第六話 タロットの三番目

 ミリデは黒槍を強く引き、相手の顔目掛けて投擲する。対し黒兎は、向かって来るそれを軽く首を傾げるだけで回避。槍先は背後の本棚に突き刺さった。

 相手は武器を失った、今度はこちらの番。構え、地を蹴ろうとしたとき異変が起きた。槍が自律して動き始め、再び黒兎目掛け突っ込んで来るのだった。


「……!」


 猛スピードで突き進む槍を瞬時にしゃがんで避ける。標的を失った槍は宙で静止し、方向転換。再度黒兎の脳天へ。


「また……」


 身を屈めつつ放った横薙ぎの蹴りが命中。黒槍は弾き飛ばされ、ミリデの手元へと戻った。


(今の、まるで槍自体が意志を持っているかのようでした)

「……あれを喰らわないなんて」


 槍は泥状になり、次は矢まで黒い弓に。


「なら、これは?!」


 その弓を引き、一本の矢を放つ。一直線に向かう最中、矢がまるで花火のように弾けた。たった一本だったその矢は、数十に分裂、それぞれが弧を描くように進み黒兎へと襲いかかった。


(今度は矢が複数に分裂する弓)


 黒兎は両袖からナイフを取り出し、二本の得物で多角から攻めて来るそれら一つ一つに斬撃を繰り出した。その太刀筋は人の目で追うことが出来ない程の速さで、ほんの一秒満たずしてすべての矢は切り落とされるのだった 。


「なッ!?」


 あまりの神業にミリデは驚きを隠せない。一瞬で片付けられた数々の矢は黒泥へと変化し、その泥も床に吸い込まれるように消えてしまう。


「今のも容易く凌ぐなんて……」


 ミリデは再び手の平を前に突き出し、『女帝エンプレス』のタロットカードを呼び出した。


「流石の身のこなしね。権能を使ったわけじゃないのにあの身体能力、君が只者じゃないことは私にもわかる」

「……『あらゆる武器を作り出せる』能力、そう予想していましたがおそらく違う。作るのは特殊な武器」

「バレちゃってるなら隠す必要ないか。『特殊な性質を持った武器を生成する』、それが私の持つ女帝の力」


 カードの表面に人差し指で触れ、先程も見せた金の林檎を召喚する。手のひら大のその果実は、目が眩んでしまいそうな程光輝いていた。

 まるで北欧神話で語られるようなそれが彼女の武器。

 

「『黄金の果実』、これは私が想像したように形を変える。始めに見せたのは『傷付けた相手に強力な毒を流す短剣』」

「そして先程見せたのが『相手の脳天を狙い自律して動く槍』、『矢が複数に分裂する弓』」


 黄金の果実、女帝の権能。女帝の象徴である『豊かさ』に由来した、確かにチートと呼べる武器だ。

 状況に応じ、あらゆる効果を持ったあらゆる武器を作り出せるなんて。機転が利くという言葉に収まらない。言うならば万能。想像さえすれば権能は応えてくれるのだから、どんな場面でも役立ちそうだ。


「そう。よくわかったね」


 彼女が手にした黄金の果実が、刃の先まで黒く染まったナイフに変化する。


「そしてこれは……『人に視認出来ない程速く飛ぶナイフ』!」


 全力で投擲されたそれは、音速を超える速度で宙を裂いた。


  ――――――ヒュッ!――――――


 という音さえ置き去りにし、相手の眉間へと一直線。そのナイフを捉えることすら出来ず脳天を貫かれる――――――はずだった。

 突如、黒兎の眼前で、ピタリと静止したのだ。


「人に視認出来ない程……貴方の言う人とは、一般的な人間のことを指しますね?」


 何故か。その理由は単純、黒兎が人差し指と中指で挟み止めたから。


「なっ!  受け止め……て……?」

「こうして戦って、まだ私をそこらの人間と大して変わらないと?」

「……化け物……」


 受け止めたナイフを捨て、目の前の相手を見据える黒衣の少女。いつも通りの無表情で少しの焦りすらない彼女の様子を見て、ミリデの瞳は大きく揺れるのだった。

 音速を超えたナイフに対し、避けるでもなく受け止めるなんて。人間じゃない、少女を皮を被った何か。                 ミリデは心の中で呟いた。

 権能すら使わず、人を超越した身体能力を発揮した……。まさに化け物、まさにチート。


(……能力はわかった。けれど、仕掛けるには至れない)


