第二話 地獄か、天国か。それとも

「紅鴉。死亡確認」


 腰を下ろし相手の首筋に指を当て、脈が無くなった事を把握。端的な台詞を口にする。実力者を相手にし、黒兎は一分経たずして始末し終えた。

 そんな彼女の元に一人の人物が近付く。


「任務を終わらせたようだな、黒兎」


 しゃがれた声、中折れ帽を目深に被りコートを羽織った壮年の男性。


「伝書鳩……」

「ベスティスで二番目に優秀だった奴を傷一つ無く殺すとは。流石と言わざるを得ねえな」


 ベスティスのメンバーにお上からの命令を告げる連絡係を伝書鳩と呼ぶ。複数人存在し、死体処理や人材の育成まで行う暗殺組織に無くてはならない存在だ。


「これで十三人の内残ったのはお前だけだな。まったく、お上も酷いことしやがる」

「……」

「孤児のガキ共を集め、自分らが裏社会を支配するための道具として教育。邪魔な存在を何人も何人も殺させて、いざトップになったらポイなんてよ。そのまま直属の部下として傍に置いとけばいいってのに」

「おそらく私達の力を恐れたのだと思います。いざとなれば彼らを殺すことだってベスティスにとっては容易。裏切り、離反のリスクを負わないための命令でしょう」


 ベスティスを作り上げ暗殺の指示を送っていた面々は、自身らの障害を排除し裏社会のトップとして君臨した。地位を脅かすものはもういない、少なくとも今は。もしもの時を考慮し、ベスティスを全員処分するという考えに至ったのだ。

 伝書鳩は事切れた紅鴉の顔に、切れ長の目を向け数秒見つめる。その後視線を黒兎に移し、呆れたように嘆息した。


「……はあ。頂点へ立つには非道さが必要ってか? ま、んなことはいい。それより黒兎、最後の命令だ」


 命令、その言葉に反応し黒兎は立ち上がる。


「謹んでお受けいたします」

「これを飲め」


 言いつつ、懐から取り出したのは透明な液体が入った試験管だ。黒兎はその液体を見て一瞬ただの水だと考えた。しかし明らかに粘度が違う。


「これは……何でしょうか?」

「即効性の毒さ。一発飲めば即アウト、簡単に逝ける程強力なものだ。しかし苦痛は殆ど無いらしい。飲んだ感想なんざ聞けねえから、実際はどうだが知らないがな」

「成程……」


 短い言葉で反応し、僅かに目を見開く。普段感情など見せない黒兎の表情が驚いたものに。


「何だ? 意外って顔してやがるな。まさか仕事をこなしたから見逃してくれるだろう、なんて思ってたのか? お前に下された命令は変わらねえ、十二人殺した後に死ぬ。それ以外にねえよ」

「いえ、そういうわけではありません」


 表情を戻し、口元に手を当てつつ言った。


「随分、お優しいなと思いまして」

「なんだと……?」

「ナイフでの自死を予定していたので。苦痛無く殺してもらえるとは、光栄です」


 およそ十四歳の少女が発しているとは思えない言葉だ。同年代のそれとはあまりにも乖離し過ぎている思考。

 伝書鳩は顔を顰め、数秒間沈黙。幾分か間を空けてから独り言のように言う。


「……暗殺者としては百点だな。得物は凡、だが殺しの技術は極上。そのため任務で失敗することはない。心というものが存在せず、命令に対し忠実。殺すのは惜しい存在だったんだがな……ほら」


 軽く投げられた試験管を受け取る黒兎。


「お前の死体は俺がしっかり処理してやる。だから安心して逝け」

「ありがとうございます」


 礼をした後、試験管の栓を外した黒兎。そのまま流れるように、何の躊躇いも無く毒液を飲み干すのだった。


「ふぅ…………っ!」


 伝書鳩の言葉通り即効性はかなりのもので、体内に入れて数秒経たずで症状が出始めた。視界が揺れ、吐く息が荒くなる。

 やがてまともに立っていられなくなり、地面に倒れ込む。


「はぁ……はぁ……!」


 意識が朦朧とし始め、瞼が重いと感じ始めるように。間違いない、このまま自分は死ぬ。察すると同時に気付く。確かに痛みは無い、これなら楽に逝けるだろう。

 黒兎は目を閉じ、自問自答する。


(天国、地獄……そんなものが存在するなら、私はどちらに向かうことになるのでしょう)

 

 答えはすぐに出た。


(間違いなく地獄でしょうね。殺した人の数は百を越えますし)


 息を吐く間隔が段々と長くなって行く。残った意識が少しづつ薄れて行く。


(天国だろうと、地獄だろうと。どちらでも構いませんが……)


 やがて完全に意識が消え、

 

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 ――――――――――――

 ――――――



 幾分か時間が経ち、目覚めた。


「………………?」


 目覚めた……。私は確かに死んだはずなのに、何故。


(もしや、地獄……もしくは天国に辿り着いたのでしょうか)


 徐々に徐々に意識が覚醒に向かう。ぼんやりとしていた視界も晴れて行き、そこでようやく自身が異様な空間にいることを理解した。

 目の前には暗紫色のテーブルクロスが敷かれた丸机、自身が座るのはやたら豪奢な椅子。その空間に天井や壁といったものは存在せず、まるで星空の中で浮かんでいるようだった。黒一色の背景に散りばめられた光、それが全方位。ただし浮遊感は一切無い。

 そして何より目に留まったのが、対面に座るその人物。


「ようこそ、黒兎ちゃん。早速だけど、本題に入らせてもらう」


 背丈は黒兎よりも小さく、十二にも満たない歳だろう。少女とも少年とも捉えられる中性的外見、及び声色。濃い青のシルクハットを被っており、それと同じ色を基調とした燕尾服とドレスを組み合わせたような衣装、髪はウェーブがかった淡い水色。瞳はまるで渦巻いて見えるピンクと紺のオッドアイで、どこか不気味な印象だった。ピアスや指輪などの小物を体のあちこちにあしらっており、その姿はマジシャンを思わせる。


「これからキミは、ボクが主催するゲームに参加してもらう……!」


 笑みを掲げ、両手を開き、心底楽しそうに宣言した。


「チート能力者同士の殺し合いゲーム。チート・ロワイヤルに!」

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