第12話 集団リンチだ!
私は橋を渡ると、ビルの一角にあるコンビニ……には向かわずに、その前を通り過ぎる。
私の目的は、グラウンドへの行きに通り過ぎた、歓楽街にあった。
歓楽街を前にして、みんなの表情があんなに硬くなったんだ。
あそこにはきっと何かがあるはず。
喉の渇きを忘れるくらいに、胸は好奇心でいっぱいだった。
そして、その何かは犯罪絡みのものである、と私の第六感が訴えていた。
いっけない!
のんびり歩いている場合じゃない。
戻るのが遅くなって探されても困るもの。
はっとして、歓楽街へと向かう足を速める。
そのおかげか、10分ほど掛かるところを5、6分ほどで着けた。
ごく普通に見える歓楽街。
足を踏み入れれば、秋君たちが目を逸らした理由が分かるだろうか。
この、どこかきな臭い感じも。
歓楽街を前にして、私はゴクリと唾を飲み込むと、速い鼓動を抑えるように深呼吸する。
何があるか分からないから、出来るだけ気配を殺して進もう。
そう心の中で呟き、私は歓楽街に一歩、足を踏み入れようとした。
が、その瞬間、
「この音……誰かが殴られている?」
肉体と肉体がぶつかったような鈍い音がして、思わず身構える。
もしかして……集団リンチか?
その音は複数人が殴り合うような音で、1人のうめくような声が聞こえた。
複数人で殴り合っているような音であるにも関わらず、呻くような声は1つだけ。
その音から、私は集団リンチだと判断した。
それなら、助けなきゃ。
ただの殴り合いじゃなくて集団リンチなら、場合によっては攻撃を受けている人物が死に至ることも珍しくない。
考えるよりも体が先に動いていた。
着ていたグレーのパーカーのフードを深く被りながら、音の発生源を小走りになりながら探す。
幸いなことに音の発生源は、私がさっきいた場所からあまり遠く、歓楽街の左側に立ち並ぶ飲食店の間にある小さな鳥居の奥の方にあるようだった。
ラーメン屋と居酒屋の間にある鳥居には神社の名前などはなく、ごく小さな神社みたい。
だけども困ったことに、その鳥居の前には素行の悪そうな中高生くらいの青年が2人立っていた。
彼らはおそらく……見張りだ。
多分奥にいる人たちと1つのグループで、彼らはその中でも下っ端の方なのだろう。
その奥に行くのであれば、彼らと1戦交えなければいけなかった。
でも、もしかしたら、グループのメンバーの顔を覚えてないなら、メンバーを装って近づけるかもしれないな。
小さな希望を胸に、私は彼らの方に近づいて行く。
「悪い、遅れた。」
出る限り1番低い声で、フードを深く被り直しながら声をかける。
少し背伸びをしながら。
「先輩ー、遅すぎやしませんかー?」
1人が首を捻りながら言う。
「バカッ!この人、Dopeのメンバーだぜ、多分。リーダーがこの前、今日のどっかで下部のグループの巡回来るって言ってたろ?」
1人が嗜めると、
「ヤベッ!失礼しやした、幹部様。どうぞお通り下さい、うちのリーダーはこの先にいますんで。」
慌てたような声が聞こえ、前を遮っていた大きな壁が横に移動する。
「……感謝する。」
私がお礼を言ってその横を通り過ぎると、クッと笑う声が後ろから聞こえた。
「感謝するって……何か古くさいつーか、固い幹部様だな。あんなタイプの人、この界隈にいんだな。」
それと同時に嗜める声が飛ぶ。
「止めろって!聞こえる……シメられっぞ!」
即座に慌てた声が聞こえる。
「ヤベッ!あーあー、今日の晩飯、何かなー?」
不良グループの一派だからと少し緊張したけど、意外とザルいな。
この調子なら、大した怪我はなく戻れそうだね。
その声を背に安堵しつつも、私は気配を殺しながら奥へと進んだ。
奥へと進むにつれ、グッ、と呻くような声とともに、肉体がぶつかるような鈍い音がより近くの方で聞こえ、その音は続けざまに鳴り、止むことを知らなかった。
被害者は恐らく1人、加害者は……複数人か。
足を速めながら、音から現場の状況の分析を進める。
少しすると、神社の小さなお堂が見えた。
そのお堂をよく見ると、扉が少し開いていて、その前には乱暴に脱ぎ捨てられた靴が3足落ちている。
被害者はお堂の中か?
