少女は今日も間諜①

石川絢麻

プロローグ

んー疲れたぁ、さすがに長時間のフライトは体に堪えるな。


思わず、客室の天井に向かって手を伸ばし、大きく伸びをした。

私は今、アメリカ発羽田行きの飛行機の機内にいる。


私、スア、名字はないんだ。


両親の顔も、名前すら知らない。

それにスアって名前も、両親がくれたものじゃない。

ハリスが付けてくれたんだ。

漢字を当てるなら……珠明、前に赤ちゃんの命名のガイド、みたいなサイトで見つけて気に入ってる。

日本でもこの名前を使うつもり!


あ、ハリスって誰?って思ったと思うけど、ハリスは私の上司でもあるし、daddyでもあるし、brotherでもある。

あ、best friendって言っても良いかも…。

とにかくそんな感じ!


年齢は12歳、日本では小学校6年生にあたる。

けど、高校までの勉強はほぼ網羅してるから、勉強の心配はないんだ。


機内アナウンスが入り、機体が着陸したことを乗客に伝える。


「皆様、ただいま羽田空港に着陸いたしました。ただいまの時刻は午後14時20分、気温は節氏17度でございます。」


英語でのアナウンスなので、訳した影響でニュアンスが少し違うかもしれないけど、大体こんな感じのことを言ってる。


ふと、窓の外を見ると、空港が見えた。

目が、Tokyo international Airportの字を捉える。

そのTokyoの字に、思わず心が震えた。

ああ、期間限定だけど、これから私の日本での生活が始まるんだって!


訳あって、今日から私は生活の拠点をアメリカから日本に移す。

その訳は追々説明するね!


「安全のため、ベルト着用サインが消えるまでお座りのままお待ちください。上の棚を開ける際は……」


再びアナウンスが入り、乗客たちが身近にある荷物をまとめ始める。


「皆様、本日もデルタ航空をご利用いただきましてありがとうございました。皆様のまたのご搭乗をお待ちしています。」


アナウンスがプツッと切れると、ベルトを外す音が辺りから次々と聞こえてくる。

せっかちな人はもう立ち上がり、上の棚を開けて荷物を手にしていた。


私も上の棚にある荷物を下ろすため、急いでベルトを外し、隣の席の人が立ち上がって上の棚の荷物を下ろすのを待った。

すると、私の目論見通り、隣の席に座っていた男性が立ち上がる。


ぱっと見では20代くらいに見える、多分アメリカ人。

侍魂と真ん中にデカデカと書かれた白いTシャツを着ているところを見ると、日本が好きな人なのだろう。


その男性が荷物を下ろし、視線を棚から下に向けた瞬間、目が合ってしまった。


おっと、しまった…目が合っちゃった。


その男性は目が合ったことを気にすることもなく、視線を何故か棚に戻した。


まだ荷物があったのかな?


不思議に思ってその男性を見つめていると、その男性は棚から視線を私に移した。

私のことをチラッと見る。


何だろう、私の容姿が珍しいのかな?


自分ではよく分からないけど、他の人からすると、私の見た目は日本人のようにも西洋人のようにも見える変わった容姿みたいで、じろじろと見られることはよくある。

だから、見られるのは少し慣れていた。


男性は再び棚に視線を戻すと、腕を突っ込んで何かを引っ張り出す。


「Here you are.」


そして、私の方へ向いた男性の手には、私のリュックがあった。


はい、どうぞって。


どうやら、私に荷物を取ってあげようとしてたみたい。

男性の予想外の行動に、驚きで固まっていると、


「Oh,sorry.」


男性は、私が英語が分からないと思ったみたいで、


「コレ、ド、ウゾ。」


カタコトの日本語で再度リュックを差し出す。


「Thank you for your kind consideration.」


私は言葉が通じなくて不安そうな表情を浮かべる男性を安心させるために、ビジネスシーンやフォーマルな場で使われる言い回しでお礼を言ったんだ。


英語、話せますよって意味も込めて。


差し出されたリュックを受け取ると、


「Don’t mention it.」


大したことないよ、と嬉しそうでどこか安堵の表情を浮かべる男性。

言葉が通じることを分かってもらえたようだった。


「どうして、私の荷物を取ってくれたんですか?」


男性の気遣いは嬉しかったけど、その理由が分からなかったので聞いてみる。

言葉か通じることにほっとしたのか、男性の顔に笑顔が浮かぶ。


「ああ、それは…」


口を開きながら、男性の視線が上の棚へと向く。


「俺が荷物を入れたせいで、君の荷物が奥の方に行ってしまったのが気がかりだったんだ。」


棚を指先で叩きながら言う男性の言葉に、私はその指先を見つめながら頷いた。


なるほど!そういうことだったのかぁ。

優しい人なんだね、この人は。


私が男性の優しさに感心していると、


「俺、そろそろ行くね。知人にも着いたって連絡、入れたいし。」


男性は片手を上げた。

そして、


「Hope you have a wonderful day.」


君の一日が素晴らしいものになりますように。

上げていた片手の人差し指と中指をクロスさせるフィンガーズ・クロスドというハンドサインを見せ、男性は去り際にそう言った。


あなたも、と口を開く前に、男性は素早い身のこなしで飛行機を降りてしまった。


You,tooって言い損ねちゃった、良い人だったのに……。


颯爽と去っていった男性に名残惜しさを感じながら、私は飛行機を降りたのだった。

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