
「死神……」
十三番目。死を意味するカードだ。
「魔王が死神によって殺されてから、勇者の杯は力を失った。この魔道具は強大な悪に反応し、私に力を授けてくれるんだけど……その対象が消えたから、今のコイツはただ私の体に入ってるだけのガラクタ。性格も初代勇者に影響されて、語尾に平気で『のだ』とか付けちゃう気高くてちょっと痛い感じだったけど……今は元の性格そのまんまよ」
ベレッタは手にした金の杯を自身の腕へ押し込むと、中へゆっくり戻って行く。
彼女の話でこちらの世界についてより詳しく知ることが出来た。魔王、勇者。そして『死神』の権能持ち。
「ありがとうございます、よくわかりました。但し疑問点がございます。ベレッタとミリデが組んでいる理由が見えてきません。ベレッタがこちらの事情を知るきっかけは何でしょう」
「ああ、それは……」
ミリデが補足しようとしたとき、ぐうぅと異音が小さく聞こえた。おそらく誰かのお腹が鳴った音。音のした方に目を向けてみると、ベレッタが自身の腹部を抑え顔を赤らめていた。
「なっ! しょ、しょうがないでしょ……!?」
「お昼、食べ損ねちゃったもんね……下でお昼にしよっか」
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