第5話

⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎⭐︎


  7月27日 午前2時40分 屋上プールにて


私たちには俗に言うコードネームがある。


牛飼い座の アークトゥルス

 乙女座の  スピカ

 獅子座の  レグルス

 こぐま座の ポラリス

 おおぐま座のミザール


 誰1人として、本名は知らない。どこに住んでいるのか、家族構成に、趣味や特技も知らない。けれどもただひとつ知っていること。


「この地球で、生きていくことが苦手」


私たちはこの共通点だけで集まっている。あとはみんな、同じ高校に通っているということくらいだろうか。

 私が高校に入学して1ヶ月程たった頃、

#星になりたい人集合 でメンバーを募った。

特に深い理由はなかった。ただ、私自身生きるのに向いていなくて、おんなじような人が私の近くにもいたりしないかな、という好奇心からだった。

ちなみに、私のコードネームはアークトゥルスだ。長いから、アークと呼ばれている。


「アーク、今日は何をするの?」


「そうだよ。いつもみたくネットでのチャットじゃ、ダメだったのかよ。」  


  スピカとミザールが、不思議そうな顔をして聞いてきた。確かにいつもは、インターネットのチャット欄でお話をしている。

 誰かが眠れないと嘆けば、誰かが話を聞く。誰かが生きていくことに絶望していたら、みんなで支え合った。嬉しいことだって、すぐに皆で共有した。

 私たち一人ひとりは、細くて脆い柱しか持っていなかったけれど、5本でまとまれば立派な柱になった。ひょんなことでは折れない柱ができた。

 私にとって、このグループは、かかけがえのない居場所になっていた。みんなと出会えてよかった。この気持ちに嘘はない。でも心のどこかで、もやもやしていたのも事実だ。

 (この気持ちはなんだろう…)

 私は今日、この気持ちを確かめるためにみんなを深夜の学校に呼んだのだ。


「今から何をするか発表します!」


私はセルフでドラムロールをした。


「ダラダラダラ…ダン! 天体観測!」


 そう言うと同時に、私は背中に隠していた天体望遠鏡をみんなに見せた。


「でかっ。本物初めて見た。これお前の?」


  ミザールが少し興奮気味に聞いてきた。


「ううん。天体同好会の部室からパクってきちゃった。どうせ誰も使ってないから、バレないと思うし。」


「すごーい。ポラリス、プラネタリウム大好きだから嬉しい。アークちゃんとありがとう。大好き。」


「いや、でも本当にいいのか?不法侵入に窃盗罪。立派な犯罪だと思うんだけど。」


真面目なレグルスは、眼鏡の奥で心配そうな瞳をしていた。


「うん、分かってる。今私たちがやっていることは犯罪。だから先生には怒られると思うし、警察にもお世話になるかも。それでも私はここで、みんなと集まりたかったの。巻き込んじゃってごめんなさい。」


「うちは、アークのことが好きだよ。大切だと思ってる。でも、これはだめ。ごめんじゃすまされない。はっきり言って迷惑。」


 スピカは、目をうるうるさせて言った。


「僕もこれはダメだと思う。流石に、やっていいことと悪いことの判断はしないと。」


 レグルスは、さっきよりもはっきりとした口調で、アークのことを咎めた。


「でも、お前たちだって今ここに来てるじゃないか。本当にダメだと思ったら、深夜の学校はいけねえだのなんだの言って、先に止めるべきだったんじゃれ。それに不法侵入はいけないことなんて、百も承知だろ。俺はいけないことだと分かってて来た。お前らは違うのかよ。」


 ミザールが言った。


「何、自分は正しいみたいな言い方してんの。ありえない。いけないことはわかってて来た、なんておかしいよ。」


スピカまでイライラし始めている。きっとミザールの言葉に、少し納得してしまった部分があったのだろう。


「今ごろ悪いことしたってなんてことないよ。もともとポラリス達はどこかおかしいんだからさ。せっかくなら楽しんだ方がいいんじゃない?こんなふうに言い争うなんて、死にたがりの人間らしくないよ。」


 耳をすまさないと聞こえないくらいの小さな声で、ポラリスは言った。


「みんな、ごめんなさい。でも喧嘩をしたかったわけじゃない。今日集まりたかった本当の理由は、このギャップをどうにかしたかったんだよ。」


「ギャップ?アークさん、しっかりと説明して欲しい。」


レグルスは言った。


「うん。そうだね。

 私、アークトゥルスはね、ずっと死にたいと思っていたの。いつからかな?あんまり覚えてないんだけど、いつの間にか漠然とそう思ってた。もう消えたいな。どうして生きてるんだろうなって。特にいじめられてもないし、虐待もなかったんだけどね。