一瞬そう思ったが、慌てて首を振る。
いいや、違うはず。
音の感じからして加害者は4、5人だった。
でも、お堂の前にある靴は3足だ。
それにお堂の方からは、人が揉み合っているような気配はない。
じゃあ、彼らはどこに?もしかして、集団リンチが起こっている場所はここじゃない?
いや、それはないはず。
何故なら、鳥居の前には見張りがいたから。
あの見張りたちの存在は、ここが集団リンチが行われている場所だ、と言っているようなものだ。
とりあえず先に進むしかない。
間違いなくこの先から、音は聞こえているのだから。
躊躇う足を無理やり進め、私は先へと進む。
少し進むと、お堂の前に開けた場があることに気付いた。
「お前、そろそろ折れよーや。俺らに逆らったって、辛いだけだぜ?」
低く諭すような声が聞こえ、慌てて私は建物の壁に張り付いた。
「だから、何回も言ってんじゃねぇすか……。俺らはあんたらんとこには下らねぇって。」
ゼーハーと苦しそうな息づかいとともに、もう1つの声が答える。
その瞬間、ドカッと蹴りを入れたような音が聞こえ、
「まだシメられ足りねぇか。お前、さてはドMだろ?」
嘲るような声とともに、複数人の嘲笑が聞こえた。
すると、
「おい、笑ってねぇでヤキいれろや!」
ドスの効いた声が上がる。
再び、鈍い音とくぐもったような呻き声が、その場に響き渡るのだった。
やっぱり……現場はこの先だ。
だけど、どうする、スア。1人で被害者を抱えて突破するには、相手が多過ぎる。
現場を前にして、冷たい汗が背中を伝う。
お堂の中の人物のこともよく分からないし。
ぐるぐると目まぐるしい思考に飲まれそうになる私の耳に、
グッ、ゲホッ、ウエッ。
呻く声とともに、咳き込む音と嗚咽が届いた。
その音に、私は大きく首を振ってその思考を追い出す。
悩んでたってこの場は解決しない!
何よりも優先しなきゃいけないことがある。
それは、被害者の保護だ。
私はフードが取れないように、紐同士を顔の下ら辺で蝶結びにすると、なるべく足音がしないように細心の注意を払って音の発生源へと近づいた。
壁を伝いながら歩いていると、途中で壁がなくなり、開けた場に出る。
おっと、ここまでか……。
しかし、なくなったと思われた壁は、右へ直角に折れて続いていた。
一歩出過ぎた足を戻しながら、その壁へと視線を伝わせるとそこには、
「左古さーん、こいつ、ダメっすわ。気絶してるっす。」
「あ?おい、水持ってこい!かけたら、目と一緒に頭も覚めんだろ。」
「あいよ、ちょい待ち!」
壁際で誰かを取り囲む、複数の中高生くらいの青年たちの姿があった。
うーん、現場はここでアタリだね。
絵に描いたようなガラの悪さの青年たちに、私は苦笑いを浮かべる。
さて、どうしたものか。
幸い、彼らは私の存在に気付いていなかった。
多分、見たところ、真ん中にいるあの左古って呼ばれてた人がリーダーなんだろうけど。
取り囲んでる5人、その中心にいて他の4人より少し体格の良い青年を、私はリーダー格の人間だと睨んだ。
あーいう不良グループは、頭をヤると良いってどっかで聞いたような気がするけど……。ま、お堂にいる人物がどういう人物で、彼らとどういう関係があるか、分かんないからなぁ。
実はお堂にいる人物がリーダーで、この集団リンチを高みの見物している、とも限らなかった。
仕方ない、骨が折れるけど、全員を行動不能にするのが1番得策だね。
不本意ではあったが、私はこの場にいる不良グループ全員を相手取ることを決めたのだった。
手始めに、1番近場にいた青年に狙いを定める。
上下ピチピチの服で、サングラスを服の襟にかけたその青年の背後に、他の青年たちに悟られないよう気配を殺して近づく。
