第11話 試合合間の休憩にて
試合はその後、両者共に点を決めることなく、10-0でフェムルFC東京U-12チームの完全勝利で終わった。
完敗に終わった相手チームベンチでは、何とも言えない空気が漂っている。
「相手チーム、空気最悪だけど、もう1試合やんのかな?」
秋君が相手チームのベンチを見ながら、片眉を上げて哀れむように言った。
予定では、10分程度の休憩が取られた後、両チームの2軍のメンバー同士での試合が予定されていた。
でも、フェムルFC東京U-12チームはさておき、相手のチームはとても試合の出来る雰囲気ではなかった。
自分たちのチームの1軍が1点も取れずに完敗し、その士気の下がりようは、巧望君の応援に来ている私たちでも心が痛くなるほどだ。
それをその場にいた人が察してか、場の全体の雰囲気が悪くなったところで、
「おいおい、何でそんなに暗い顔をしている?都内のトップどころか、全国トップのチームと試合出来たんだ!誇れることじゃないか!10-0が何だ?1点も取れなかったことが何だ?去年全1だったチームを、うちが10点で抑えたんだぞ!?善戦も善戦、凄いじゃないか!」
相手チームの監督が選手を鼓舞するように、選手のみんなを見回して手を叩いて言った。
その言葉に俯いていた何人かが顔を上げたが、まだほとんどの選手が俯いていて選手全体の表情は暗い。
監督の声は熱を帯びていき、更に畳み掛ける。
「みんなも知ってるだろ、全国高校サッカーの出場常連校で優勝したこともある青森山田。2020年の県予選じゃ、その青森山田に30-0で物凄い大敗を期したチームもあるんだ。10-0のうちの方がマシだろ?」
そして同意を求めるように選手たちを見回す。
すると、選手たちの中で少しずつその言葉に顔を上げる子たちが増えてきた。
私もその監督の言葉に一瞬頷きかけて、ん?と思い、首を傾げる。
確かにちょっと話の背景が似てるとは言え、小学生のチームと高校生のチームを比べるのはどうなんだって思ったから。
でもそんな細かいことは選手の子たちには関係なくて、
「確かに……そう考えると、俺たちがした10点の失点ってそんなに大したことないのかも……。」
1人がぼそっとそう呟くと、
「監督の言うとおり、去年全1の奴らを、全国出れるかってところの俺らが、10点で抑えたんだぜ!それってやっぱすごいことだろ!」
「そうだ!俺らってすげえんだよ!」
どんどんと自分のチームを讃える声が上がり始めた。
しまいには、
「そんな俺らだったら、あいつらの2軍なんて簡単に倒せるんじゃね?」
と勢い付く声も上がった。
そのタイミングで監督はより熱い言葉で、チームの闘志を煽ったんだ。
「そんなみんななら、次の試合勝つことくらいやれるはずだ。それに相手は1軍じゃない、2軍だ。うちに1軍も2
軍もあるようでない、試合に出ることならみんなの方が慣れているはず。」
そうだろう?と同意を求めるように、選手たち1人1人の顔を見て言ったかと思うと、
「次の試合、やる気はあるか?ないなら、相手チームには悪いが、俺はみんなを連れ帰る気でいる。」
鋭い光を目に浮かべてその顔を睨んだ。
即座にキャプテンらしき子が声を上げる。
「あります!このままじゃ、帰れねえです。」
真っ直ぐとその目を見返すその子に続いて、
「俺もあります。負けっぱなしは嫌なんで!」
「僕も!」
「自分もです。去年の全1だからという理由で、勝ちを譲りたくないです!」
どんどんと試合への意欲を見せる声が上がる。
監督はそれを待っていたというようにニヤッと笑うと、
「おっし、じゃあ、しっかり10分休憩取って次の試合に備えよう!さっき試合出た人はしっかり休んで次の試合は
応援、出てない人は休憩中にしっかりアップ!」
そう言ってパンッと手を叩いて、選手たちに行動を促した。
「すっげ……。あんな士気下がってたのに、声掛けだけであそこまで意欲的にさせたぞ!何者だよ、あの監督……。」
秋君がその様子に見惚れながらぼやいた。
「すごいだろ?あの監督、実は結構な実績持ってる有名な人なんだよ。」
さっきまでチームのベンチにいた巧望君が、いつの間にか私たちの輪に加わっていて、その口の端に笑みを浮かべる。
「何て人?」
律君が短く聞き返す。
「えっとね、名前は……確か
巧望君が首を捻りながら答えた。
