第6話 集められた天才たち

わあっと声を上げそうになり、慌てて口を塞ぐ。

目の前にある立派な門構えに、思わず息を呑んだ。

その大きな門の先に広がる景色を、私は想像することが出来なかった。


ここに彼らがいる、それだけでわくわくしちゃうよね!


組織にスカウトする候補者を、分かりやすく候補生と言おう。

朝の会議であの後、彼ら候補生を知るために彼らの通う塾に潜入することになったんだ。


その塾の名は、名駿アカデミー。


かれこれ1時間ほどかけて、白夢の館を出てその名駿アカデミーを目指してきたのだけど……、


「すごい門構えですね、グレイソン。本当にこの先に塾なんてあるんですか?」


自分が今その名駿アカデミーの前に立っているなんて、とても思えなかった。

私のすぐ横に立っているグレイソンを見上げると、


「目的地と違う場所に連れてきてどうする。」


私の方を見てグレイソンは少し眉を上げて見せた。


「確かに……。」


グレイソンの言葉に妙に納得しながらも、少し思ってしまった。

塾っていうより、学校って言った方が相応しいんじゃないかって。


「門に見惚れてないで行くぞ。授業が始まってしまう。」


グレイソンが左手に持っていた杖で、軽く地面を叩いた。


「今の時刻は……16時40分ですね。急ぎましょう。」


私は来ていたパーカーの右ポケットにある懐中時計を出して、そちらにチラリと視線を向けながら頷く。

任務のため来ているとはいえ、表向き私は名駿アカデミーのアカデミー生(名駿アカデミーでは塾生のことをアカデミー生って言うみたい)ってことになっているみたい。


授業開始は17時からで、アカデミー生は最低でもその5分前には授業のある教室に入ってなきゃいけなかった。

入塾初日の今日は色々説明などもありそうなので、早めに塾に入る予定にしていた。

入り口でもたもたしている場合じゃなかったんだ。

私は背負っていたリュックの肩紐を握りしめ、意気込んで足を踏み出す。


よぉし!早速任務開始だね。


教室がある建物までの道のりは、一種の観光みたいだった。

門を潜った先に続くおしゃれなタイルの小道は5〜6人が横並びになってもまだ余裕がある広さで、その周りを2メートルくらいある塀が敷地と外の世界を隔てている。

その塀もまたおしゃれで、ヨーロッパのお城の塀を想像させる作りだった。

その小道を通り過ぎると、場が拓けて中庭が現れる。

小学校にある一般的な中庭と、同じくらいの広さだと思う。


そして、その庭の中央には蝶のオブジェがあって、私の目はその蝶に吸い寄せられた。


石膏で作られているようで、大きさは約2メートルほどでそれなりに大きいんだけど、1番目を引くのはその色だった。

蝶といえば、赤だったり黄色だったり黒だったりと色々な色をしていて鮮やかだよね。

モンシロチョウだって白いけど、模様があって所々黒かったりする。

なのにオブジェの蝶は、模様が線や陰影で立体的に表現されているのに色がないんだ。


正確には色はあるんだけど、それは石膏本来の白。


いわゆるデッサンとかで使われる石膏像のままって感じ。

そりゃ石膏像だからねって言われたらそれまでなんだけど、石膏像にも一応色を着けることは出来るんだよね。

モチーフが蝶なんだから、もっと色があっても良いのにな。


何で着けなかったんだろう?


