第2話『Terminus』

グレイソンの後を追ってしばらく歩いていると、空港の駐車場に着いた。


そういえば、グレイソンってどんな車乗ってるのかな?

高級車に乗ってそうなイメージだよね。

ワンボックスカーとかもありそう!

私の中のグレイソンはBMWのイメージだけど……。


想像を膨らませていると、突然グレイソンが立ち止まった。


「後ろに乗れ。」


グレイソンが顎で指した先を見る。

するとそこには、意外な事に高級車でもワンボックスカーでもなく、こじんまりとしたグレーの軽自動車が駐まっていた。

多分、スズキのワゴンR。


まさかの軽!?

へー、意外だなぁ。


思わず目をパチクリとしてグレイソンを見ると、


「何だ、その顔は。何か言いたげだな?」


グレイソンは目を細めて私を見た。


いえ、何でもない……です。


必死に首を振ると、


「自分でも似合わないと分かっているが、仕方がない。好みでないが、目立たないものの方が都合が良いからな。」


グレイソンは横を向いて息を吐いた。


「さあ、乗れ。」


そう言うと、グレイソンは優雅な仕草で後部座席のドアを開けた。

私は頷くと、自分より先に手に待っていたスーツケースを奥の座席の下に置いた。

そのままリュックを抱えて乗ろうとすると、横から手が伸びてきてリュックに触れた。


「持とう。」


驚いて横を見ると、グレイソンが私のリュックを持とうとしていた。


「大丈夫。隣の座席は空いてますし。」


私が首を振ると、


「そうか。ならいい。」


グレイソンはパッと手を離し、私が車に乗り込むのを待つように一歩下がると、ドアに触れる。

私が乗ったのを確認すると、静かにドアを閉めた。

荷物を持とうとしたり、私が乗り込むのを待ってドアを閉めたり、その行為に英国紳士っぽさを感じる。

グレイソンが運転席に乗り込むのを待ってから、


「Cheers.」


と私が言うと、グレイソンが驚いたような顔でこちらを振り返った。

参ったというような表情を浮かべた後、


「Not, at all.」


口の端に笑みを浮かべ、そう言った。


Cheersは、イギリスでは乾杯ではなくありがとうという意味で使われている。

Not at allはどういたしましてという意味で、主にイギリスで使われている。

どちらもイギリス英語だ。

やっぱり、グレイソンがイギリスで過ごしていたことがあるのは間違いなさそう。


「グレイソンはイギリス出身なんですか?」


世間話のつもりで聞いてみる。

何しろ、私はグレイソンのことをよく知らない。

これから接する相手だから、少しでも相手のことを知ってたかった。


「分かってるんだろう?聞かずとも。」


グレイソンはこちらを見ずに、車のエンジンをかけた。

ふむ、グレイソンはイギリス出身と。


「その杖はファッション?」


助手席の傍らに置かれた杖は、持ち手が銀色に輝き、棒の部分は黒く着色されていて、シックで格好良くおしゃれだった。


「いや、足が不自由でね。ファッションで持ち歩いてるわけではない。」


グレイソンがアクセルを踏み、ハンドルを握りながら言った。


「そうだったんですね。英国の紳士淑女は装飾品として杖を持ち歩くと言うので、てっきりそうかと……。」


私はそこまで言って、思わず口をつぐんでしまった。

だって、ルームミラーに映っていたグレイソンの顔に、皮肉の笑みが浮かんでいたから。


「人の詮索するのがお得意なようで。職業病か?まだ、私のことが信用できないということか。どこまで話せば良い?生まれや育ち、血液型まで知りたそうだな?」


どうやらグレイソンは、自分のことについて踏み込まれるのが嫌なようだった。

それと、私がイギリスの出身なのかと聞いた時や英国の紳士淑女という言葉に、冷たい視線送っていた部分、どうも引っかかるな。

加えて、杖の話を出した時に一瞬で表情が曇ったね。


空港で最初に見た時のグレイソンを思い浮かべた。

