第五話 交わる刃

 ミリデと黒兎の二 人は村の散策を終え、家へと帰った。何をするでもなくただ椅子に座っていたベレッタは、こちらを……主に黒兎を見るなりムスッとする。


「ただいま。みんなでお昼にしよっか」

「みんなで? コ、コイツのも作んなきゃいけないの……?」

「当たり前でしょ。意地悪言わないの!」

「フン!」


 初めて会ったときと同じようにそっぽを向き、奥の部屋へと消えてしまった。


「ご、ごめんね……あの子の言葉、気にしなくていいから」

「ええ」

「えっと、これからどうしようかな……ベレッタが昼食作るの手伝ってあげたいけど、書斎で探したいものがあってさ。まあ探し物はご飯食べてからでも別に……」

「私がベレッタを手伝いに行きましょうか? そうすればミリデは自身のやりたいことに専念出来ます」

「い、いいの? そうしてくれるならありがたいけど、彼女に色々言われるの嫌だったりしない?」

「いえ、私には心がありませんので」

「心が無い……? よくわかんないけど、だったらそっちは任せた。正直あの子が君が手を貸すことを受け入れるかはわかんないけど……もし断られたらこっちに来て。書斎は二階の奥の部屋にあるから」


 そう告げて階段から二階へと上って行くミリデ。背を見送って、黒兎はベレッタが向かった部屋へと歩みを進める。中へ入るとそこが料理場であることがわかった。

 横長の台所にはいくつもの食材と多用な調理器具が並んでおり、その手前には長方形の机。

 部屋の隅には天辺に水色の魔法陣が刻まれた謎の木箱が存在する。


「あの魔法陣が刻まれた木箱は……?」

「何アンタ、冷蔵庫も知らないの?」


 呆れたような声色だった。こちらに背を向け、まな板の上の野菜を包丁で切りながら言う。


「中に入れた食材は、氷属性の魔法陣によって冷やされるの。常に冷気が流れてて……って、何でアンタに説明しなきゃいけないの⁉」

(別に説明なんて頼んでいませんでしたが……とにかく、こちらの世界では魔法によって技術を発展させたようですね。機械の発明によって進歩を遂げた元の世界とは大きく異なっています)


 風、氷。自然の物質を自由に出せるなら、ありとあらゆるものが便利になるだろう。ベレッタは料理する手を止め、黒兎に鋭い目を向ける。


「それよりさ、何で来たの? 別にアンタの助けなんて必要ないんだけど。もしかしてミリデに言われた? あの人、ホントにお人好しなんだから……」

「いえ、私から言いました。彼女は書斎に用があるそうなので」

「あっそ……好感度稼ぎなんてしたって意味ないから、帰って」

「……」

 

 邪険にするベレッタに対し、黒兎は表情を変えぬまま問う。


「一つ疑問があります。どうしてそこまで私を嫌うのですか? 私のことをどう思ってもらっても構いませんが、単純に不可解です」

「……別に。アンタが無害だってわかれば、それでいいの」

「無害? どういうことですか?」

「それは……あ、アンタに関係ないでしょ! いいから出てって!」


 明らかな怒りを見せ、ベレッタは台所を叩く。強い衝撃で赤い果物が床にゴトリと落ち、机の下へと転がるのだった。それを見て溜息を吐きながら屈む。果実を拾い、立ち上がるとき。


「まったく、何でこんな奴――――――ギャッ!」


 机に後頭部を強く打ち、頭を抑えながら痛みに悶える。


「っ、うぅッ…………!」

「大丈夫ですか?」

「大丈夫……大丈夫だから、いい加減出てってよ!」


 そう言う割には目に涙を浮かべていたが。これ以上この場にいても怒らせるだけ、そう判断した黒兎は書斎へと向かう。



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「そう、怒らせちゃったの……」

「すみません、彼女を手伝ってあげたかったのですが」


 その書斎は古めかしい匂いに満ちていた。奥には大きな文机ふづくえが鎮座しており、部屋の四方には木目調の本棚が。上から下まで分厚い本がビッシリと埋められていて、ここを使っていた人物は相当な読書家だったことがわかる。


「あの子が大丈夫って言ったんだし、料理は任せましょ。君はここにいて」


 ミリデは文机より更に奥の本棚からいくつかの本を取り出し、机の上に開いて並べ、物色するように見るのだった。


「書斎に用があると言っていましたが、何か探し物ですか?」

「そう。ここには魔道具に関する書物がいっぱいあるんだ。記憶喪失を治す魔道具についての本をここで見た気がしてさ、でもどこの本棚にあったか忘れちゃってね。片っ端から探し回ってるの」

 

 黒兎は書斎全体を見渡す。数百はあるだろう本から見つけるのなると丸一日以上かかりそうだ。


「かなりの本がありますね。私も探すのを手伝いましょう」

「正直一人で見つけるのは骨が折れちゃうから、そうしてもらうと助かるかな。ベレッタのお父さんは生きてた頃学者をしてたらしくてさ、だから沢山書物があるの」

(ベレッタの……お父さん?)