というか、何でモチーフを蝶にしたかなぁ。

フクロウとかの方が、知識の象徴で塾にピッタリだと思うのに。

私は首を捻りながら、そのオブジェの前を通り過ぎる。


その時の私には、そのオブジェに込めた作者の思いも、そのオブジェを置いた名駿アカデミーの創立者の意図も全くと言って良いほど読み取れなかったのだった。

でも、オブジェは何かを示唆するように、確かにそこに佇んでいた。


オブジェの前を通り過ぎ、中庭を抜けるとようやく教室のある建物に着く。

その建物もやっぱり塾の規模を超えていた。

小学校の校舎みたいだから、これからは校舎と呼ぶことにしよう。

昇降口の前でそう思って、大きく頷く。

そんな私を、グレイソンは怪訝そうに横目で見ながらも何も言わなかった。


昇降口を入ると、背中合わせに2つセットになった下駄箱がそれぞれ間隔を開けて3つ並んでいる。

昇降口のドアのすぐ横には傘立てがあったけど、今日は晴れていて傘はなかった。


靴はどこに置いたら良いんだろう……。


ふと疑問に思って横にいたグレイソンを見上げる。


「そうだな……、とりあえず、横に置くことにしする。」


グレイソンが私の視線に気付いて頷いた。

そして、下駄箱の近くまで歩いて行くと、下駄箱の横に通る人の邪魔にならないように靴を脱いで置いた。

私もその後を追ってその通りに真似する。


私が靴を置いて顔を上げると、グレイソンはもう昇降口を抜けて廊下の方にいた。

廊下の向こうにあるのは、おそらくアカデミーの事務局だ。

グレイソンが、事務局の前にある机にあるアルコールティッシュで杖を拭きながら、横目で私を見る。


早く来いって。


私は急いで下駄箱の横を通り過ぎ、グレイソンの方へ駆け寄った。

私がそばに来たのを確認すると、グレイソンは床を杖で軽く叩くと回れ右をして、事務局のドアに手を伸ばす。

そのグレイソンの足は、ちゃっかりスリッパを履いている。

コンコンッと軽いノックをさせながら、


「失礼。塚本珠明とその保護者の者ですが……」


グレイソンはドアの向こうの人に向かって話しかける。

私はまだグレイソンの足にあるスリッパに釘付けだった。

どこから取ってきたんだろう。


「はい、お話は聞いております。どうぞ、中へ。」


ドアが開いて、事務員らしき女性が顔を出した。

私はキョロキョロと周囲を見回して、スリッパの在処を探していた。

このまま歩くと靴下が汚れちゃうから。

私もスリッパ欲しいなぁ。


「ありがとう。」


グレイソンが短く答えて、事務局の方へと入ろうとする。

が、私がキョロキョロしながらも動かないのに気付いて、その腕を引っ張った。


「スリッパは事務局の中にもあるようだ。」


私はグレイソンにそう言われながら、半ば強制的に事務局の中に入ったのだった。


事務局に入ってからしばらくグレイソンの後ろに引っ付いていると、着々と入塾の手続きが終わっていった。

事務員の女性とグレイソンが書類のやり取りを何回かした後、せっかくだからと名駿アカデミーの理事長に面会することになった。


「理事長が珍しく、アカデミー生と面会するなんておっしゃられたものですから私驚いたんです。今までこんなことなかったんですけどね……。」


歴の長そうな事務員の女性が微笑む。

きっと選ばれた特別な子なのね、そう言って私を見た。

その言葉を否定も肯定もせず、私は女性を見てにっこりと笑い返した。

だけど、ひっそりと心の中で呟いたんだ。


だって関係者、だからねって。


理事長が面会したいって言ったのは、私が選ばれた特別な子だからじゃない。

お互いに、組織Terminusが絡んでいるからだ。

つまり、この塾、名駿アカデミーは組織の息がかかってるわけだ。


事務員さんの後を追って事務局の奥へと進むと、別の部屋へと繋がるドアがあった。

他の部屋とは違い、そのドアはドアノブが付いていて鍵穴もあった。

何も特に案内など書かれていなかったが、このドアの先が理事長室だということはひと目見て分かる。


それだけ、理事長室の醸し出す雰囲気は異質だったんだ。


室内に入ることを許可されたので、事務員さん、グレイソン、私の順で室内に入る。

室内の中央には大きなデスクがあって、その上には乱雑に書類や物が積み上げられていた。

そのデスクにある、どこぞの社長さんが座りそうな大きな椅子に、長い髪を1つに束ねた女性が座っていた。

背を向けて座っていて、顔はよく見えない。


「理事長、室内にお通ししましたよ。塚本さんです。保護者様もご一緒です。」


事務員さんが一声かける。

すると、勢いよく椅子を回して座っていた女性が、こちらを振り返った。


