第10話 試合開始
みんながその声に頷いた瞬間、試合開始の笛がその場に鳴り響く。
わっ、始まった!
その瞬間、みんなの視線がセンターサークルに集まる。
先攻は……フェムルFC東京U-12!
巧望君のチームメイトの1人がキックオフする。
が、その周りに巧望君はいなかった。
巧望君はどこだろう?
忙しなく視線をコート内の至るところに送っていると、
「タクはあそこだよ。タクはDFなの〜。」
信武君が片方の手で私を引き寄せ、空いた手で私の顔をコートの左側に向けた。
信武君の言うとおり、右の相手側のゴールから、かなり下がった位置にいる巧望君を見つけて、私は目をぱちくり。
あっ、巧望君ってFWみたいな前線の選手じゃないんだ!
巧望君のポジションがDFであることに、私は意外性を感じていた。
いかにも、俺は点取り屋のエースですって雰囲気出してるのに、MFでもなくて相手側のゴールから1番遠いDFって……。
「驚いた?意外だろ、俺も最初そう思った。ちなみに、巧望はDFの中でもサイドハーフっていうポジションについてる。攻撃に参加したり守備に戻ったりを繰り返すポジションだから、多分巧望はチームの中でもスピード体力ともにトップクラスだよ。」
律君がDFもすごいんだよっていう顔で私を見た。
「そうそう。攻守両面でチームへの貢献が求められる重要なポジだから、サイドバックの活躍が試合を左右するとも言われてんだぜ!!エースが付ける10番は他の奴が付けてっけど、実質影のエースはあいつだよ!」
秋君がその言葉にうんうんと頷きながら、どこか自分のことのように誇らしげに言った。
その様子を、依那ちゃんが冷めた目で見る。
「あんた、そんなに詳しいんやったらサッカーすればええやん。何でやらへんの?」
秋君は肩をすくめてその問いに答えた。
「だって俺、サッカーってガラじゃねぇもん。空手の他に何かするなら、バスケだな。」
秋君の言葉の意味が私にはよく分からなかったけど、秋君なりに体感で物事の合う合わないを判断しているようだった。
依那ちゃんは心底呆れたといった表情で、
「はいはい、なるほどなぁ。よーく分かったで、あんたがアホやってことが!」
首を縦に振って言う。
「悪ぃ、最近耳の調子が良くなくてだな。誰が、アホだって?」
依那ちゃんのアホという言葉に反応して、秋君が耳に指を突っ込みながらギンッと依那ちゃんを睨む。
「そうかそうか、私も悪かったわー。最近、滑舌が悪うなっとるみたいなんや。早川がちゃーんと聞き取れるように、はっきり喋ったるな!」
依那ちゃんがにっこりと満面の笑みを浮かべる。
「おうおう、そりゃ助かる。サンキューな!んで、何だって?」
つられて秋君もにっこりとする。
すると依那ちゃんは、
「1回しか言わへんから、ちゃんと聞きーな?」
と前置きした上で、
「サッカーするしないに、ガラなんか関係あれへんやろ!早川、あんた、アホちゃう?」
一語一句はっきりとした声で言った。
その声は、最近調子の悪いという秋君の耳にもきっと、いや、間違いなく届いただろう。
途端、秋君の怒声が上がる。
「んだと!?関係あるに決まってっだろ!大事なんだぜ、フィーリング!!」
再び冷めた目で秋君を見る依那ちゃんとその依那ちゃんを眉を吊り上げて見る秋君との間で、喧嘩が勃発しそうになったその時、
「そこの2人、盛り上がってるとこ悪いけど、巧望のチームが1点入れたよ。」
律君がその2人を見て、呆れたように言った。
「何っ!?」
「何やって!?」
律君の言葉に、睨み合っていた2人は仲良く同じタイミング反応した。
その2人の視線を追ってコート内を見ると、相手チームのゴールキーパーがゴール内で倒れていた。
ネットが微かに揺れていてゴール内にはボールが落ちており、それを背にビブスを着た子たちが集まってハイタッチをしている。
後方にいる巧望君はその輪に加わっていなかったけど、右手を突き上げて前線の方にいる子たちにグッドサインを送っていた。
おお!すごい!
開始5分、もう1点入ったんだ!
私がその様子を見て拍手を送っていると、
「ふーん、調子良いみたいやん。」
「ま、開始5分で先制なら、いつも通りって感じだね。」
「さーて、今日の試合は何本ゴール決まっかな。」
「秋、今日のタクは〜何本ゴール決めると思う〜?」
みんなは先制点なんて大したことなさそうな顔をしていて、あまり喜んでいる様子じゃなかった。
まるで、ゴールが決まるのは当たり前みたいな感じで。
こんな調子で、フェムルFC東京U-12のゴールが次々に決まり、前半終了の時点で5-0と完全にフェムルFC東京U-12ペースで試合を折り返す。
後半になってもその勢いは止まらず、後半開始早々の開始2分で、フェムルFC東京U-12の選手が少し距離のあるミドルシュートを決め、チームはより勢い付いた。
6-0、7-0、8-0、と両チームの得点の差はどんどん開いていく。
相手チームは1点も入らず、9-0となったところで残り時間5分。
最後に1点だけでもということなのか、相手チームの選手たちが守備を捨てて、巧望君たちの守るゴールに突進してくる。
それに気付いたフェムルFC東京U-12の選手たちは、全体のラインを上げて相手との距離を詰めて対応しようとした。
が、相手の果敢な攻めにすぐには対応できず、突破されていく。
気付けば、最終ラインにいる巧望君たちDFの前にボールが……。
このままじゃ、抜かれてゴール決められちゃうよ!