グレンチェックのグレーのスリーピーススーツに、ホンブルグハットを被り、左手には杖。

どう見ても英国紳士の代表的なスタイルだ。

それを好んでそのスタイルにしているように見えた。

なのに、どうも自分の生まれや育ちをよく思ってなさそうなこの反応。


これはどういうことなんだろう。


疑問に思ったが、それを言葉にして本人にぶつけるのはやめておいた。


「いえ、話さなくて大丈夫です。ただの私の悪い好奇心ですから。」


ぐっと疑問を飲み込んで、グレイソンの機嫌を取るように満面の笑みを浮かべる。

会って早々に関係が壊れても面倒だもの。


「余計な詮索はしないに越したことはない。だがそれをしてしまうのは、君が組織で生きてきた時間が長いせいか、はたまた君の悪い好奇心のせいか。どちらにせよ、君には時々、その好奇心が毒になりそうだ。」


私が引いたのを見て、グレイソンは満足気に笑った。


さて、今まで何度も出てきた『組織』と言う言葉にやきもきしている人もいると思う。

ここで少し、その組織のことについて話しておこうか。


簡単に言うと、組織って言うのは私の所属している機密組織のことを指した言葉なんだ。


組織の名は『Terminus』、英語じゃないから分かりにくいけど、テルミヌスって読む。

組織のトップは、さっきから名前が出てるハリス、その人が務めてる。


その人、詳しく紹介したいところなんだけどもうちょっと待ってね……。

まだ機会じゃないんだ。


機密組織って言うと秘密結社とか思い浮かべる人も多いと思うけど、そういうカルト宗教的な活動……なんかはしてない。

何なら、その秘密結社に対抗するのを目的の1つにしてたり……してなかったり……。


イメージとしては、米国の情報機関であるCIAを思い浮かべてくれれば分かりやすいかも。


政府が組織しているわけじゃないから、CIAより規模も小さいうえに出来ることにそれなりに制限がある。

けど、情報によって世界全体を動かす力が、うちの組織にはある!


なーんて偉そうに自慢してるなって思ったそこのあなた、こう見えて私、バリバリ活躍してるからね。

今回日本に来たのなんて、


「今回与えられたミッションは、組織の未来を担う人物の選別だ。とても重要なミッションだ。分かっているな?」


突然、グレイソンがタイミング良く口を開いた。


グレイソン、それ今、先に私が言おうとしていました……。

そう!まさにグレイソンの言う通りで、私が日本に来た最大の理由は、組織の未来の担い手を探すことなんだ。

結構重大な任務なんだよ?


「No.15778、分かっているかと聞いている。」


もー、分かってるってば……。

今、重要な話してるんだから!


私は仕方なく頷いて、グレイソンの口を閉じさせた。


ていうか私、さっき珠明って呼んでって言ったのに……、またナンバーで呼んでる。

ちなみに、No.から続く数字は識別番号になってるんだ。

Terminusに所属している人=組織員って言うだけど、世界中に散らばっていて結構な人数、実はいる。

だから、識別するためにそれぞれ識別番号を持ってるんだ。

名前を覚えらんない人とかは、識別番号で人を呼んだりするらしい……。

グレイソンとかはその例なのかも?


世界各地にそれぞれ組織の支部があって、日本にもその支部がある。

グレイソンはその日本支部の支配人、統括している人に当たるみたい。


本部はというと、米国の首都ワシントンDCにあります!


私が普段過ごしていて拠点にしているところ。

しばらくは行くことないかな……。

日本での任務が終わんないと、帰れないからね。


ということで、ざっと私の所属している組織、Terminusのこと分かってもらえたかな?

おそらくこれから行くのは、その日本支部だと思う。

ということで、そこに着くまでは、グレイソンの運転で束の間のドライブを楽しもうと思うよ。

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