「よくぞ参った!歓迎するぞ、塚本珠明。」


デスクに身を乗り出して、ウハハハハッと豪快な笑い声を上げる理事長と呼ばれた女性。


「やあ、事務。下がってよいぞ。」


部外者がいることに気付いて、横目で事務員さんに合図した。

事務員さんはどうしようか困ったと言ったような様子で、


「え、でもお茶くらいは出すべきでは?」


理事長を見る。

理事長は事務員さんの方を見ずに、


「いいや、構わん。少し言葉を交わすだけだ。それに、もうじき授業が始まるからな。すぐ終わらせるさ。」


首を振ると、室内から出て行くように手を振った。

事務員さんが出ていったのを確認し、


「ふむ、部外者はいなくなったことだし、自己紹介といくか。」


理事長の琥珀色の瞳が強く輝いた。


「No,15778、スアだな?私は組織員ではないが、組織に協力している柊シオンという。表向きは、名駿アカデミーの理事長となっているがな……。」


この人、組織員ではないのか。

頷きながら、彼女をじっと見つめる。


「シオンさんはハーフなんですか?」


じっと見つめて、ふと浮かんだ疑問を投げかけた。

シオンさんはもちろん、その場にいたグレイソンも呆気に取られた表情になる。

少ししてから、理事長改めシオンさんがまたも豪快な笑い声を上げた。


「ワハハハハッ、お前面白いな。うむ、ハーフだぞ一応。」


そして空を見つめ、何とも言えないといった表情を浮かべる。


「片方がフランス出身だが英語が話せるのもあって、日常会話が英語、フランス語、日本語だった。複雑だろ?でもそのおかげで、大して勉強しなくとも、お前んとこの英語しか話せない偉そう坊主と会話できるからありがたいもんだ。ただフランス語訛りが強いと、偉そう坊主から怒られるけどな。全く、偉そうだろ?自分がイギリス出身だからか、妙に英語の発音や言葉の使い方にうるさいんだ。」 


琥珀色の瞳が細められ、気の強そうなアーチ眉が笑みで歪む。


「英語しか話せない偉そう坊主とは、ミスターハリスのことか?」


グレイソンが、シオンさんの言葉にピクッと反応した。


「おう、そうだ。他に誰がいる?」


シオンさんが首を傾げながら、グレイソンの言葉を肯定する。


「訂正させてもらうが、あのお方は英語以外に、フランス語やドイツ語、イタリア語、中国語など話せる言語は沢山ある。今のところ唯一、日本語が話せないが……。あと、坊主ではない。むしろ、髪は少し長いくらいだ。」


グレイソンがピシャリと言う。


グレイソン、その、英語しか話せない偉そう坊主はただの悪口で深い意味はないんですよ……。


馬鹿は漢字で馬と鹿と書くことから、その言葉自体に深い意味がない。

それと同じこと。

なのに、大真面目に正論を返してどうするんですか……。


私が呆れてると、


「クッ、偉そうなのは否定しないのだな。」


シオンさんが笑いを噛み殺しながら涼しい顔で言った。

グレイソンの苦言を物ともしていない様子だった。

そして私の方へ近付いてくると、


「さて、授業の時間も迫ってることだし、単刀直入に言おう。」


今にもぶつかりそうな距離まで来て、私の目を覗き込んだ。

ゾクッとするほど強い眼差しを向けられ、思わずたじろぎそうになる。

それを堪えて、


「何でしょうか?」


にっこりと笑って応えた。


「悪いが、私はお前を特別扱いする気がない。」


シオンさんが私の目を見つめたまま、そうはっきりと言った。

近くにいたグレイソンがその言葉にピクリと反応する。


「つまり、我々に協力する気は元々ないと言うことか。」


咎めるような強い口調に、シオンさんに向けられているのに私がドキリとしまった。

シオンさんは乾いた声で笑って首を振る。


「人材を用意し、場所を与えた。充分協力したと思うが?協力しないのではない、これ以上は手を貸さないという話だ。」


私に向けていた眼差しを、今度はグレイソンに向けるシオンさん。

その様子に、グレイソンは降参というように右手に続いて杖を持っていた左手まで上げた。

グレイソンが口を閉じたのを確認すると、


「Terminusが絡んでる件とは言え、お前を特別扱いすることは差別だ。学問の場にそのような差別は相応しくない。家柄や周囲の環境に左右されず、個々の能力を高めることは名駿アカデミーが創立された目的の1つである。」


シオンさんは私に視線を戻した。


「入塾試験は免除してやったが、これからはそういった特別扱いはしない。ただのアカデミー生として扱うからな。偉そう坊主から与えられた任務に関しても、私はノータッチだ。彼らにお前を紹介したり、なんてこともしない。自分の力で何とかしろ。」


