第15話 欠席続きの優等生
階段を登って踊り場を通り過ぎると、もう見慣れた教室が現れる。
ネームプレートには、特別Aクラスと書かれているその教室に、初めて入った時からもう2週間が経っていた。
「あ、珠明ちゃんや。今日の服、可愛いな!」
ドアを開けて中に入ると、依那ちゃんが真っ先に側に来て私の服を指差す。
今日の私のコーデは、セーラー服をモチーフに、少し制服要素を無くして普段でも気やすくしたトップスに、白のプリーツスカート。
対して依那ちゃんはと言うと……白い無地のキャミソールの上に水色の薄手のパーカー、白のフレアスカートという涼しげだけど可愛いも忘れてないコーデ。
頭には水色のカチューシャをしていた。
「ありがとう。依那ちゃんの服も可愛いね!それに涼しそう。」
私が依那ちゃんの服を褒めると、
「ありがとう!嬉しい。最近ちょい暑いから薄いもんばっか着て来てんけど、今日あんまし気温上がらへんらしいな。服選び失敗してもうたかも……。」
一瞬嬉しそうな顔をしたかと思うと、苦笑いを浮かべて依那ちゃんは言った。
「ホントだよね……春って、暑くもなく寒くもなく過ごしやすい季節だって聞いてたんだけどなぁ。」
私が依那ちゃんの話に相槌を打ちつつ、荷物を置きに教室の後ろにあるロッカーに向かっていると、
「ねぇ、まだ巧望来てないんだけど、あんた知らない?」
丁度律君の席の横を通り過ぎる時に、律君に引き止められる。
少し心配そうな顔をしている律君の言葉に、
「こんにちは、律君。巧望君か……申し訳ないんだけど見てないや。でも、いつも律君と同じくらいか、それより早く来る巧望君がこの時間にいないなんて珍しいね。」
私は首を傾げて言った。
ホントは知ってるって言ってあげたかったけど、知らないものは知らないからなぁ。
「ど〜ん!す〜ちゃん、こんにちは〜!」
必要な教材とペンケースを持って自分の席に向かう道中、信武君と出会う。
おはようの挨拶〜、と言わんばかりに突進してくる信武君に、私は数冊の教科書とペンケースを床に落としてしまった。
「わ〜、ごめんなさ〜い。大丈夫〜?」
申し訳なさそうな顔で慌てて教科書とペンケースを拾い上げる信武君。
「信武、その挨拶として人に突進する癖、前からやめなよって言ってるよね?」
その様子を見ていた律君が厳しい声で注意する。
いつもだったら巧望君が注意する担当だけど、今日はそんな巧望君の姿は見えない。
「ごめんなさ〜い、もうしませ〜ん。」
律君に注意されて、律儀に謝る信武君を見て、
「大丈夫だよ。壊れたものもないし、私も怪我してないから。」
私はなだめるようにその肩に手を乗せた。
すると信武君が、
「優しいね、惚れちゃいそう。」
スーッと自然な手つきで私の肩に手をかけて抱き寄せると、耳元で囁いた。
あの時みたいに、あの低い甘い声で。
様々な光が瞬く瞳で見つめられ、私はそんな信武君に美しさを感じつつ、少し危機感を感じる。
いつもの信武君とたまに姿を見せるこの信武君、どっちが本当の信武君なんだろう?
この子の特技なんや、目で人を落とすんが。この前の依那ちゃんの言葉を思い出す。
確かに大抵の人は落ちると思う、現に私も危機感を感じなかったら落ちてたかもしれない。
でも、何となく感じた信武君の魔性のオーラがそれを阻んだんだ。あ、このオーラを漂わせている時の信武君は危険だって。
だから、スーッと冷静になって、信武君を見ることが出来たんだと思う。
「ちわー。」
信武君にハグされながら、グルグルと思考を巡らせていると、教室のドアが開いて秋君が入ってくる。
その瞬間に秋君と目が合って、
「おい、ズリィぞ、シノー!自分が天然キャラなの分かってて、それやってるだろ?」
私が信武君にハグされてることに気づいた秋君が、文句を言いながら大股で私たちも方へやってくる。
「俺も混ぜろ!」
バッと私たちに覆い被さるようにして、ハグする秋君。
「わわっ!秋君、いきなりはびっくりするよ!」
私は急な秋君の行動に驚いて身を捩ったが、信武君とともにハグされて身動きが取れなかった。
「わ〜い!シュウもす〜ちゃんも、俺もみんな仲良し〜!」
信武君にはコロッといつも信武君に戻って、いつものように楽しそうな声を上げる。
どこか喜んでいるような様子だった。
「こーらー!早川、何やってんねん!珠明ちゃんは女の子なんやで!?付き合うてもないのに、気軽に抱きしめてんやない。早よ、離れーや、この変態!」
「依那、秋も悪いけど、元凶は信武だから。信武、前から言ってるけど、人、特に異性に気軽にハグするのやめろよ!」
すぐさま依那ちゃんと律くんの2人が飛んできて、秋君と信武君の頭をポカッと叩いた後、私から引き離そうとする。
5人で揉み合っていると、教室のドアが開いて、
「こんにちは……ってあら?みんなで何してるんですか?新しい遊びかな?」
美穂先生が入ってきて、揉み合っている私たちを見て微笑む。
私たちは揉み合うのをやめて、ピタッと動きを止めて美穂先生を見た。
えっと、何て説明しようかな。
当事者の私が事情を説明しようと口を開きかけると、その前にみんながパッとお互いから離れる。
何事もなかったように席へと向かうみんなの様子に、美穂先生は不思議そうに首を傾げつつ教卓に向かう。
「せんせ、委員長は?」
美穂先生が教卓に出席簿を置いたタイミングを見計らって、依那ちゃんが口を開いた。
美穂先生の視線を誘導するように、自分の前の空席に視線を向ける。
「ああ、墨田君は、残念ながら今日はお休みです。」
美穂先生はその視線に誘導されて、目の前の空席を見た後に残念そうに言った。
その瞬間、教室がざわつく。
「巧望が!?あいつが休んだ時なんてもう、随分見てねぇぞ?運悪くインフルになって1週間休んだ時以来か。」
「そうやった?1週間やなくて、5日やない?」
「依那の記憶が正しいと思う。1週間は休んでないはず。たぶん、小3以来の欠席じゃない?」
「タク、お休みなんてすっごく珍しい〜。先生、タクは体調悪いの〜?」
信武君が美穂先生を見た。
「ええ、宗方君、事務局にはご両親から体調が悪いから休ませると連絡がありました。具体的にどんな症状が出てるか、などの詳しいところは仰らなかったので分かりませんが……。」
美穂先生はそう言うと、少し息を吐いて出席簿を開く。
「おそらく一時的なものだと思われます。明日はきっと元気に来てくれるでしょうから、みんなも体調には気を付けようね!」
場の雰囲気を切り替えるように微笑んで、点呼を始めた。
だけど、次の日になっても巧望君の名前は呼ばれなかったんだ。
その次の日も、その次の次の日も。
結局、その1週間は巧望君の姿を見ることは出来なかった。
巧望君の姿を見ることが出来たのは、次の週の始め、月曜日の授業が始まる前のアカデミーの昇降口だった。
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