第14話 やるせない思い

グランドへと向かう道中、私のパーカーのポケットが震え出す。

もう少しで大通り、というところで。

ポケットで震えていたのはスマートフォンで、画面にはGraysonの文字が浮かぶ。

みんなに目配せをして電話がかかってきたことを伝え、電話に出る。


「No,15778。蓬莱世羅には利用価値があることが判明した。よって、彼の治療に力を貸す。落陽川河川敷に手配した車を向かわせている。合流したらまた連絡をくれ。」


一方的にそう言われて、返事をする間もなく電話を切られてしまった。

はて、忙しいのかな、グレイソン。

首を傾げながらスマートフォンを仕舞う。


「スーちゃん、どうだった?」


後ろにいた信武君が私の目の前に来て顔を覗き込む。

その色素の薄いグレーの瞳に間近で見られて、


「え、えっと、受け入れ可能になったって。車も手配してもらったみたいで、今、落陽川河川敷に向かってるところなんだって。」


タジタジになりながら答える。

自己紹介の時の信武君を思い出して、不覚にもドキドキしてしまったから。

そんな私を気に止めることなく、信武君は先頭にいた巧望君に視線を送った。


「受け入れ可能になったよ〜。落陽河川敷に車来るって〜。」


信武君の言葉に頷いて、こちらを振り返っていた巧望君が前を向く。


「了解!待たせたらいけないし、少し急ごう。」


早足でグランドのある落陽河川敷に戻ると、


「珠明ちゃーん。どこ行ってたん?心配したんやさかい。」


依那ちゃんが真っ先に抱きついてくる。

その後ろからやってきた律君が、


「ねえ、その人、誰?」


秋君に背負われた世羅君を見て怪訝そうな顔をした。


「あ、律にも見えるん?私の幻覚か思うたわ。」


依那ちゃんが私から離れると、じっと世羅君を見つめて言う。

ジロジロと見られて、世羅君は不快そうに眉をしかめる。


「何だよ、あんま見んな。秋、こいつら2人もお前らの仲間?」


問いを投げかけられ、秋君はため息を吐いて口を開く。


「おう、そうだ。この2人は年上とか関係なく、容赦ない口を聞く。特に生意気な奴ら。」


世羅君はその言葉を聞くと、半分慰めるように、半分嘲けるように言った。


「ふーん、お前も苦労すんね。」


秋君は全くだと言うように頷く。


「塚本さん、病院の関係者の方は河川敷のどの辺りに来られるか分かるかな?」


巧望君が私の背後にやって来て、河川敷の周囲を見渡しながら言った。

うーん、河川敷に車を寄越すということだけしか聞いてないからなあ。

あ……そういえば、車の車種や特徴すら聞いてないや、これじゃあっちが到着しても分かんないってことになりかねない。


「ごめん、分からないな。私のミスでどんな車なのかも聞き忘れてて、もしかしたら、関係者の方が到着しても分からないかもしれない。」


まずいなと思いながら巧望君を見ると、


「大丈夫、それらしき車を見つけたらコンタクトすれば良いよ。どこの辺りに来るのか分からないってことだし、俺は河川敷周辺で病院関係者の方を探す、塚本さんは河川敷の入り口辺りで病院関係者の方を待つ、の2手に分かれない?」


巧望君は大したことないと言うように笑って見せる。

その笑みで私の焦りは一瞬で和らぐのだった。

少し安心しながら、巧望君の言葉に頷きかける。

と、私のパーカーのポケットが再び震え出した。

画面に浮かぶ番号は……登録にはない上に私の知らない番号。

誰だろう。

一瞬緊張が走るが、ふと思う。

もしかして、病院関係者か?


「ちょっとごめん。」


巧望君に断りを入れて、私は少し離れたところでその電話を取る。


「はい、塚本ですが。」


知らない相手に声が硬くなる。


「No,15778、初めましてがこのような形になるとは思わなかったが……私はTerminus日本支部専属病院、Medicoの院長の中川だ。よろしく。今、河川敷に着いたところだが、君は今どこに?」


ナンバーで呼ぶ声が聞こえて思わずホッとした。

中川院長、その名前を口の中で数回繰り返しながら、私は口を開く。


「初めまして、中川院長。数日前に日本支部に配属されたスアと言います、よろしくお願いします。そちらから見えるかは分かりませんが、患者含め私はサッカーコートにいます。フェムルFC東京U12の専用コートと言えば分かりやすいでしょうか。」