強い光を宿すその目に、


「分かってます。もちろん、そのつもりでしたから。」


見入られながら私は頷いた。


「フッ、そうかい。んじゃ、結構。」


私の返事を聞いて安心したのか、小さく笑った後離れて行った。

そしてデスクにあった時計に目をやり、


「話は終わりだ。さっさと教室に行きな。そろそろ授業の時間になる。」


理事長室から出ていくように促した。


でも私、教室の場所知らないんだけどな……。


私が困った顔をしていると、


「そろそろ、お前のクラスの担任が事務局に来てるはずだ。理事長室前で待ってろと伝えてあるからな。」


シオンさんは、あとは担任に聞けというような顔をして、顎でドアの方を指した。

私は頷くと、懐中時計を取り出しながらドアの方へ向かう。

16時55分。

大丈夫かな、5分前には教室の席に着いてないといけないのに……。

少し焦りも感じながら、


「失礼しました。」


振り返って礼をした後、ドアノブに手をかけた。

その瞬間、


「ああ、言い忘れていたが、お前のクラスは特A、特別クラスAだ。スカウト候補生のために作られたクラスだが、成績次第では容赦なく落とすからな?気を引き締めろよ。」


シオンさんが最後の最後に、1番重要で恐ろしいことを言い放ったのだった。


おぅ、クラスを変更されることもあるんだ……。

そんなの聞いてないんだけど、ハリス!

これは絶対成績落とせないや、クラスを変えられるわけにはいかないよ。

今のところ、スカウト候補生との唯一の接点だから。

でも、最近お勉強、あんまりしてないんだよね……。

うーん、勉強するの好きじゃないけど、頑張らなくっちゃ!


焦りを感じながら、彼らのいる教室へ向かうのだった。


特別クラスA、略して特Aの教室は4階建ての校舎の1番上、つまり4階の中央階段のすぐ横にあった。

これは……毎日教室行くの大変そう……。

通っている顔も知らない彼らを、思わず哀れむ。

それくらい、結構教室までの道のりは遠かったんだ。


「さて、着きましたが、早速賑やかですね。」


特Aの教室前で、美穂先生がクスッと笑って言った。

美穂先生は20〜30代くらいの若い女性の先生で、私含め特Aの担任の先生で、フルネームは内田美穂先生。

美穂って名前が可愛いから、勝手に美穂先生って呼んじゃってる。

本当は、名字で呼ばないといけないのだけど。


「どうですか、緊張はしていますか?塚本さん。」


私の顔を覗き込むようにして、おっとりとした口調で言った。


「はい、少し、ですが。」


私ははにかみながら頷く。

その瞬間、女の子の声が目の前の教室から聞こえてきた。


「今日、新しい子来るんやんな?」


関西弁だ!!

アメリカでは聞けない独特のイントネーションに、思わず目が輝いた。


「おう、そうらしいな。女子か男子か、これ重要だろ。俺、女子が良いなぁ。」


低く声変わり途中の、男の子の声が答える。


「いや、性別は重要じゃないさ。新しい特Aの仲間なんだ。歓迎してやることが大事だろ?」


優しさの中にしっかりとした芯を感じる、そんな男の子の声がそれを嗜めた。


「えへへ〜、新しい子。楽しみ〜楽しみ〜。」


のんびりおっとりした男の子の声が聞こえた。


何だか、当の私を抜いて楽しそう……。


和気あいあいとした特Aの雰囲気に、思わず笑みが浮かんだ。

でもそれと同時に、あれ?と思ったんだ。

スカウト候補生は全部で5人。

でも聞こえる声は4人。

1人足りない……、おかしいな。


「先生、今日お休みの子っているんですか?」


そう思いながら美穂先生の方を見ると、


「いいえ、今日は全員揃っているわ。」


美穂先生は首を振った。

その瞬間、チャイムが鳴る。


「あら!いけない。もう教室に入っても良いかしら?短くて良いから自己紹介できる?」


美穂先生がチャイムを聞いて教室に入ろうとして、こちらを振り返った。


「はい、大丈夫です!」


私は力強く頷いて答えてみせた。

こういうのは私の得意分野、心構えも事前練習もいらない。

人の印象は3秒で決まる、初対面って実はとても大事なんだ。

この一瞬が決め手、この一瞬で彼らの懐に入るんだ!


