第16話 巧望君、発見!
いつものように名駿アカデミーの入り口の門をくぐり、中庭へと続く小道をゆったりとした足取りで歩く。
私の頭の中には巧望君の姿が浮かんでいた。
巧望君、今日もお休みかな。
ふとそんなことを考えながら歩いていると、10メートルほど離れたところに巧望君の姿を発見する。
一方、巧望君は昇降口の近くにいて、ちょうど今から入ろうとしていた。
挨拶しようと歩を速めかけたところで、ふと気付く。
あれ?今日の巧望君、表情が暗いなぁ。
いつもの巧望君じゃないみたい。
そんな巧望君に私が戸惑っていると、巧望君は私に気付くことなく昇降口に吸い込まれていく。
あ、しまった。声をかけ損ねちゃった……。
きっとまだ病み上がりなんだろうから、浮かない表情になることもあるだろうに、私ってば妙に気にしちゃって……挨拶し損ねて何してるの。
躊躇した自分を叱りつつ、私は巧望君の後を追うように昇降口へと向かった。
昇降口を通り、いつものように自分の下駄箱に靴をしまって、廊下の方へと視線をやると、そこには事務局へと向かう巧望君の姿が。
そこまでは普通。何故なら、アカデミー生はアカデミーに来たら必ず、事務局の前の机にある電子端末に生徒証を通さなくてはいけないという決まりがあるから。
生徒証は、入塾時に渡される名俊アカデミーのアカデミー生であることを証明するカードのこと。
個人の情報が入ったQRコードが付いていて、事務局前の電子端末にそのコードを通すことで、アカデミーに来ていることがアカデミー側にも、そのアカデミー生の保護者側にも分かるように連絡がいくシステムになっているんだ。
生徒証を通すことは他にもメリットがあって、それは、わざわざ事務局の先生に来たことを伝えなくても良いこと。
生徒証を通した後、そのまま自分の教室に向かうことが出来る。
だけど、巧望君は生徒証を通した後、その場を去らずに事務局のドアをノックしたんだ。
何でだろう?あ、今まで体調不良で休んでいたから、念のために体温測ったりしてバイタルチェックでもするのかな。
最近まで世間で感染症が流行ってて、少し前まで名俊アカデミーでも体調不良の有無関係なくアカデミー内での体温測定が義務付けられてたみたい。
今でも、体調不良のアカデミー生には念のためアカデミー内でも体温を測ることを勧められている。
「失礼します。特別Aクラスの墨田巧望です。」
中からの返事があったのか、巧望君は断りを入れて事務局の中へと入っていった。
そんな巧望君の後を追うように、私は生徒証を片手に事務局の前へと向かう。
だけど、事務局の中まで入るわけにはいかなかったので、生徒証を通した後は他のアカデミー生の邪魔にならないためにも事務局から離れるしかなかったんだ。
そこで、廊下の端っこで巧望君が出てくるまで待ってようとしたんだけど、巧望君は一向に事務局から出てくる様子を見せなかった。
仕方なく私は巧望君を待つのをやめて、特Aの教室へ向かう。
「こんにちはー。」
挨拶しながら教室に入ると、そこにはいつも通り律君、と珍しく今日は秋君の姿があった。
秋君は何でも時間ギリギリに来るという癖があるので、授業の始まる15分ほど前の今の時間帯は大体まだ来ていないことが多い。
私は珍しいなあと思いつつ、自分の席に荷物を下ろして秋君を見る。
「秋君、今日は来るの早いね!」
私がそう言うと、秋君は斜め上を見上げながら曖昧な声で言った。
「うーん、何となく今日こそは巧望が来るような気がしてさ。ただの勘なんだけど、久しぶりに巧望の顔が見たくて早く来ちったんだ。」
そう言ってニッと笑う秋君を見て、私は妙に納得してしまった。
秋君って人1倍、勘が冴えてそうだなって思ったから。
