一章

第三話 チート能力者同士の殺し合い

「えっと……すみません。状況が、飲み込めません……」


 死んだと思ったら謎の空間で目覚め、謎の人物から告げられた。謎のゲームに参加しろと。黒兎は十何年生きていたが、ここまで驚くような事象は体験したことがなかった。

 何か突飛な現象に巻き込まれたのか、それとも死んだら基本こうなるのか。


「ここに呼び出された者はみ~んなおんなじ反応するね。ま、死んだ直後だもん仕方ないか! 突然のことだろうし、何が何だか分からないだろう。是非質問してくれ」

 

 意味不明の状況に困惑しつつも、黒兎は浮かんだ疑問を片っ端から投げかける。


「……では。私は死んだ、その事実に変わりはないですか?」

「うん、死んだ。毒薬であのままポックリ……本来ならそのまま無に還るんだけど、上手いこと引っ張って来てここで蘇らせたというわけだよ」

「ここ、ですか。明らかに現世とは大きく異なった場所に見えますが、ここは……?」

「現世でも、天国でも地獄でもない場所。ボクの作り出した精神世界と思ってくれればいいさ」

「精神世界、成程……それで、先程私を蘇らせたと言っていましたが、貴方はどういった存在なのでしょう。人間に出来る芸当ではないと思いますが……」

「簡単に説明すると、神みたいなものさ。正直ボクとしては神なんて矮小な存在と一緒くたにしてほしくないんだけど、こう言わないと伝わりにくいんだよねーボクのこと。それと、ボクの名前はアシンメトリ・シンメトラだ。覚えておいてくれ」

 

  到底信じ難い回答が返ってきたが、アシンメトリ・シンメトラと名乗る彼、もしくは彼女の言葉を信じるしかこの状況を説明出来ない。

大体話は飲み込めた。毒液を飲み干し死んだのち、超常的な存在の手によって蘇らされ、とあるゲームに参加させられそうになっている。とはいえ、まだまだ疑問は多い。


「貴方が主催するというゲーム……チート・ロワイヤル、でしたよね。詳しく説明して貰えませんか?」

「んひひ、聞きた~い? 正直言うと早くゲームの説明したくてうずうずしてたんだよね! じっくりねっとり教えてあげる!」

(じっくりはともかく、ねっとり……とは……)


 より困惑する黒兎をよそに、シンメトラは口の端を上げながら語り始める。


「タロットカードって知ってるよね。占いとかで使う、『愚者フール』から始まり『世界ワールド』で終わる二十一のカード。今からキミに、タロットカードに由来する権能を一つ与える」

「権能?」

「わかりやすく言うとチート能力だね」

「チート……能力?」


 コンピューターがまだ生まれていない時代に生きていた黒兎にとって、まったく聞き馴染みの無い単語だった。意味が分からず目を丸くする。


「ありゃ、伝わらない時代の子だったの忘れてたよ。失敬失敬、伝わる時代の子なら話は早いんだけど……とにかく超強い武器だよ超強い武器!」

「はぁ……」


 黒兎は自身の右太腿、両の袖口を確認した。自身の武器であるナイフがそこにあることを把握する。

 超強い武器……どうしても受け取らなければならないものなのでしょうか。自身の得物はこの凡のナイフで十分なのですが。


「その権能を有した状態で、キミを『箱庭』にあるとある王国内のランダムな場所に送る。ああ、箱庭というのはボクが所持している世界のことさ。」


 さらっと口にしたが、かなりスケールの大きい話をしていたのを聞き逃さなかった。所持している世界、なんて。子供の戯言としか思えないが。


「そこはキミがいた世界と大きく違う。剣と魔法が特徴のファンタジックな世界さ。そこで生き残りを賭け、殺し合いをしてもらう」

「……まさか。他にも権能を渡された人が複数いて、その人達と……ですか?」

「おお、察しが良くて助かるよ。あらゆる時代、あらゆる国から面白そうな人間を見つけ出し、蘇らせ、権能を与えた。そう! これから始まるのは、強力な力を手にしたチート能力者同士の殺し合いさ! ねねっ、黒兎ちゃんもワクワクしてこない!? 最強達の殺し合いゲームなんてさぁ!」


 両手を天に掲げはしゃぐシンメトラに対し、全くの無表情の黒兎。


(大分全容が掴めて来た。だからこそ……チート・ロワイヤル)


 だがまだ足りない。続けて質問。


「勝利条件はどうなっているのでしょう? 生き残りを賭け、ということは単純に最後の一人になればいいのでしょうか」

「うーん、まったく興味なし? まあそれを聞いてはしゃぐタイプじゃないのはわかってたけど……で、質問の答えだけど、それは勝つための方法の一つだと考えてくれ。勝利条件はもう一つある」

「もう一つ、ですか?」

「ボクの寵愛を受け、力を得た権能持ちプレイヤー。一人殺すと刻印が一つ獲得できる。その刻印を十三集めることでも勝利となる。ちなみに殺した権能持ちが既に刻印を手にしていた場合、その分も獲得できるよ。つまりキミが誰かを殺したとき、その相手が前に三人殺していたならば、キミは刻印を四つもゲットできるってことさ」


 黒兎は説明を聞き考えた。どちらにせよ、勝ちを狙うならあまり動かないことがベストではないかと。

 自身が殺されるというリスクを冒して刻印を集めるより、刻印を集めたものを殺す方が効率的だ。また数が減る度最後の一人になる確率が上がる。


「ついでにこれも話しておかなきゃダメだよね、報酬のこと。ゲームに勝利した者には二十一番目のカード、『世界』に由来する特別な権能が与えられ、元いた世界かつ元いた時代に戻れる」