「ごめんなさい。遅れました!」


美穂先生が謝りながら、教室のドアを開けて入っていく。

その後を、気合を入れながら私は追った。


教室に入ると、そこは丁度小学校の教室と同じくらいの大きさだった。

その中央に結構広い間隔で、人数分の机と椅子が置いてある。

その席は6つあって、私の席も用意されているようだった。

席は前列に3席、後列に3席と分けられていて、前列は窓側の席と中央の席に男の子2人、後列は窓側と廊下側の席に男の子2人と中央の席に女の子1人が座っていた。

そして、残る前列の廊下側の席が私の席のようだった。


「さて、遅れたところ申し訳ないんだけど、新入生を紹介します。」


美穂先生がホワイトボードの前にある教卓に、書類などの束を置きながら立った。

クラスの視線が自分に集まったことを確認して、教卓にあったホワイトボード用の黒いペンを手に取る。

そしてくるりと後ろを向くと、ホワイトボードに向かって文字を書き始めた。

キュッキュッ、トントンと小さな音を立てて書かれたのは、


「塚本、珠明と書いて、塚本はみんな読めるね。珠明はスアと読みます。彼女は塚本珠明さんです。みんな拍手!」


私の名前だった。

変わった名前と私の日本人っぽくない見た目に、


「おい、あいつってハーフか?」


やんちゃそうな顔をした男の子が、後ろを振り返って小さい声で言った。


「確かにハーフっぽい言われてみれば、ぽいかも。」


その言葉に関西弁の女の子が大きく頷く。

「おい、そういう話題、嫌かもしれないだろ。やめとけよ。」


いかにも好青年に見える男の子が、その2人を睨んだ。


「はい、静かに!塚本さん、自己紹介お願いできる?」


美穂先生が鶴の一声を上げると、教室が静かになった。

私は美穂先生の言葉に頷くと、


「初めまして!塚本珠明です。」


自己紹介を始める。


「ちなみにハーフじゃないです。」


さっき、やんちゃそうな子が上げた疑問に答えてみる。


「ええー、ハーフちゃうねん!?」


関西弁の女の子が目をぱちくりとさせた。


「マジかー。……あ、分かった!クォーターってやつだろ?」


やんちゃそうな男の子がパチンッと指を鳴らした。

残念、純日本人なんだよね。

華麗な迷推理を見せる男の子にクスッとなりながら、


「クォーターでもないです。実はこう見えて、純日本人なんですよ、私。」

私は首を振った。


「なんや、ちゃうやんけ!誰や、ハーフっぽい言い出したやつは!」


関西弁の女の子が鋭いツッコミとともに、やんちゃそうな男の子の方へエアチョップをかました。

その様子を見て、好青年そうな男の子がクッと笑い出した。

その様子を見て、やんちゃそうな男の子は不満げな顔になる。


「うっせぇな。ハーフっぽいって思ったから言っただけじゃんね。思ったこと口に出したら悪いんか?」


すると、後ろで傍観していた男の子が、


しゅうは海外系の顔の人、大好きだもんね〜。」


おっとりとした声で言ってにっこりと笑った。

悪意を全く感じない笑みだった。

その男の子の話題に乗っかるように、好青年そうな男の子がため息を吐いた。


「お前、そのへき治した方がいいよ。将来、日本人女性全員を敵に回すと思う。」


深刻そうな表情で言うが、口の端が少し笑っている。

からかってるんだ。


「ほんま、最低。女の敵や。」


関西弁の女の子が、けっと言ったような表情で吐き捨てるように言った。


「うっせぇ!好みがどんなタイプだろうと、俺の自由だろ!?」


やんちゃそうな男の子は悲痛な声を上げて、関西弁の女の子に掴みかかろうとする。

が、好青年そうな男の子に片手で制された。

突然、


「質問。あんたの得意な教科または分野は?」


今まで黙っていた、後列の廊下側の席の男の子が手を挙げて私を見た。

真っ直ぐと私を射抜くように見る男の子に、私はすぐにピンと来た。

さっき教室前にいた時には、声が聞こえなかった子だ。

普段は物静かな子なのかも。

その子の問いに、


「得意な教科または分野……そうですね、強いて言うなら英語かな。ついこの前までアメリカにいたので。」


考えながら答えた。

資料で見た彼らの持っている特出したような才能は、実は私にはない。

だいぶ痛いとこを突いてくるな、この子。

感心しながらその子を見つめる。

私が答えると、


「何歳?学年は?」


すかさずその子から質問が飛ぶ。

私がアメリカから来たと答えた時に、一瞬ヤンチャそうな子の周りが騒ついたが、すかさず飛んだ質問がみんなの口を封じる。


「11歳。学年は……6年生です。」


なんて答えようか一瞬迷いながら、年齢に合わせて答えた。


何故なら、私は小学校に通っていないから。

Terminusでは組織員の中で希望する人向けに、小学校〜大学までの学習をする機会も設けられていて、そのためだけの教師の先生もいるんだ。

その中で、家庭の関係や身の周りの環境などによって義務教育の課程、つまり小学校や中学校を卒業できていない人向けに義務教育認定試験っていうのも組織内で独自に設けている。