 で、そんなときに、みんなと出会った。それからは少しだけ生きやすくなったかな。まぁ、この地球で生きていくのも、そこまで悪くないかもって。

 でね、みんなも少しは、同じように思ってくれていると思うのだけどどうかな。」


「ウチは本当にそうだよ。アークがいて、レグルスやポラリス、ミザールがいたから今があって、最近はさ、部活動にも本気で取り組んでみようと思えるようになったんだよ。」


「僕も同じ。親からのプレッシャーに押しつぶされそうだったところを、救ってくれたのはみんなだった。今はもう、親とも和解できたしね。」


 スピカとレグルスは言った。一方で、ポラリスとミザールはだんまり。居心地が悪そうな顔をしている。


「スピカ、レグルス、ありがとう。」


 私は続けた。


「じゃあ、ポラリスとミザールはどう?いま、頑張って生きようと思ってる?それともまだ、星になりたい?」


 少しの沈黙の後、声を出したのはミザールだった。


「俺もみんなと出会えて、まぁ、なんというか、どっちかといえば、よかったと思ってる。でも目の前に、今すぐ死ねるボタンがあったら押すだろうな。多分、迷わずに。」


「ポラリスもそうかな。みんなとお話をするのは大好きだけど、別にそれが生きがいとか、生きる理由とかにはならないんだよね。」


 もう誰1人として、星を見ようとはしていなかった。そして気がついた。ここは東京だ。星なんて、なかなか見えないに決まってる。でもこの明るすぎる夜に、何度救われたことだろう。もし、真っ暗も真っ暗だったら、私は絶望して闇にのまれていたかもしれない。そんなことを思いながら、ゆっくりと口を開いた。


「みんな、話してくれてありがとう。これが私の言っていたギャップ。ちなみに私も死にたい派。だから、スピカやレグルスが頑張っている話を聞くたびに、苦しかった。頑張りたくても、頑張れない人もいるんだよって。」


 再び沈黙が訪れた。長い長い沈黙だった。でも誰も、何も話そうとはしなかった。

 空には、飛行機のカラフルな光が輝いていた。屋上プールの水面は、時々吹く風によって揺れていた。


 沈黙を破ったのはレグルスだった。


「僕、そろそろ帰らないと。親には内緒で来てるからさ。バレたら大変だ。」


「親に内緒は当たり前だろ。」


 ミザールのツッコミに、みんなでつい吹き出してしまった。空気が少し穏やかになった。


「あーあ。なんだかな。むしゃくしゃする。ていうか、せっかく屋上プールにいるんだよ。泳がないとそんでしょ。」


 スピカはそう言って、いきなりプールへと飛び込んだ。


「あっ、ズルい。俺も泳ぐ。」


 ミザールも続く。


「アークちゃんも一緒に泳ぐ?」


 ポラリスに誘われて、私もプールへ飛び込んだ。


「もう、こんな時間に制服でプールに入ったら風邪引くよ。って、小学生でもないんだから。どうせ着替え、持っていないんでしょ。僕、バスタオルならあるからはい。返さなくていいから、しっかりとふくんだよ。」


 レグルスは、笑いながらそう言って、タオルを置き帰って行った。

 私たちもすぐに上がり、急いで制服を拭いた。でも意味がなかったから、教室に置いていたジャージを着ることにした。ポラリスは不登校で教室にジャージがなかったから、落とし物のところにあった服を拝借した。


「なんかもう、怒られることとかどうでもいいや。うち今日のこと一生忘れないと思う。」


「だな、俺も今まで色々な悪いことしてきたけどよ、ここまでのことはなかなかないぜ。」


 私は、この時間が、ずっと続けばいいのにと願いながらも、みんなに声をかけた。


「今日でもう、みんなと会ったり話したりするのは、終わりにしよう。苦しくなったら、また他のコミュニティに所属すればいい。このままだと、きっと楽しいけれど苦しくなる。無理する人が出るのは嫌だよ。一度大きくなったらギャップを、小さくするのも違うと思うし。」


 みんなうなづいてくれた。薄々気付いていたのだと思う。このグループが長くは続かないことを。あとでレグルスにも伝えておかないとな。


「と言うことで、今まで本当にありがとうございました。これにて解散!」


「ありがとうございました。」

 

うっすらと夏の星がうかぶなか、

  アークトゥルスは、あかりへと戻った。






 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る