「君はそっちの本棚頼んだから」

「了解しました」


 黒兎は入り口のすぐ隣にある本棚の前に行き、並ぶ背表紙に目を向ける。そこに書かれていた文字は明らかに英語と異なっていたものの、不思議と読めてしまうのだった。

『火踊蝶の生態・明かりとして使われなくなった理由』『四つの派生魔法について』『魔導書の基礎』。

 異世界の住人と話すだけじゃない、文字も読めるようにシンメトラに認識を歪められたのだろう。そう考えるしか説明が付かない。視線を本棚の上から下へと移しながら、考える。


 ――――――ミリデ、彼女に対する違和感が拭えない。村の人と大きく異なる肌、姉妹であまりに似ていない容姿。それにさっきの言葉。


 『ベレッタのお父さん』なんて、もし本当の姉妹なら『お父さん』と言うはず。


 ――――――彼女が別の国から来て、ベレッタの義姉となった。あり得る話だ。別世界から来た彼女はベレッタと姉妹のフリをしている。これもまたあり得る話。


 少ない可能性だが、試してみるべき。目を伏せつつ、相手に問いかけた。


「それにしても彼女、ベレッタはどうして私のことを嫌うのでしょう。本人に聞いたのですが、曖昧な答えしか返って来ませんでした」

「それは……さあ、私にも詳しくはわかんないかな」

「……」

「あの子、あんまり他人と関わらないからさ。だから警戒されてるのかも……」

「私が異世界から来たと気付いたからですか?」

「………………え?」


  両者の間に長い長い沈黙が流れた。しんと凍てついた時間を再び動かすのはミリデ。


「え、えっと……前にも似たようなこと言ってたよね。元いた世界、とか……それはどういう……」

「ああ、それと、記憶を戻すという魔道具、もう探す必要ありませんよ。先程忘れていた記憶がすべて戻ったので」

「…………」

「一九世紀、イギリス、暗殺者、黒兎。あらゆる単語が頭に流れ、過去のことを思い出しました。私はこことは別の世界で死に、アシンメトリ・シンメトラという人物によってこの世界に連れて来られました」

 

  驚きの表情のまま動かないミリデと対称的に、黒兎の冷めた無表情はそのまま。顔すら向けていなかった。

 やがて瞳だけ背後に向けて思う。驚愕、それだけじゃない。今の彼女にあるのは明確な――――――


「え、えっと……冗談、だよね……異世界から来たって。シンメトラ? ……って誰? イギリスってどこ? 急に色々言われてよくわかんないよ……」

「ええ、冗談です。さっきまでの言葉は忘れてください」

「は?」


 自分が異世界から来たと、すべての記憶を思い出したと告げたのに、黒兎はそれらをすべて冗談だったで流した。

 先程までのやり取りはなかったように、目の前の本棚から目的の本を探し始める。


「そ……そう……」


 表情も動きも固まったミリデ、幾分かした後不意に漏れ出たようにそう溢した。


「よかった。冗談で……」


 言いつつ目を伏せ、右腕を前にやる。力を込めると、手元に光の粒子が集まり、一枚のカードになる。


「……本当に冗談ならよかったのに」


 ゆったりとした椅子に座るミリデがステンドグラス風に描かれており、下部には金文字で『The empressザ エンプレス』。

 女帝エンプレスの権能を表したカードをトンと指先で触れると、形状が変化。ただの紙切れが、金色に光輝く果実へと変わった。


「記憶を戻す魔道具……もしかして、この本では?」


 下から二番目の棚の右端、背表紙には『失った記憶を再生させる水瓶について』。手に取り、本の表紙を見ながらミリデに告げる。


「どれどれ?  確認するからそこでじっとしてて」

「ええ」


  黒兎の元まで一歩ずつ迫るミリデ。手には黄金の果実、眼は据え、感情の無い表情。

 今の彼女にあるのは明確な殺意。

 すぐ真後ろまで近付くと、彼女が手にした果実がドロドロに溶け、今度は刃まで真っ黒の短剣に変化する。

 逸る鼓動を抑え、黒兎の首を狙って振り下ろ――――――


「――――――なッ!」

「……」


 刃先が相手を貫くことはなかった。攻撃が届く寸前、黒兎は一瞬で振り返り手にした本で受け止めたのだ。


「やはり、そうでしたか。貴方も私と同じ、シンメトラから権能を授かった権能持ちプレイヤー


 互いの体がピタリと硬直する中、ミリデの困惑に満ちた声が流れる。


「いつから、気付いて……」

「確信に至ったのは先程。貴方は言いましたよね、『イギリスってどこ?』と。私はイギリスとしか口にしなかったのに、どうして地名だとわかったのですか」

「……チッ」

「妹とかけ離れた容姿、村の人と大きく異なった肌。ベレッタと血は繋がっていなく、別の地域から来たのは明らか。貴方も私と同じ世界から来た権能持ちである可能性は僅かだがある。その小さな可能性を排除するため、仕掛けてみました」

「そうしたらビンゴだったってわけね」


 ミリデは本から短剣を抜き、後方へと大きく身を引く。相手が距離を取ったのを確認し、穴の空いた本をそこらに放る。


「まさか本当に君がそう、なんてね……」

「その口振り……ミリデ、貴方も気付いていたのですか?」

「君の服装はこの辺りでは見ないし、何より私も君と同じように霧の森で倒れていたから。記憶を失った……そう言われて困惑もしたけど、正直ちょっと嬉しかった。この子は権能持ちじゃない、この子を殺さなくていいんだって」

「しかしこれは殺し合いゲーム」

「そう。勝利を得るには、自身と同じ権能持ちを殺さなければならない」


 彼女が告げると、短剣が黒い泥へと溶け、代わりに槍の形に。ミリデ本人の身長より長く、細く、先まで純黒。


「それが貴方の権能……さしずめ『あらゆる武器を作り出せる』能力、でしょうか」

「さあ、どうだろうね。それより君は権能を使わないの?」

「ええ、私の権能は愚者。始まりを表すタロット故、能力が無いそうです」

「愚者? それって使われないはずじゃ……それに能力が無い? ……何だっていい。来ないなら、私から行かせてもらう!」

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