その試験のための学習コースもあったりして学校に入らなくても組織内で義務教育を受けられるシステムが出来ているんだ。

この試験を受けてその過程を終了していると、社会的にも小学校と中学校を卒業した扱いになる。

秘密裏なんだけどね。

ちなみに私も組織の義務教育認定試験を受けていて、その過程を無事修了してる。

だから今のところ、私は中卒扱いなんだけど実際は、小学校も中学校にも通っていないんだ。

複雑でしょ?


こういう学年を聞かれる場は、いつも咄嗟に答えられない……。

だから、子どもなのに物忘れ激しい子、みたいに見えちゃうんだ。

そんな私を、質問した男の子が目を細めて見つめた。

こいつ、怪しいやつだなって感じで。


その目は大型のネコ科動物を想像させた。

ライオンやトラ、チーターなどがいる中で、強いて言うならヒョウに似てるかも。

うん、特にクロヒョウなんかピッタリだと思う。

漆黒の髪に、クールな雰囲気を漂わせる顔立ち。

その子にうっかり見惚れていると、


「先生、1時限目はグループワークにしよ!りつも早々に、転入生に質問攻めしてることだし。」


やんちゃそうな男の子のがバッと手を上げた。


「俺も秋の提案に賛成です。クラスメートとして、俺たちも塚本さんに自己紹介するべきだと思います。」


好青年そうな男の子が、美穂先生の方を見て頷く。


「私も賛成です!早川のわりにええ提案や思う。」


関西弁の女の子も腕を組んで、うんうんと頷いた。

その女の子の言葉に、


「早川のわりに……って、どう意味だ!?てっめぇ、昔から思ってたが年上に向かって生意気だぞ!!」


ピクリと反応したのはやんちゃそうな男の子。

席を立って、ツカツカと女の子の方へ歩み寄ろうとする。

それを横から手を伸ばして制したのは、


「俺も賛成〜。」


おっとりとした声の男の子。


「歳上って……1個しか違えへんやん。1個しか違えへんのに生意気や言う早川、どう思う?な、委員長。」


関西弁の女の子が呆れたように肩をすくめる。


「うーん、そうだなぁ。俺的には、心が狭いと感じるかな。」


好青年そうな男の子は苦笑しながら、やんちゃそうな男の子を見た。


「そんな……巧望たくみ、お前だけは俺の味方だと思ってたのに……。」


やんちゃそうな男の子は目を潤ませて見つめ返す。


「残念!俺には俺の価値観があるんでね。誰の味方とかないから。」


好青年そうな男の子は含んだ笑みを浮かべ首を振ると、やんちゃそうな男の子から視線を逸らした。

やんちゃそうな男の子はちぇっと言った後、


「な、シノ。お前は俺の味方だよな?な?」


振り返って、後ろにいた男の子にターゲットを変えた。

後ろにいた男の子は、


「うーん、一応?俺が味方かは、秋次第だから〜。」


首を捻りながらのんびりと答える。


「えぇー、はっきりしねぇな。ま、味方ってことだよな!良かった、俺の味方にはまだシノがいる。」


その答えに安心したように、やんちゃそうな男の子はグッと小さくガッツポーズを作った。

やんちゃそうな男の子が満足そうに言って黙ったので、静かになった教室。

それを見計らって、


「はい、みんなの要望があったので、今からグループワークをしようと思います!」


美穂先生が手を叩いてみんなの視線を集める。


「テーマは自己PRです。自分を転入生の塚本さんにPRしてみよう。自分のどんなところが魅力なのか考えて、塚本さんに自己PRしてみましょう。時間があれば自分から見たクラスメートの印象や魅力も、説明してみて欲しいなと思います。ちなみに先生も参加します!」


くるっと振り返ってホワイトボードに、グループワーク、テーマ:自己PR、めあて:①自分のことを塚本さんにPRしてみよう!②自分から見たクラスメートの印象も説明してみよう!(時間があれば)、と説明しながら書き込んだ。