 シンメトラは小児らしい短い足を組み始め、言葉を連ねる。


「『世界』はね、どんな願いでも一度だけ叶えてくれるんだ。億万長者や死人を生き返らせるなんてわかりやすい願いはお手の物。その権能があれば、その名の通り世界の根幹から作り変えることも可能だよ」

「成程、よく分かりました」

 

 大半の人間は今の言葉を聞いて喰いつくはずだが、欲望という概念すら排斥した黒兎には叶えたい願いなど無く、目の色を変えず返答。


「一ついいですか? 私には叶えたい願いなどありません、現世への未練もです。その場合でもゲームに参加しなければならないのでしょうか」

「……」

「辞退することは可能ですか?」

「無理」


 短く返すと同時、シンメトラの瞳が真っ黒に変色し表情から笑みが失われる。


「人間が老いていくように、人間が死を回避できないように、人間がボクに逆らうことはできない。『参加しない』なんて選択肢、最初からキミに用意されていないさ」

「……成程」

「まあどうしてもって言うなら考慮してやらなくもない。でもその場合、この世で最も激しい苦痛を受けて死んでもらう。だってムカつくもん」

「了解しました。参加させていただきます」


 人の感情に疎い黒兎にも、シンメトラが怒りを抱いていることはよく分かった。参加するという意思を表明しなければこの怒りは収まらないだろう。

 告げると、あっさり元の表情に戻った。まるで何事もなかったように言う。


「それより、これで大体の説明は終わったかな? じゃあお待ちかねの権能を授ける時間だ。『愚者』と『世界』を除いた十九の権能の内、ランダムで一つがキミの力となる、はずなんだけど……他の人と能力が被っちゃうのは面白くないから、選択肢は三つだけだね」


 言いつつシンメトラは被っていたシルクハットを脱ぎ、てっぺんを軽くトントンと叩く。すると中から手のひら大のカードがいくつも出現し、机の上に落ちるとひとりでに動き出す。裏面を向け、ずらりと一直線に並んだ。

 黒兎がその光景に目を奪われている間、シンメトラは再度シルクハットを被り告げた。


「『太陽サン』、『ムーン』、『吊られた男ハングドマン』、この中のどれか。既に多くの能力者がいるんだ、受け入れてくれ」


 テーブルの上に並んだカードの数、十九枚。その内三枚が宙に浮き、黒兎のすぐ前に移動する。おそらく先程口にしていた太陽、月、吊られた男のカード。一枚引けということだろう。

 それを見て、目を伏せる。そして思う、本当に自分に必要なのかと。


(シンメトラが言うには、権能とは超強い武器のことを指すのだそう……正直言って必要とは思えない)


「月はキミにとってかなり有用な権能かな。能力の詳細は伝えられないけど、キミにピッタリなのは確かだ。だからといって太陽や吊られた男が弱いわけではない。どちらも強力な権能さ。さあ、どれを……」

「私に選択肢は無い、そう伝えられたのに申し訳ありませんが、自身に必要だとは思えません」

「選ぶ……って、はい?」

「生前暗殺者をしていた頃、何回か強力な武器を試したことがありました。けれどどれもまともに扱えませんでした。自分には、使い慣れたナイフと己の体だけで十分」

「……というと、権能なんて必要無い。無くても他の能力者を殺せる……そう言いたいのかな?」

「命令とあらば、必ず遂行させてみせましょう」


 またシンメトラは怒りを露わにするかと思ったが、意外にも興味深そうな様子を見せる。「へぇ……」と小さく零し、口角を吊り上げた。


「初めてだよ、権能を要らないなんて言う子は……実に面白い。一人ぐらい権能を持って無いイレギュラーがいてもいいかもね」


 シンメトラが指をパチンと鳴らすと、机の上のカードがすべて消え、代わりに一枚のカードが黒兎の前に差し出される。


「これは……?」

「めくってみてくれ」


 言われた通り、目の前のカードをめくる。そこにはステンドグラス風に描かれた自身の姿があった、横に伸びた道を歩く自分。下部には『The feelザ フール』と綴られた金文字。


「タロットの0番目、『愚者フール』さ。始まりを意味するカード、それ故このカードには特別な能力が存在しない。だから今回のゲームでは使われる予定は無かったけど、キミに授けることにした」

「……! 体に、入って……」


 手にした愚者のカードが、右の手の平から中へと侵入していく。痛みは無かったが、強烈な不快感に襲われた。


「ねえキミ、確かに言ったよね。命令なら、必ず遂行すると」


 シンメトラは椅子から直接机の上に乗り、膝立ちの状態で黒兎へと迫って行く。彼女の眼前まで迫ると手を伸ばし、相手の両頬を手で挟んだ。


「じゃあキミに命令。その体とナイフのみで他の能力者を殺せ、勝利しろ……! そしてボクを愉しませろ!」


 命令、その単語を耳にし、黒兎は目を見開く。

 ――――――その体とナイフのみで他の能力者を殺せ、勝利しろ……! そしてボクを愉しませろ!

 シンメトラの言葉が頭の中で何度も繰り返される。


「…………必ず果たしてみせます」


 告げると、シンメトラは怪しげな笑みを浮かべた。そして子供を寝かしつける親のように片手で黒兎の目を覆った。


「んひひ、そう……なら、いっておいで」

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