 ミリデが驚く中、黒兎は警戒レベルを最大に上げながら思考。


(精々五分。もし相手が本当に何でも創造することが出来るなら、私は簡単に殺される。『刀身を目視した相手に死を与える剣』なんて作られればそれで終わり)


 もし作れるのならとっくに使用しているはず、なら作れないと見ていいだろうか?   

 それとも単に温存しているだけ?

 とにかく未知数。このままやり合うのは得策ではないだろう。


(仮に勝てれば刻印は一つ手に入る。が、それだけ。敗退するかもしれないというリスクの割に、リターンは少ない)


 ただ権能持ちプレイヤーを殺せばいいだけじゃない。勝利しなければならない。

 そのためにすべきは争いではない、利用だ。この世界について詳しいだろう彼女から情報を引き出せれば、彼女の強力な力を借り刻印を集めることが出来れば、ぐっと勝利に近付く。

 なら――――――


「突然ですが、提案があります」

「提案?」


 一度瞼を閉じ、再び目を開けてから言った。


「私と貴方で協力しませんか?」


 非常に突然のことで、ミリデの口から思わず「は?」と漏れた。かなり困惑した様子だ。


「協力、って……いきなり、何……?」


 さっきまで戦っていた相手がいきなり組もうと言ったのだから、それも当然だ。

 相手の様子を見ながら、黒兎は武器である二本のナイフを袖口にしまう。


「私には叶えたい願いがありません。それ故勝ち残る気は無く、その思いを察したシンメトラは私に愚者という何の力も無い権能を授けました。やる気の無い者に貴重な権能は与えたくないとのことです」


 嘘だ。


「納得出来ないわ。仮にそうだとしても、人に力を貸す必要性がわからない。君にメリットは?」

「納得出来ないのは当然です。私は元の世界で暗殺者をしていました。暗殺者の仕事は主の命令を聞き、対象を殺す……それだけ。私自身に意思など無く、あるのは忠義のみ。目的も無くただ死ぬより、誰かの役に立って死ぬのが本望」


 これも大嘘。協力関係を結ぶには、大胆な嘘が必要だと判断しての言葉だ。


「私と二人で他の権能持ちと戦い、それぞれで刻印を集めましょう。互いの刻印の数が合わせて十三になったとき、貴方が私を殺せばいい。悪い条件ではないと思いますが」

「いくらなんでも私にとって都合が良過ぎる……。油断させて殺すつもりでしょう」


 そう反応されてもおかしくはない。チート・ロワイヤルにスポーツマンシップなど必要無い、勝てば正義なのだ。ミリデが裏切りを警戒するのは至極当然。そして黒兎も相手がそう考えることは予測していた。

 右手を差し出し告げる。


「では作り出せばいいのです、私の動きを制限する武器を。そうですね……『女帝の権能持ちに殺意を抱くと体が硬直する呪いを付与する矢』はどうでしょう」

「えっと、つまり……それを作り出して刺せば、君は私を殺すことが出来なくなる。ということね……成程」


 ミリデは自身の顎に軽く手を当て、深く考え込んだ。言っていることが支離滅裂でないのは確か。それにこの申し出を断るのは惜しい。


(強さは十二分、このままやっても勝てるかわからないほど……仲間に出来れば無駄に戦わずに済む。でも……)


 心の中で否定しかけたとき、とある男の言葉が脳裏に過る。


 ――――――教会のあいつを倒すには、今の戦力じゃ心許ないな。せめて後一人、戦える奴がいれば。


(協力者がもう一人増える。リスクは大きい……けど、それぐらい背負わないとチート・ロワイヤルは勝ち抜けない、か)


