第1話 グレイソン
空港のロビーにある椅子に腰を下ろして息をついていると、電子音楽が鳴ると同時にスマートフォンが震える。
「見たことない番号だな…誰だろ?」
知らない番号からかかってきた電話、段々と自分の顔がこわばっていくのが分かった。
私が身を置く環境上、住所や電話番号、メールアドレスなどの個人情報の管理はとても重要で、知らない相手からのコンタクトは特に警戒しなくちゃいけないから。
うーん、無視しようかな。
でも知ってる人の可能性もあるしなぁ。
知らない人なら……どこで電話番号知ったのか、口を割らせる必要があるしね。
電話に出ようか迷っていると、
「No,15778、私だ。」
後ろで年配の男性の声がした。
No,15778なんて呼び方をするのは、組織の関係者だけ。
なら、この声の主は……。
どうやら電話の主は、後ろにいる年配の男性と同一人物らしかった。
意を決して振り返ると、そこにはスマートフォンを片手にこちらへやってくる年配の男性の姿があった。
彫りが深く青い瞳を持つゲルマン系の顔立ちで、50〜60代くらいだろうか。
スーツを着ていて右手にスマートフォン、左手には杖を持ち、頭にはハット帽、どこか英国紳士の気品を漂わせるその姿を、前にどこかで一度見かけたことがあるように感じた。
この人見覚えあるなあ、どこで会ったんだっけ?
「……グレイソンだ。」
私の心を見透かしたように、ため息を吐いて男性は名乗った。
……グレイソン、さん。
あ、思い出した!
確かこの前、ハリスと話してたとこを見たんだっけ。
組織の日本支部の支配人だったはず。
ということはハリスが言ってた、空港に迎えに来てくれるっていうのはこの人のことだったんだ!
「珠明。No,15778じゃなくて、珠明って呼んでください、グレイソンさん。」
正体が分かって一安心した私は、気を取り直してグレイソンさんに右手を差し出して、挨拶の意味も込めて握手を求めた。
グレイソンさんはじろっと私を見た後、右手にあったスマートフォンをパンツの後ろポケットに差し込む。
「……グレイソンで良い。さん付けは不要だ。」
首を振りつつも、グレイソンは握手に応じてくれた。
そして握っていた私の手をぱっと離して私の方へ押しのけると、私に背を向ける。
「行くぞ。」
唸るような低い声が耳に届く。
行くってどこに?
頭の上に?マークが浮かぶ私。
私が立ち止まっているのに気付き、グレイソンがこちらを振り返った。
「あのお方から、行き先を聞いているんじゃないのか?」
怪訝そうな顔をして私を見るグレイソン。
私は首を大きく振った。
「聞いてない……です。」
歯切れの悪い私の言葉に、グレイソンは嫌そうに眉をひそめて大きくため息をついた。
だってハリス、全部彼に任せて良いから〜って言ってたんだもん……。
ふと楽観的なハリスの顔が浮かんだ。
私の様子を見て、大体の事の経緯が分かったようで、
「全く。情報の共有、現状の把握は特に重要だというのに……あのお方ときたら。」
グレイソンは呆れたように首を振った。
そして私から少し離れたところに行き、パンツの後ろポケットからスマートフォンを取り出し、片手で何やら操作を始める。
次の瞬間、電話を呼び出し音が聞こえ、グレイソンはそのままスマートフォンを右耳にあてた。
苛立たしげなその表情から、どうやらハリスに電話をかけているようだ。
「Mr.Haris!」
突然、グレイソンが噛み付くように言葉を放つ。
どうやら誰か電話出たらしい。
しばらくの間、すごいスピードで捲し立てるような英語が聞こえたかと思うと、
「Bollocks!」
吐き捨てるような声が聞こえて、英語を話す声は途絶えた。
お!終わったのかな?
恐る恐るグレイソンの方を見ると、肩で大きく息をしていたがさっきより落ち着いているように見える。
私の視線に気付き、グレイソンは私の方へ近付いてきた。
ううっ、何か言われるかも……雷落ちるかな……。
さっきのグレイソンを見たせいで、恐怖で体がこわばる。
思わず両手で頭を抱えそうになった。
「詳しい話は車の中でする。」
私の予想に反し、穏やかな声が通り過ぎる。
驚いてグレイソンの方を見ると、左手にしていた腕時計に視線を落としていた。
その表情は柔らかい。
セーフ!もう怒ってないみたいだね。
私はほっと胸を撫で下ろして、グレイソンに駆け寄ったのだった。
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