手が届く距離まで素早く近づくと、腰の上で背骨の右横の部分に、拳を打ちつける。
位置的には肝臓がある場所。
肝臓は人体急所であり、肝臓への打撃は非常な苦痛を与え、背後からでも効くと言われている。
青年は打撃の勢いもあってか、前方へ倒れ込む。
場は騒然となって、みな、その青年から一旦離れようとする。
悪いね……しばらくそこで寝ててもらうよ。
苦悶の表情を浮かべる青年に同情の視線を浮かべながら、私は素早くその青年の隣にいた別の青年へ狙いを定めた。
拳を作り、今度は顎へ目掛けて横からの打撃を加える。
顎もまた人体急所で、横からの打撃は脳震盪を起こさせる。
青年は打撃を受け、頭を抱えながら座り込んだ。
この脳震盪は一時的なものだ、急がなくっちゃ。
私はゴクリと唾を飲み込み、その隣にいる青年と対峙する。
彼は確か……左古って呼ばれてたな。
おそらく、このグループのリーダー格。どのレベルか分からないけど、多分この青年たちの中では一番強いはず。
彼を睨みながら考えていると、左から拳が飛んでくる。
おっと……油断ならないね、うかうか考え事もしてられない。
その拳を交わしながら、開いていた相手の股を目掛けて右足で蹴りを入れる。
男性には有効の、いわゆる金的だ。
それが何なのか、言葉はいらないと思う。
リーダー格の青年は声にならない声を上げて、即座にうずくまった。
あと残り1人。
リーダー格の青年を見て、その隣で真っ青になった青年だけだった。
この様子を見ると……脅すだけであっさり下ってくれそうだね。
「君、これ、何か分かる?」
私は白のスウェットパンツのポケットに手を突っ込み、ポケットから物を出して見せる。
「ひっ、何でそんな物騒な物持ってんだよ!」
青年は後退りしながら、金切り声で叫んだ。
半ばパニックに陥っている青年。
何故青年がそのような状態になっているのか、それは私の手に握られているのが拳銃だったからだ。
正しくは、グロック22という種類の拳銃、のレプリカ。
こういう、誰かと対峙した場面で、戦闘を避けたい時に便利だと、組織から支給されているものなんだ。
主に、対民間人の時に利用されてる。
もっとも、アメリカだともうこの手は通用しなくなってきているけどね……。
何故なら、アメリカでは制限はあるが民間人が銃を持つことが出来るからだ。
個人、世帯両方とも、銃の保有率は上昇傾向で、成人の銃の保有率が53%との州もあるくらい。
それに、この銃はレプリカだけど精巧に作られていて、本物と見分けが付かない。
そのせいで、パニックになった相手が銃を持っていた場合、その銃を乱射……なんてことは珍しくなかった。
では、逆に日本ではどうかという話だけど、日本は日本で銃刀法という法律で規制が厳しい。
このレプリカですら精巧に作られてるのも作用して、即刻、警察のお世話になることは間違いないだろうね。
だから、あんまりこの手を使うこともないし、使いたくないけど、
「お兄さん、お願いがあるんだけど、」
今回ばかりは使うが得策だね。
私は持っていた拳銃を構えて、青年に向けた。
「や、やめろっ!!俺を撃ったって何もならないっ!撃つだけ無駄だってっ!!」
青年は激しく動揺する。
「こ、ここ、こういう時は手を上げるといんだろ?ほら、両手上げたぜ!?」
動揺しながらも、両手の手のひらを私に向けて肩くらいの高さに上げて見せる。
何も持っていない、敵意はない、と相手に知らせるハンドサインだ。
こういう時、普通は恐怖で立ち尽してしまうことも多いけど、咄嗟にこの行動が出来るのはすごいな。
青年の行動に感心しながらも、