ゴール前は、フェムルFC東京U-12の選手より、相手チームの選手の方が多かったんだ。
私は焦って横にいるみんなを見た。
だけど、みんなは全然焦ってなかったんだ。
むしろチャンスじゃんって顔をしてた。
「巧望と1対1、なーんてなったら可哀想だね……。」
可哀想なんて言いながらも、律君の口の端に笑みが残っている。
「お、やっと、委員長の本領発揮やん。今日終始リードしとってつまらんかったけど、こういう場面があるから面白いんや!」
依那ちゃんがゾクゾクするというような顔をして、コート内の巧望君に視線を向ける。
「こりゃ、ボール奪っての前線への爆上がりで、最後巧望のシュート、で終わりだな。」
秋君が相手チームに哀れみの視線を送った。
「うん、タクのゴール、やっと見れる〜。」
信武君が秋君の言葉に、ニコニコしながら頷く。
みんなの巧望君への絶対的な信頼。
良いなぁ、そうやって信じて信じられての揺らがない仲間同士の信頼。
どこかそれを羨ましく思いながら、私はコート内の巧望君に視線を戻す。
ボールはセンターバックの選手の前まで来ていた。
センターバックの選手を突破しようと相手チームの選手が試みるが、なかなか突破出来ないどころか、センターバックの選手の足が伸びてきてボールを取られそうになる。
そのため、仕方なく中央突破は諦めて、サイドの選手にボールを送る。
サイドと言っても、右も左もサイド。
右左どちらに送られたかと言うと、巧望君のいる左サイドだった。
ついに、相手チームの選手と巧望君がマッチアップする。
少しの間、動かずにお互い見合っていたかと思うと、バッと同時に動き出す。
その瞬間、あっと声を上げそうになった。
相手選手が急に、横に強く揺さぶりをかけたんだ。
巧望君が即座に相手のとの距離を詰めに行く。
プレスをかけて、相手に焦りを与えてミスを誘うためだと思われる。
相手はその思惑通りに焦ったようで、巧望君を抜かしてのサイド突破を諦め、中央にいる他の味方選手にパスを送った。
が、焦りもあってか、そのパスは中央の味方選手に送るにはかなり短い。
巧望君はそれに気付いたようで、即座にそのパスミスしたボールを取りに走る。
タイミングが上手くあって、ドンピシャのタイミングで巧望君の足にパスされたボールが収まる。
「速攻っ!!」
巧望君が今日、初めて大きな声を上げた。
河川敷全体に響き渡りそうなほど、大きくて迫力のある声。
その声に感化されたフェムルFC東京U-12の前線の選手たちが、爆速で駆け上がり始める。
巧望君はそれを横目で捉えながら、猛スピードでドリブルしてボールを前線へと送るロングパスをする。
そのままゴール前まで駆け上がるかと思われたが、途中で走るスピードを緩めた。
味方が十分な数、前線にいることを確認したからだ。
センターラインで留まり、ボールの行方を見守る。
攻守の切り変わりが起こって、相手チームに攻め込まれるのを防ぐためのようだった。
ボールはサイドにいる選手に渡り、その選手がゴール近くまで持ち上がってクロスを上げる。
そのクロスに味方がヘディングで合わせ、フェムルFC東京U-12が10点目を決めた。
よし!やったね!
10点目だ!
そう思ってみんなを見ると、
「なんや……自分でゴール行かへんのか……。」
「巧望は自分でゴール決めに行くタイプじゃないのは、分かりきったこと。だからこそDFなんだと思うし。」
「巧望はいつも、自分を立てずにチームを立てるからなぁ。そういうところが買われてんだろうけどさ……。」
「それがタクの良いところ〜。」
みんなはどこか残念そう。
よっぽど、巧望君のゴールを決めたところを見たかったみたい。
巧望君、みんな、すごく巧望君のゴール見たがってるよ。
私も少し残念な気分でコートを見ると、巧望君はディフェンスのために下がってきた前線の選手と、喜びを分かち合っていた。
まるで自分のことのように。
その様子を見てはっとしたんだ。
きっと巧望君にとっては、自分の決めたゴールでもチームメイトの決めたゴールでもそれは同じくらい価値があって、味方の誰がゴールを決めてもそれは巧望君にとって喜ばしいことなんだ。
やっぱりスポーツしてると自分が根底にないとやっていけない部分もあるけど、巧望君はその辺のバランスがいいみたい。
多分、巧望君のサッカーをやる上での根っこの部分に、チームを勝たせるっていう強くて揺るがない意志があるんだ。
そのために、自分が動くべきところとそうでないところを、場面場面で考えて動いてる。
それを見ている人に感じさせず、さり気なくやってるんだ。
かっこいいなぁ……。
自分の付くべき位置に走りながら戻って行く巧望君の背中を見送りながら、私は心からそう思ったんだ。
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