「ふぅーん。」
律君はよくある名前だなというように、一瞬興味なさげな顔をしたが、スマホを取り出して何か調べ始める。
そして少しした後、
「何か、名前の割に超有名な人なんだね。あの人。」
スマホを私たちの前に差し出してニッと笑う。
そのスマホの画面には、今私たちの前にいる相手チームの監督と同じ顔をした男性の顔写真とともに、輝かしい経歴が並んでいた。
私たちがその経歴の1つ1つを目で追って読む前に、
「数年前に、無名の高校に赴任して僅か1年で、全1に導いた人だよ。現役時代は、日本代表の選手になることはなかったけど、海外のクラブチームでプレイし、主に海外のサポーターから評価を得る選手だった。現役を引退すると発表して、世間からはJリーグのチームの監督になるかと期待を寄せられていたけど、まさか無名の高校の監督になるとは誰も予想してなかったんだ。しかもその無名の高校を全1に導いたもんだから、一時期すごいメディアに取り上げられてた。」
巧望君が律君の言葉に頷きながら、ざっくりとした内容を教えてくれた。
みんながふむふむと感心した様子を見せると、巧望君は相手チームの監督を見つめながら肩をすくめる。
「そんなすごい人が今や少年たちを率いてるとは……驚きだよね。」
呆れた表情を浮かべながら、どこか相手チームの子たちを羨ましそうな目で見ている巧望君。
そんな巧望君に、私は疑問を投げかける。
「もしかして、巧望君も知らなかったの?相手チームの監督が、そんな人だってこと。」
すると、巧望君は苦笑いを浮かべて口を開いた。
「うん、全く。うちの監督が珍しく無名なチームとの練習試合を組んだなと思って不思議だったんだけど、まさかそんな人が率いてるチームだとは思わなかったよ。」
その言葉に秋君が素早く反応する。
「お前んとこの監督、変にプライド高いもんな。選手の調整に、わざと同じ区域の自分たちより弱 いチームとの練習試合を組んだりする癖に、名も知れてねぇ弱すぎるチームとは絶対に組まねぇんだよな!見た目からして頑固親父って感じだし。」
すごい言いようだったが、巧望君は大体合ってると言うように大きく頷く。
「うん。あのチームはそんな監督が見つけてきたチームだから、ただの無名で弱いチーム、で終わることはないとほぼ思うよ。きっと今に全国大会に出場するようなチームになるはず。」
そう力強く言った巧望君を見て、
「お前、実は密かにあのチームの奴が羨ましんだろ?」
秋君がニヤッと笑って茶化すように言う。
巧望君は恥ずかしがることなく頷いた。
「まあね。無名なチームが全1になるって、何か一種の革命みたいだろ?やっぱ憧れるよね……そういうの。強豪のクラブに所属して全国行くのと、無名なチームで全国に行くのだったら、俺は難しい上に大変だけど後者の方に惹かれるね。」
巧望君にしては珍しく熱い発言に、
「何か巧望、秋みたいになってる……。」
律君が少し嫌そうに眉をひそめる。
秋君は巧望君が恥ずかしがるところを見れなかったのが残念だったのか、
「ふぅーん、んじゃ、お前のチームはあんま好きじゃねぇってことか?」
つまんなそうに唇を尖らせて言った。
巧望君が即座に首を振って、秋君の言葉を否定する。
「いや、そんなことはないよ。小1の時どころか、幼稚園の時からお世話になってるんだ。好きじゃなかったら辞めてるか、もしくは他のクラブチームに移籍してるさ。俺がうちのチームにいるのは、何だかんだ言ってもうちのチームが好きだからだよ。監督も好きなんだ。プライド高いし、選手が自分の期待通りのプレイをしなかったらすぐ頭ごなしに怒る。そんな監督だけど、それもまた俺からすると愛おしいんだ。あの人は自分の率いるチームのことが誰よりも好きだし、誰よりもチームに自信を持ってる。そして誰よりも俺たち選手に期待してるんだ。だからチームが勝つと、誰よりも大喜びする。かわいい人だろ?」
巧望君の愛の溢れたコメントに、みんなは一瞬感心しかける。
だけどコートを挟んだ向こう側に、フェムルFC東京U-12チームの監督の姿が見えて、巧望君を除く一同はそんな考えを追い出したんだ。
恰幅のいい体、吊り上がった眉を始めとする険しい表情、腕を組んで選手を見下ろすその男性の姿に、みんなはため息を吐いた。
こんな人、かわいくないし、好きになれない!