「お願い、聞いてくれる?」
私は銃を向ける手を下ろさなかった。
「な、何だ!?言ってみろ!」
青年は首が取れそうな勢いで頷く。
「手はそのままで目を瞑って。それで、俺がスタートって言ったら30秒数えて。」
私は低い声で答えて、青年から視線を外す。
確か……もう1人いたはず。
私は、左古と呼ばれていた青年に命令されて、水を取りに走って行った青年のことが気がかりだった。
せっかく1人足止め出来たのに、彼を連れて逃げようとしてるとこに鉢合わせたら面倒だ。
私は壁に背中を預けてうずくまっている少年に目を向ける。
「おい!手は上げてるし、目も閉じたぞ!」
痺れを切らした青年が怒りの声を上げた。
青年が目を閉じているのを確認した私は、青年に気付かれないように気配を殺して壁際の少年に近付く。
そして、
「お兄さん、もう1つお願い聞いてくれる?」
振り返って、痺れを切らした青年を見る。
「あぁ!?さっき聞いてやっただろ?まだあるのか?」
青年は声色に怒りを滲ませた。
やれやれ……お兄さん、私が何を持ってるのか忘れたの?
私はふーっと息を吐くと、銃を握り直す。
カチャッと軽く硬い音がして、青年が震え出した。
「分かった、分かった!聞いてやるよ!俺はどうすりゃいんだよっ!」
怯えながらも威勢の良いその様子に、私は口の端に笑みを浮かべて、
「もう1つのお願いは、」
勿体ぶりながらそこで言葉を切る。
「な、何だよっ!」
両手を上げて目を閉じたまま、バタバタと手足を動かす青年に、
「そう言えば……そこのお堂にお兄さんのグループの上の人、いるんだよね?」
お堂に視線を逸らしながら、フッと笑う。
「ああ、そうだよ。あそこにはうちのリーダーがいんだ……って、な、な、お前何者だよ!?何でそこまで知ってる!?」
青年がキャンキャンッと喚くのをBGMにして、
「30秒数え終わったら、お兄さんはお堂に行ってその人たちを足止めしてくれる?それが俺からの、最後のお願い。」
私は少年の、脈や呼吸の状態と怪我の状態を見ながら言った。
腕が冷たく、脈は少し弱い、呼吸も若干浅いような……。
「分かったから早くスタート言えって!目ぇ閉じながら手ぇ上げんの、結構キツいんだぜ!?」
騒がしいな。
青年の急かす声に、舌打ちを打ちたい気分になる。
被害者の状態を詳しく看たいところだけど、その時間はなさそう。
その前に、あの人が待ちくたびれて暴れ出しそうだから。
「お兄さん、ちゃんと目を瞑って両手も上げたまま、大きな声で数えるんだよ?」
私は少年の頬を小さく叩いて意識の有無を確認しながら、釘を刺すように青年に言う。
頬を叩いても目を開けることはなく、少年は抵抗の意思を示さなかった。
カンペキ、意識を失ってる……。
こりゃ、119だな。
とりあえずこの人は背負って、
少年を連れ出した後の作戦を立てながら、私は少年の体を横から抱える。
あまり動かさないように、慎重に少年の体を地面から持ち上げる。
その瞬間、
「おい、亮。何だ、その愉快な格好は?」
両手を上げたまま立ち尽くす青年の後ろから、もう1人の青年が現れた。
「木村さん!実はですね……」
両手を上げ目を閉じたまま、亮と呼ばれた青年が歓喜の声を上げる。
私が懸念してたことが起こったのだった。
あぁ、モタモタしてる場合じゃなかった……。
ため息を吐いて、どうしたものかと考える。
せっかく穏便に行こうと思ったのに、これじゃ戦闘は確実だ。
無用なことは避けたいし、何よりこの人には早く救護の手が必要なのに。
何か、彼の目を誤魔化せる物はないかな。
急いで辺りを見回す。
すると、少年の座り込んでいた辺りに硬式の野球ボールが!