「りょ。」

「合点承知や。」

「分かりました。」

「はーい。」

「……。」


みんな口々に返事をする中、後ろの廊下側の席の男の子は返事をしない代わりに頷いた。


「さて、何を話すかを考える時間が必要だね。そうだなぁ、5分くらいあったらいけそう?」


タイマーを片手に、美穂先生はみんなを見回す。


「はい、5分で丁度良いと思います。」


好青年そうな男の子が真っ先に答える。


「10分は長いから、それくらいがええ思います。」

「俺もそう思う。」

「みんなが良いと思うなら、俺も良いと思う〜。」

「何でも良い。」


みんなも次々に頷いた。

今度は後ろの廊下側の席の男の子も口を開いていた。


「はい、分かりました。では今から5分測るので、まずは①の課題を考えてみましょう。もう考えられたけど時間余ったよっていう人は、②の課題も考えてみて下さい。では、始め!」


美穂先生はみんなの意見に頷くと、タイマーをピッピッと音を鳴らしセットしながら言った。

美穂先生が始めと言った瞬間から、みんな思い思いに考え始める。

机の引き出しからノートを引っ張り出して何か書く子や、宙を見つめて考え込む子、指を折って何か数えている子、中にはタブレットを手にしている子もいた。

私がその様子を見つめていると、


「塚本さんは……ひとまず席に着きましょうか。」


美穂先生が私の背中に左手を添えて、空いている前列の廊下側の席を右手で指した。

私は美穂先生の方を見て頷くと、その席に行ってリュックを下ろす。


「塚本さん、荷物は後ろのロッカーに入れてね。」


美穂先生が教室の後ろの方を指差した。

私は頷きかけてふと気付いた。

ロッカーとは言えども、どこでも置いて良いわけじゃないよね。

知らずに他の子が使ってる場所に置いてしまう可能性もあった。

そう思って、


「場所は指定されてますか?」


美保先生を見る。


「一応、名前が書いたシールが貼ってあるはずです。」


少し考えた後、美穂先生は言った。

私は頷くと、下ろしたばっかりのリュックを抱えロッカー前に移動した。

その時に後列の男の子の席をつい見ちゃったんだけど、後列の男の子は何やら機能のいっぱいある難しそうなアプリを開いていた。

何のアプリなんだろ。

疑問に思いながら、塚本珠明と書いてあるシールが貼ってある場所を探す。


うーんと、塚本珠明……塚本……珠明……あった!

縦が5個で横が10個の棚があるロッカーの、上から2番目の右から4番目のところに私のシールは貼られていた。

私はそこに素早くリュックをしまうと、早足で席に戻った。

自分にも他の子みたいに何か課題が与えられるかもしれないって、思ったから。


「塚本さんも……あと3分くらいしかないんだけど、①の課題、考えてみようか。せっかくだから、みんなに塚本さんをPRしよう!」


席に着くと美穂先生が私を見て言った。

お、きたね!

私がみんなにPR出来るところねぇ……。

うーん、まず他の子と違って、幼い時から世界を見てきているのはアピールポイント出来るところかも!

それと、英語が出来るところもかな。


あと容姿かな?

ハーフじゃないけど、ハーフっぽい容姿。

自分で言うのもなんだけど、容姿はいい方だと思う。

けど、そういう意味で魅力的なんじゃなくて、私の容姿は見た人によって違うように感じるところが魅力的だと思うんだ。

アメリカとかでは私の容姿は日本人に見える、だけど日本では私の容姿はヨーロッパやアメリカ系と日本のハーフに見えるみたい。

不思議でしょ?

見た人によって全然違う印象を抱かせる私の容姿は、不思議で私特有の魅力だと思ったんだ。

思いつくのはこのくらいかな?

うーん、難しいな……他に思い付いたの全部組織に関することばっかりで、みんなに話せないや。

私は組織以外の自分のことをもっと知らないといけないみたい。


……ピピピピッ、ピピピピッ、ピピピッ。


「はい、みんなそこまで。」


タイマーが鳴って、美穂先生がそれを止めながら言った。

それと同時に、みんなの口からため息が漏れる。

大きく伸びをする子や、あくびを噛み殺すような素振りを見せる子もいた。


「じゃあ、みんなの顔が見れるように机を前後左右くっつけましょう。」


美穂先生がそう言うと、みんな一斉に机を動かし始める。

私も一緒になって机を動かしたんだ。

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