 ミリデは一度目を伏せた後、黒兎に視線を合わせた。はっきり告げる。


「わかった……君の言う通りにしよう」

「交渉成立ということでよろしいですね」

「ええ、だけど完全に信用したわけじゃない。所持している武器はすべてこちらに渡して」

「了解しました」


 当然の要求だ。矢を刺すより先に不意をついて殺そうとするなんて、ミリデからして十分あり得る話。

 だからそれより先に武器を捨てさせるという判断。仮に黒兎がミリデの立場でも、同じ要求をしていた。

 短い返事を返し、両袖と右太腿のナイフを取り出して、それらを相手の足元に投げる。


「これで全部?」

「いえ、後一つ」


 片手を軽く上げ、待つように伝える。やがて黒兎は何を思ったか、喉奥に二本の指を突っ込んだ。


「お」

「……君、何して」

「お゛え゛ッっ……!!」


 強い嗚咽、唾液と共に吐き出したのはナイフだった。他三つより僅かに小さなサイズで、刃には革製のカバーが被されている。

 一四程の少女が口から吐いたそれを見て、ミリデの顔は蒼白に染まる。


「は? え?」

「これですべてです。先程吐いたのは任務の際にナイフをすべて紛失、もしくは破壊された場合の予備。常に胃の中に入れており、大事なときに吐き出せるようにしています」

「な、何言っちゃってんの……君…………」

「ああご安心を、カバーをしているためこれで胃が傷付けられることはございません」

「いやいや、そういう心配をしているわけじゃなくて、そもそも体内に凶器を入れるという発想が……ま、まあいいわ」


 体液で塗れた柄を握り自身の元へ放る黒兎と、さっきまで胃に入っていた武器をミリデは交互に見つめる。やがて神妙な面持ちで言った。


「えっと、じゃあ、矢を……」


『人に視認出来ない程速く飛ぶナイフ』は既に泥となって消えていた。タロットカードを召喚し、黄金の果実へと変化。そのまま流れるように『女帝の権能持ちに殺意を抱くと体が硬直する呪いを付与する矢』が生成される。

 黒兎が左手を前に出すのを見て、ミリデは矢を強く握りながら近付き、勢いよく相手の手の甲に突き刺した。矢先が肉に深々と侵入するものの血は噴き出さず、そこを中心に印が浮かび上がるだけだった。赤一色で、渦巻いた茨のようなもの。矢が抜かれたのち、深紅の跡を黒兎はまじまじと凝視。


「これは? ただの模様にしか見えませんが……。この印が体に刻まれている内はミリデを殺せない、と解釈していいのでしょうか」


 黒兎は周囲を確認した後、床へと視線だけ送る。落ちた『失った記憶を再生させる水瓶について』という題名の本を見て、指を指す。


「ああ、そう……あの本、棚に戻さなければ」

「急に何? 本ぐらい私が……」


 指で示した対象に一度目を向けるミリデ、黒兎へと視線を戻すと先程までいた場所から彼女は消えていた。数秒にも満たない隙を利用し、床に捨てられたナイフを一本拾い、ミリデの背後に回ったのだ。


「――――――」


 一瞬で詰め寄り、ここで初めて明確な殺意を持つ。殺すという意思を固め、黒兎は銀の刃を全力で突き出す。

 首元に凶刃が迫るのを感じ、ミリデの全身から汗が噴き出した。


「はッ?!」


 しかし。ナイフの動きがビタッと止まる。まるで時間が停止したように互いは動かなくなった。


「どうやら、ちゃんと効果はあるようですね」

「……何、して」

「何して? 効果を確かめただけです。貴方を殺す気で振るったのですが、謎の力によって動きを止められてしまいました」


  彼女はただそれを確認しただけ。変わらないままの瞳で、平然とナイフを袖中に戻す。

 顔を伝った一滴の汗が木の床へと零れ落ちる。


「……そう。君が敵じゃなくなってよかった」

「……」

「けど、君が仲間になったってことが不安になり始めた。君みたいな化け物と上手くやれるとは、正直思えない」

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