私は少年を地面にゆっくり寝かせると、素早くそのボールを手に取り、もう1人の青年に目掛けて投げた。
頭部を狙って力一杯投げたボールは一直線に飛び、青年の頭部を直撃。
硬式ボールをモロに受けた青年は、後ろ向きにバッタリと倒れた。
よぉし!今のうちだ。
素早く地面に寝かせていた少年を担ぎ上げて背に乗せると、
「お兄さん!スタート!」
亮と呼ばれた青年に向かって声を張り上げる。
青年の数える声を背中で聞きながら、私は少年を背負って全速力で走る。
だけど、やっぱり、少年の重さでスピードがあまり出ない。
中学生、それもかなり背の高さのある中学生くらいの男子を、小学生くらいの女子の私が背負って走るのは少し無理があるか……。
それでも無我夢中で走っていると、後ろが少し騒がしくなってきた。
「おーい、左古ー。」
「リーダー!お話は終わりましたか?」
チラッと後ろを見ると、お堂の中の人物が出てこようとしているのを、亮と呼ばれていた青年が必死の形相で足止めしていた。
色々な意味で、必死なのだろう。
ラッキー!このままのスピードで行けば、何事もなく抜けられそう。
私はその様子を見て、より一層走る足を速めるのだった。
参道をあともう少しで抜けるかというところで、あることに私は気付く。
そういえば、見張りはどう掻い潜ろう……。
Dopeのメンバー、で通るなら簡単なことはないけど。
彼がいるからなぁ。
私は背負っている少年に目を向けた。
流石に、不良グループの標的である彼を背負っている私を、上のグループのメンバーだからで通すほど間抜けではないだろう。
やっぱり、背中にいる少年のことが気がかりだった。
誰か、助っ人でもいればなぁ。
スピードを緩めながら、たらればの妄想をしていると、
「あの、小学6年生くらいの女の子を見ませんでしたか?」
息を切らしながら、キャップを深く被った少年が鳥居の向こうから飛び込んでくる。
聞き覚えのある声に、
「巧望君!?」
思わず声を上げた。
キャップの下から覗く艶やかな黒髪、上下スポーツウェアのところを見ると、その少年はとても巧望君っぽい。
「塚本さん!?どうしてここに……。」
キャップを少し上げてこちらを見る目は、紛れもなく巧望君だった。
何か言いたげな巧望君だったが、私は背中越しに伝わる少年の浅い息遣いを感じながら、
「話は後で!」
背中に視線を向けて、巧望君の口を閉じさせる。
「その人、俺が背負うよ。」
巧望君は自体を察したように頷いて、私の後ろに回った。
巧望君は体格が良いので、背が高めの少年も軽々と背中に乗せる。
少年を巧望君に預けた後、私は口を開く。
「外の見張りは?」
短い言葉で聞く私に、巧望君は笑みを浮かべながら口を開いた。
「秋が足止めしてるよ。」
緊張した面持ちの私を安心させるような笑みだった。
「そっか、秋君が……。ありがとう、助かったよ。1人じゃきっと、この人を助け出すのは難しかっただろうから。」
鳥居を潜る足を速めながら、私は巧望君を見ずに言う。
正確には、見なかったんじゃなくて見れなかったんだ。
わざわざコンビニの場所まで教えてくれたのに、そのコンビニには向かわず、1直線にこの歓楽街に向かったなんて、気まずくて顔なんか合わせらんないよ。
きっと変な奴だって思われだろうし、2週間で芽生えたちょっとした友情のようなものは簡単に崩れ去ったはず。
私は今に泣き崩れそうな気分だった。
任務で接してるけど、彼らのことは純粋に好きで何でも打ち明けられる友人のような関係になりたかったんだ。