「巧望、ホントに言ってる?」
律君が怪訝な顔をする。
巧望君が不思議そうな表情をしつつ、大きく頷く。
それを見て秋君がうげっといったような表情を浮かべる。
「マジ、巧望ってどっかズレてっよなぁ。」
その言葉に珍しく信武君が同意する。
「タクが思うあの人かわいさ、俺には理解出来な〜い。何でだろ〜?」
依那ちゃんはツカツカと巧望君の方へ歩み寄ると、
「委員長、ホンマに早川みたいなけったいな奴にはならんといてや?」
その肩を掴んで、真面目な顔をして言った。
すかさず秋君が叫ぶ。
「誰がけったいな奴だっ!俺にはおっさん可愛がるような趣味なんかねぇぞ!!その点、俺より巧望のがヤベェ奴だろ!」
依那ちゃんは静かに首を振って、言い放つ。
「安心せい。あんたはその点を除いても、変態であることには変わらんのやから。」
何ぃ!と依那ちゃんへ掴み掛かる秋君。
上手い具合にその手を交わしながら、悪態をつく依那ちゃん。
そんな2人を尻目に、私は喉の渇きを覚えていた。
グレイソンに頼んで、行きにコンビニかどこかで飲み物買っとくんだった……。
喉元を抑えながら、これ以上喉が渇くと大変なので、必死で唾を飲み込む。
駄目だ、喉が痛い。
仕方なく、近くにいた巧望君に声をかけた。
「巧望君、あの、飲み物買ってきていいかな?」
巧望君はちょっと考えた後、口を開く。
「ごめん。今、何分くらいかな?手元に時間が分かるものがなくて……。」
私は即座に、パンツの後ろポケットに入れていたスマホを取り出し、サイドボタンを押して巧望君に見せる。
「今は……10時53分か。うん、この時間なら、試合開始時間の11時には間に合うはず。」
巧望君は頷くと、ありがとうと言って私にスマホを仕舞うように促して言葉を続ける。
「買いに行くのは全然構わないけど、ここで1つ注意点。ここに来る時に見たと思うけど、グラウンドをすぐ出たところに自販機があるんだけど、あの自販機は高いのでおすすめしない。俺がよくおすすめしてるのは、来た道を戻って橋を渡った先にあるファミマ。あそこは自販機より安いから、少し時間はかかるけど節約したいならおすすめだよ。」
巧望君の話を聞きながら、自販機の場所やコンビニの場所を思い出す。
ちゃんと記憶していたことを確認して、私は頷いた。
「そうなんだ!わざわざお得な情報までありがとう。」
お礼を言うと、巧望君は何てことないと言うように肩をすくめる。
「いいや、大したことじゃないよ。分かりやすいとは言え、慣れた道じゃないだろうから気を付けてね。」
巧望君に背中を押され、グランドを出ようとしてはっとする。
みんなは喉乾いてないかなー?