河川敷全体を見渡すがそれらしき姿は見えない。


「それなら丁度良かった。まさか、目の前にいるとは予想してなかったが……。」


中川院長の満足気な声がスマートフォンから流れたかと思うと、後方でザッと足音がする。

その足音の方を振り返ると、そこには30代くらいの白衣を着た男性が立っていた。

巧望君がその男性に気付いて私を見る。


「もしかして、この方が……」


私は目でたぶんそうと伝えて、その男性を見た。


「中川院長ですか?」


私たちの方へやって来る男性に手を上げながら聞くと、男性はかけていたメガネを押し上げながら小さく頷く。

そのメガネの奥の切長な目にどこか見覚えを感じて、すぐ側に来た男性に声を潜めて聞いてみたんだ。


「もしかして、中川院長ってグレイソンの息子さんですか?」


って。

すると、中川院長はその切長な目を大きく見開いて私を見る。


「少し違うが、一応血縁者だ。私は彼の甥に当たる。」


その表情にどこかグレイソンの面影を感じながら、私は中川院長を世羅君のもとへと案内した。


「彼が今回診て頂きたい患者です。話は通して頂いていると思いますが、氏名は蓬莱世羅、年齢は……」


私が中川院長に説明をしようとすると、


「14。見ての通り男。」


世羅君がすまし顔で口を挟む。

中川院長の口の固そうな雰囲気に安心したのかな。


「夜直街で複数の高校生くらいの青年たちに殴る蹴るなどの暴行をされているところに鉢合わせたので、私がその場で救助しました。今後、彼らが世羅君を襲う可能性は非常に高いので保護をお願いしたいです。考えられる外傷などは……」


続けて説明をしていると、


「脇腹に内出血を確認したから〜、肋骨骨折の可能性あり〜。全身にあざが見られたので〜まだまだ何か見つかるかも〜。普段から食生活が不規則で栄養状態は非常に良くないみた〜い。」


今度は信武君が私の後ろからひょこっと顔を出して付け加える。

中川医師は終始、腕を組んで眉を寄せて難しい顔をしながら聞いていたが、世羅君の顔や全身を見て静かに頷いた。


「分かった、説明ありがとう。参考にする。さて、蓬莱君、君にはうちの病院で短期間の入院をしてもらうことになっている。河川敷のすぐ側に病院の車が停まっているから、今からそれに乗ってくれ。」


その言葉に世羅君は不安そうな表情を浮かべる。


「短期間ってどれくらいっすか?いつ退院できるんすか?」


その問いに中川院長は、世羅君から視線を逸らして少し無言になった後、


「そうだな、ザッと1週間くらいだろう。退屈はさせない、君には協力してほしいことがあるのでね。」


ニヤッと笑った。

その笑い顔がよくグレイソンに似てる、そう思いながら私は世羅君に歩み寄る。


「心配しなくても大丈夫。私の知り合いだから、何か危害を加えたりは絶対しないよ。」


不安そうなその肩に手を置いて、世羅君に安心してほしい一心でそう言うと、


「年上を舐めんなよな。こんなことでビビんねえよ、お兄さん中学生だぜ?」


世羅君は私から視線を逸らして語気を強め言った。

その横顔をよく見ると、耳の外側が赤くなっている。

不安そうな顔をしている自分が恥ずかしいのかも。

それ以上構うと世羅君が余計に恥ずかしがりそうだったので、私はそっとその側を離れて、中川院長のもとへ行くことにした。

改めて中川院長を見ると、どこかマッドサイエンティスト的な雰囲気を持ち合わせていることに気付く。

その雰囲気に私は世羅君のことが心配になり、


「中川院長、初めましてでこんなことを言うのはアレですが、彼に無理なことをさせるのは止めてくださいね。道端で偶然出会ったような縁ですし、お話はグレイソンから通して頂いていると思いますが組織の人間ではないので。私は日本支部に最近入ったような下っ端ですが、どうか下っ端の言うことと受け止めずに。」


コソコソと中川院長に耳打ちをすると、中川院長はニッコリとする。


「フッ、下っ端などといらぬ謙遜を。本部での活躍はよく聞いている。知らぬようだが、君は組織のポスト。そんな君の意見だ、しっかり受け入れるさ。無理なことを強いることはないと誓おう。しかしあれだ、彼は組織に借りを作っている状態だからな。それなりの働きをして、その借りを返してもらう必要がある。彼が組織の人間なら話は別だが……。」


そう言って、中川院長は哀れみの目で世羅君を見た。

その視線の先にいる世羅君は、心配そうな信武君たちに囲まれて少しウザったそうにしている。

だけど、そんな風に人に囲まれているのが、どこか彼の本来の姿のように見えた。


入院で何事もなく、世羅君の体調が回復しますように。

歓楽街で集団リンチを受けたり、普段から食事をまともに摂っていなかったり、親がらみで病院に行くことを拒んだり、世羅君の日常はきっと平穏とは程遠いんだろうな。

世羅君の取り巻く環境は決して良いものではないはず……。

世羅君が変な苦労をせずに過ごせるような環境が整ったら良いのになあ。

信武君たちに囲まれてうっすら笑みを浮かべる世羅君を見つめながら、私はやるせない思いになった。

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