普段から勘に頼ってるところがありそうだし、きっとそれで上手くいったことが何回もあるんだろうなって。
「それが出来るんなら、普段から今日と同じくらいの時間に来なよ。」
私たちのやり取りを側から見ていた律君が、はぁーと大きなため息を吐く。
「だーから、いっつも言ってんだろ?俺ん家は名駿から遠いんだよ!お前らみたいに近くねえから。」
秋君がむっとした様子で言い返した。
「今日はいつもより10分以上も早く来れてるけど?家が遠いんじゃなかったっけ?早川先輩。」
律君はニッコリとして、秋君を更に煽る。
私は場の空気がこれ以上ヒートアップしないように、
「あ、あのね、さっき教室に来るまでのところで巧望君見たよ!」
強引に巧望君の話題へ切り替えた。
すると、若干睨み合いになっていた2人が同時に私の話に食いつく。
「マジでっ!?俺の勘、大当たりじゃんっ。」
「ホント!?巧望来てるの?体調は大丈夫そうだった?」
その勢いの良さに笑いが込み上げながら、
「うん、嘘は付いてないよ。体調は……本人に直接聞いてないから何とも言えないけど。私が見たところ、問題はなさそうだったよ。」
私は頷く。
そんな私を見て、2人は安堵したように息を吐いた。
「そっか。名駿来れてんなら大丈夫だろ。前も言ったけど、あいつは休むことなんてほぼねえからさ。それくらい頑丈な体してんの。」
「うん、今回ばかりは秋の言う通り。巧望は誰よりも常識人だけど、それ以上に賢いから自分の体調がしっかり治りきるまでは無理しないんだ。熱出てても、気付かずに外で走り回ってる誰かさんとは違ってね。」
だけど、律君が再び茶化すように秋君を見て笑ったので、
「誰かさんって誰のことだよっ!?」
秋君が噛み付くように言って、律君を睨む。
律君が無言で意味ありげに笑いながら秋君を見返した瞬間、
「こんにちはー。って、早川いてるがな。珍しっ!」
「こんにちは〜。タク、今日もいない?」
ガラッと教室のドアが開いて、依那ちゃんと信武君が入ってくる。
その姿を見た途端、
「遅いな、お2人さん。俺は巧望が来るのを見越して、いつもより10分も早く来たぜ?」
秋君が胸を張りながら2人を迎えに行く。
それを見て、依那ちゃんが眉をひそめる。
「なに威張っとるんや。早めに来るのは当たり前やろ?第一、委員長来てへんがな。」
その様子を見て、律君が肩をすくめる。
「依那、それが実は今日、巧望が来てるらしいよ。塚本さんが見たって言ってた。秋の勘って案外当たるんだね。」
律君の言葉を訂正するように、秋君が口を開いた。
「案外じゃなくて必中な。」
一方、信武君はと言うと、
「タク、来てるんだ!良かった〜。」
みんなのやりとりは耳に入っていないようで、ひたすら巧望君のことを考えているようだった。
依那ちゃんは律君の話を聞いた後、少し考えるように間をおくと、
「よぉし、委員長が来たら、本人に休んでた理由問い詰めようや!せんせに聞いても詳しいことは教えてくれへんかったし、私も先週からずっと気になっててモヤモヤしてたさかい。」
パンッと手を打ってみんなの注意を引く。
「おう、そうだな。俺もずっと気になってたんだよなー。巧望があんなに休んでんだから、ただごとではねえと思うけどさ。」
「同意。だけど、身内の不幸ってこともあるから、直球で聞くのは避けた方がいいと思う。自分から話させよう。」
「は〜い。」
みんなが口々に賛成の意を示す。
もちろん私も。
それにしても、美穂先生が濁すほどの欠席の理由って何だろう。
この時の私は知らなかった。
巧望君の欠席の理由が、いくら考えを巡らせても、その考えを遥かに越えてくるようなものであったことを。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます