第3話 白夢の館

都心部から離れ、グレイソンは北西部へと車を走らせていた。


今、目指している目的地は、奥多摩町という町に位置しているらしい。

そこは東京都とは思えないほど、豊かな自然に囲まれた場所とのこと。

ネットの情報通り、奥多摩町に近付くにつれて車の窓から見える風景はビルなどの都会らしい建物がなくなり、山が見え始めた。


そこからしばらく車乗っていると、


「着いたぞ。」


グレイソンが静かに言った。

目の前にはそれなりに角度のある坂が見える。


え、建物なんか見えないけどな……。


周りに建物はなく、あるのは少し舗装された道路と木々たちだけ。

不思議に思って首を傾げると、グレイソンはハンドルを握ったまま緩やかにスピードを落とした。


「この坂を登り切った先だ。」


そう言うと、一気にアクセルを踏み込む。


「わっ!」


いきなりだったので、シートベルトをしていても体が揺さぶられた。


「わあ、すごい!」


坂を登り切ると、広い敷地のど真ん中に大きな洋館、という光景が広がっていた。

坂の手前に駐車場があって、数台駐められるようになっている。


その駐車場を抜けると今度は広い庭が広がっていた。

グレイソンは、そのうちのなるべく洋館に近い駐車スペースに車を駐める。


エンジンを止めた後、車の鍵を抜き取るとパンツの後ろポケットに入れ、さっとドアを開けた。

帽子と杖を忘れていたようで助手席の方へ手を伸ばすと、優雅に帽子を被り杖を左手に持った。

そして運転席のドアを閉めたかと思うと、今度は車の後ろを回って、左側の後部座席のドアを開ける。


「着いたぞ、降りろ。」


私にそう声をかけると、私がスーツケースに手を伸ばすよりも早く、スーツケースはグレイソンの右手に。

私は頷くと、仕方なくリュックだけ手に持って車を出た。


「すごい建物ですね……。」


洋館へ向かいながら、隣を歩くグレイソンに視線を向ける。

足が不自由という理由で杖を持ち歩いているにしては、軽々と片手に、それなりの重さのあるスーツケースを提げている。


本当に足不自由なのかな、この人。

それか、それをカバーできるほど腕力がすごいのかも。


思わずじっと見つめていると、グレイソンが横を向いて鼻を鳴らした。


「まあな、割と歴史のある建物だと聞いている。名前まであるとか。」


庭がよく手入れされているのもあってか、近付くにつれてそれに似合わない洋館の古さを気が付く。


「名前?なんて呼ばれているんですか?」


聞き返すと、グレイソンは眉間の皺をより一層濃くした。


「……白夢しろゆめの館、だそうだ。妙な名前だろう。」


そう言うと静かに息を吐く。


「白夢、確かに変わった名前ですね。」


頷きつつ、聞き馴染みのない言葉に首を捻る。


ただの夢でもなく、白昼夢でもなく、白日夢でもなく、白夢……。

どうも意味あり気な名前なのに、付けられた意図がわからないな。


うーんと唸りながら考え込んでいると、気付けば館の真ん前まで来ていた。

グレイソンがインターホンに手を伸ばす。


ピーンポーン……ピーンポーン……。


どうも最新式のインターホンのようで、カメラやスピーカーも付いていた。

随分と新しいインターホンだこと。

古びた館に不釣り合いなそのインターホンに、思わず笑いそうになる。


「はーい、今開けまーす。」


ノイズが聞こえた後、青年の柔らかい声が聞こえた。


おや?誰だろう。


グレイソン以外に人がいるという話は聞いていなかったので、目が点になる。

思わずグレイソンを見ると、グレイソンもこちらを見た。

顎で館の扉を指すところを見ると、詳しい話は中で、と言っているようだった。

少ししてからガチャッと鍵が開く音がして、グレイソンが口を開く。


「さあ、先に入れ。」


持っていたスーツケースを掲げるようにして私に見せた。

荷物を持っておいてやるから先に行け、とのことだ。

私はグレイソンに小さくお辞儀をして、ありがたくお言葉に甘えることにした。

館の中に入ると、玄関に高校生くらいに見える青年が立っていた。


「お帰り、まことさん。」


グレイソンに微笑みかける青年。


誠さん!?誰それ……。


その青年の言葉に呆気に取られた。


「日本での名前だ。グレイソンなんて、こっちじゃ浮くだけだからな。」


困惑している私を横目に、グレイソンはニヤッと笑った。


……なるほど。


私は目を点にしながら頷くしかなかった。


「それと、彼は坂上美舶さかあがりみふね。一応、一般人だ。この洋館の手入れや普段の家事を担ってくれている。美舶、自分のことは自分で話せ。」


どこから出したのか、ウェットティッシュで私のスーツケースのキャスターを拭きながら、グレイソンは言う。

美舶さんは頷いて、躊躇いがちに口を開く。


「ハロー……ア、アイム……」


自信無さ気に、カタコトの英語を話し始めると、グレイソンが見てられないと言うように素早く口を開いた。


「彼女はこう見えても純日本人だ。日本語も話せる。」


ピシャリと言うグレイソンに、美舶さんは苦笑いを浮かべた。


「ああ……そうなんだ、失礼。」


コホンと咳払いした後に私の方へ向き直ると、


「紹介の通り、僕は美舶。高校2年生で16歳だ。よろしくね。」


右手を差し出して握手を求める。

スラッとした体型で色白な肌。

穏やかな表情でこちらを見る瞳は澄んでいて、吸い込まれそうだった。


わあ……大人っぽい……。


思わず息を飲んで、その瞳を見つめる。


年齢に対して、雰囲気がすっごく大人っぽいよ、この人。


「君は?」


問いかけられて、思わずはっとなる。


しまった……、名字考えてなかった……。


「珠明、塚本珠明です。」

咄嗟に思い付いた名字を加えて名乗る。

美舶さんが微笑みながら相槌を打ったのを確認して、


「アメリカから来ました、12歳です。It's nice to meet you!」


差し出された右手を握りながら、ニッコリと笑った。

わざと英語を話してみるというイタズラをしてみたのだ。

グレイソンがスーツケースに視線を向けたまま、ニヤッと笑ったのが見えた。


「イ……イェース。」


困ったように笑いながらも、美舶さんは私の手を握り返してくれた。


「そこは、Nice to meet you too.と言うのが適切だ。美舶。」


その様子を見ていたグレイソンが、呆れたように立ち上がると美舶さんの頭をコンッと小突く。


「それは分かってはいるんだよ、だけどサッと返せないんだ。彼女はすごくネイティブ、なのに英語を聞き取る耳が僕にはない……。」


もっと勉強しないとね、そう言うように美舶さんは苦笑する。


グレイソンに小突かれても、美舶さんは文句を言ったりやり返したりはしなかった。

やっぱり、雰囲気だけじゃなくて、中身も穏やかで大人な人なんだな、美舶さんって。

かっこいいなあ、美舶さんみたいな人、憧れる……。


そんな美舶さんを見つめながら、私はしみじみそう思ったのだった。

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