でもそれは、やっぱり私が組織にいる限りは難しくて、今回のことだって私が組織の人間じゃなくて一般人だったら首なんか突っ込んでないだろうし。
「おっ、塚本。よしよし、怪我はなさそうだな!」
私が心の中でウジウジと呟いていると、いつ間にか鳥居の外に出ていて、秋君に笑顔で迎えられた。
「秋、タク、周りには仲間いない。」
その後ろからヒョッコリ信武君が顔を出して、いつになく真面目な顔をして言うと首を横に振って見せる。
「分かった、ありがとう。他に仲間がいないうちに急いでここを離れよう。」
巧望君は頷くと、少年を背負ったまま指示を出す。
「取り敢えず、ここからなるべく遠い開けた場所に出たら、119だ。」
秋君と信武君が同時に頷く。
「分かった〜。」
「おう。」
そして、秋君は巧望君に近づいて、
「そいつ、俺がおぶる。身長あって鍛えてる俺に背負わせた方が安定するぜ?」
巧望君から少年を預かると、軽々と背負い上げた。
「こいつ、軽いなぁ。ちゃんと食ってんのか?」
首を傾げつつ心配そうな顔をする秋君に、私は目を見張る。
軽い!?普通に重かったけどな……。
「多分、あんまり食べてない……。」
信武君がチラッと秋君に背負われた少年を見ると、しょんぼりとした様子で首を振った。
「少し急ごう。見たところ、外傷はそこまで酷くないけど、意識が戻らないのが心配だ。」
普段あまり顔色を変えない巧望君も、眉を寄せてどこか不安げに周囲を急かす。
しばらくして、歓楽街が少し離れた位置にあるパーキングエリアで、私たちは足を止めた。
4階建てのビルとビルの間にある駐車場で、運良く車はほとんどない。
これなら誰の邪魔にもならず、救急車を待つことが出来る。
場所の確保が出来たとなると、誰が通報するって話になるのだけど、
「じゃあ、俺がかけるけど、誰が住所調べてくれる?あと目立つような建物か目印も教えて。」
まあ、巧望君だよね。
言葉選びも上手いし、相手にきちんと事情が伝わるような話し方をしてくれるから。
少ししてから、
「おっけ、住所出た!」
秋君の声が上がる。
「目印になる物は?」
巧望君が秋君の手渡したスマートフォンを見ながら、聞く。
「今、シノに見に行かせてる。」
秋君は道路の方をしきりに気にしながら答えた。
いつの間にか姿を消していた信武君は、秋君がそう答えてから数分も経たないうちに姿を現す。
「どうだった?」
秋君の問いに、
「何にもな〜い。」
少し不満げに答える信武君。
あぁ……と落胆する秋君。
「コンビニの横道を真っ直ぐ行くと見えるパーキング、って言った方が1番分かりやすいだろうな。この道路、真っ直ぐ行くとコンビニの横に出るし。」
巧望君は問題ないと言うように片眉を上げて、秋君のスマートフォンを何やら操作しながら言った。
そして、肩から提げていたカバンから自分のスマートフォンを取り出して、
「よし、今から119するね。」
こちらを見る。
私と信武君が頷き、秋君は自分のスマートフォンを巧望君の手から抜き取った。
「おけ、俺、スマホ持っとくわ。」
巧望君は秋君に小さくお礼を言って、視線を自分のスマートフォンに移す。
秋君と巧望君が同時にそれぞれのスマートフォンを素早く操作し、先に秋君が操作をし終わって巧望君を待つ。
巧望君が119と数字を打ち込んで通話ボタンを押そうとした瞬間、
「助けてもらっといてナンだけど、病院とか勘弁な。」
秋君の背中から手が伸びてきてそのスマートフォンを奪った。
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