企み顔にならないように、できるだけ平静を装いながら、回れ右をして、みんなの方へ戻る。
今、私がしなきゃいけないことは、みんなの足止めと自分のアリバイ作りだから。
「ん、どうしたの?何か忘れ物?財布とか?」
巧望君が驚いた表情で私を迎える。
「巧望君、巧望君は何か飲みたい物とかある?あ、食べ物でもいいけど。」
私が巧望君へ歩み寄って聞くと、
「ありがたいけど気持ちだけ。試合前だから、必要以上に物を口にしたくないんだ。」
スマートに断られた。
断られちゃった……でも大丈夫。
多分、巧望君はチームのことで忙しいはず。
だから私が足止めしなくても手一杯になると思うんだ。
少し残念に思いながらも、気を引き締めて、他の4人の方へ向かう。
「律君、私、コンビニに飲み物買いに行くんだけど、何か食べたい物飲みたい物ありますか?」
まず最初に、言い合いに夢中な秋君と依那ちゃんをBGMに、スマホをいじる律君に声をかけた。
「何種か味のある袋の飴。グミでもいいよ。」
律君は顔を上げずに端的に答えた。
かと思うと、
「もしかして、あんたの奢り?」
バッと顔を上げてこっちを見る。
私が頷くと、
「ありがと。」
ちょっと気まずそうな顔をして言った。
あんまりこういうことに慣れていないのかな。
すると後ろから信武君がやってきて、律君の頭に手を置いた。
「俺ら、特Aのメンバーの家は大体、世間的に言うお金持ちなの〜。だから自分のものは自分で買うし、何なら他の子に買ってあげることが多いから、律は戸惑っちゃったんだよね〜。」
信武君は律君より頭1つ高くて、どこか律君のお兄ちゃんみたいに見えた。
律君は少し嫌そうにその手を振り払いながら、私を見る。
「信武の言う通り、俺らの家は経済的に困ってないんだから、お金はちゃんと請求しなよ。俺もあんたが戻ってきてから渡す。何円かかったか教えて。」
どこか私を気遣うような視線に、私は大きく首を振ってみせる。
「大丈夫だよ、私も経済的には困ってないから。ところで信武くん、信武君は何かコンビニで欲しい物はある?」
信武君に目を向けると、信武君は首をひねって少し考え込む。
「ん〜と、サイダーの甘くないの!」
少ししてからそう答えた。
サイダーの甘くないの???
私は信武君の言葉の意味が分からなくて、目を丸くする。
すかさず律君がツッコんだ。
「信武、サイダーの甘くないの!……じゃなくて、炭酸水でしょ。そろそろ覚えたら?」
あー!なるほど、炭酸水のことだったんだ。
今のやりとりの感じだと、律君の方がお兄ちゃんみたいだよね。
私はクスクス笑いながら頷く。
「色々な味の入った袋の飴とサイダーの甘くないの……ですね。ご注文、承りました。他にご注文はございますか?」
少しおどけながら聞くと、
「ありません、以上です。」
「な〜い。」
2人はにっこりとして首を振った。
それを確認した私は、2人に行ってきますと言って、秋君と依那ちゃんのところへ行く。
「秋君、依那ちゃん。」
私が話しかけた頃には言い合いは終わっていて、2人は先ほどまでやっていた試合の話をしていた。
私が話しかけると、2人とも同時に顔を上げて、
「「何?」」
ハモりながら答える。
声が揃った!
そのことに笑い出しそうになるのを堪えながら、続ける。
「あのね、今からコンビニへ行ってこようと思うんだけど、何か欲しい物ある?」
私がそう言うと、おもむろに傍に置いていたカバンに手を入れる依那ちゃん。
「はい、これで……そうやなぁ……ジャスミン茶、買うてきてくれる?」
そう言って差し出された依那ちゃんの手には、1万円札が握られていた。
「俺は……烏龍茶で頼んだ!あと、唐揚げも。」
その隣で秋君も同じようにする。
千円以下の買い物に万札を出すなんて……。
万札を崩すことに何も感じていない2人に、私はびっくりしながら慌てて首を振った。
「いいよいいよ、私の奢りだから。その一万円札は仕舞って。」
差し出された一万円札を持ち主に押し戻す。
「え、珠明ちゃんの奢りなん!?それはありがたいけど、ええの?」
申し訳なさそうな顔をする依那ちゃんと、
「遠慮すんなって!何なら一緒に買いに行こうぜ?」
折れず、強い意志で一万円札を差し出す秋君。
そんな2人の対応に困りながらも、私は大きく首を振る。
「良いの!私が奢りたいだけだから、奢らせて。」
しまった……。
口調、強すぎたかな?
声が荒くなってしまって、慌てて2人の顔色を伺うと、
「そうなん?なら、お言葉に甘えさせてもらうな。おおきに!」
「俺も!ありがとな、塚本。」
2人は何も気にしてない様子で笑みを浮かべて頷いた。
ほっ、何とか丸く収まって良かった。
秋君も私について行くといった様子もないし……。
私は秋君と依那ちゃんにコンビニに向かうことを告げて、グラウンドを後にする。
コンビニに行くだけなのに、何故こんなに私が必死なのか。
それは、本当の目的がコンビニではないからだった。
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