第5話
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7月27日 午前2時40分 屋上プールにて
私たちには俗に言うコードネームがある。
牛飼い座の アークトゥルス
乙女座の スピカ
獅子座の レグルス
こぐま座の ポラリス
おおぐま座のミザール
誰1人として、本名は知らない。どこに住んでいるのか、家族構成に、趣味や特技も知らない。けれどもただひとつ知っていること。
「この地球で、生きていくことが苦手」
私たちはこの共通点だけで集まっている。あとはみんな、同じ高校に通っているということくらいだろうか。
私が高校に入学して1ヶ月程たった頃、
#星になりたい人集合 でメンバーを募った。
特に深い理由はなかった。ただ、私自身生きるのに向いていなくて、おんなじような人が私の近くにもいたりしないかな、という好奇心からだった。
ちなみに、私のコードネームはアークトゥルスだ。長いから、アークと呼ばれている。
「アーク、今日は何をするの?」
「そうだよ。いつもみたくネットでのチャットじゃ、ダメだったのかよ。」
スピカとミザールが、不思議そうな顔をして聞いてきた。確かにいつもは、インターネットのチャット欄でお話をしている。
誰かが眠れないと嘆けば、誰かが話を聞く。誰かが生きていくことに絶望していたら、みんなで支え合った。嬉しいことだって、すぐに皆で共有した。
私たち一人ひとりは、細くて脆い柱しか持っていなかったけれど、5本でまとまれば立派な柱になった。ひょんなことでは折れない柱ができた。
私にとって、このグループは、かかけがえのない居場所になっていた。みんなと出会えてよかった。この気持ちに嘘はない。でも心のどこかで、もやもやしていたのも事実だ。
(この気持ちはなんだろう…)
私は今日、この気持ちを確かめるためにみんなを深夜の学校に呼んだのだ。
「今から何をするか発表します!」
私はセルフでドラムロールをした。
「ダラダラダラ…ダン! 天体観測!」
そう言うと同時に、私は背中に隠していた天体望遠鏡をみんなに見せた。
「でかっ。本物初めて見た。これお前の?」
ミザールが少し興奮気味に聞いてきた。
「ううん。天体同好会の部室からパクってきちゃった。どうせ誰も使ってないから、バレないと思うし。」
「すごーい。ポラリス、プラネタリウム大好きだから嬉しい。アークちゃんとありがとう。大好き。」
「いや、でも本当にいいのか?不法侵入に窃盗罪。立派な犯罪だと思うんだけど。」
真面目なレグルスは、眼鏡の奥で心配そうな瞳をしていた。
「うん、分かってる。今私たちがやっていることは犯罪。だから先生には怒られると思うし、警察にもお世話になるかも。それでも私はここで、みんなと集まりたかったの。巻き込んじゃってごめんなさい。」
「うちは、アークのことが好きだよ。大切だと思ってる。でも、これはだめ。ごめんじゃすまされない。はっきり言って迷惑。」
スピカは、目をうるうるさせて言った。
「僕もこれはダメだと思う。流石に、やっていいことと悪いことの判断はしないと。」
レグルスは、さっきよりもはっきりとした口調で、アークのことを咎めた。
「でも、お前たちだって今ここに来てるじゃないか。本当にダメだと思ったら、深夜の学校はいけねえだのなんだの言って、先に止めるべきだったんじゃれ。それに不法侵入はいけないことなんて、百も承知だろ。俺はいけないことだと分かってて来た。お前らは違うのかよ。」
ミザールが言った。
「何、自分は正しいみたいな言い方してんの。ありえない。いけないことはわかってて来た、なんておかしいよ。」
スピカまでイライラし始めている。きっとミザールの言葉に、少し納得してしまった部分があったのだろう。
「今ごろ悪いことしたってなんてことないよ。もともとポラリス達はどこかおかしいんだからさ。せっかくなら楽しんだ方がいいんじゃない?こんなふうに言い争うなんて、死にたがりの人間らしくないよ。」
耳をすまさないと聞こえないくらいの小さな声で、ポラリスは言った。
「みんな、ごめんなさい。でも喧嘩をしたかったわけじゃない。今日集まりたかった本当の理由は、このギャップをどうにかしたかったんだよ。」
「ギャップ?アークさん、しっかりと説明して欲しい。」
レグルスは言った。
「うん。そうだね。
私、アークトゥルスはね、ずっと死にたいと思っていたの。いつからかな?あんまり覚えてないんだけど、いつの間にか漠然とそう思ってた。もう消えたいな。どうして生きてるんだろうなって。特にいじめられてもないし、虐待もなかったんだけどね。
で、そんなときに、みんなと出会った。それからは少しだけ生きやすくなったかな。まぁ、この地球で生きていくのも、そこまで悪くないかもって。
でね、みんなも少しは、同じように思ってくれていると思うのだけどどうかな。」
「ウチは本当にそうだよ。アークがいて、レグルスやポラリス、ミザールがいたから今があって、最近はさ、部活動にも本気で取り組んでみようと思えるようになったんだよ。」
「僕も同じ。親からのプレッシャーに押しつぶされそうだったところを、救ってくれたのはみんなだった。今はもう、親とも和解できたしね。」
スピカとレグルスは言った。一方で、ポラリスとミザールはだんまり。居心地が悪そうな顔をしている。
「スピカ、レグルス、ありがとう。」
私は続けた。
「じゃあ、ポラリスとミザールはどう?いま、頑張って生きようと思ってる?それともまだ、星になりたい?」
少しの沈黙の後、声を出したのはミザールだった。
「俺もみんなと出会えて、まぁ、なんというか、どっちかといえば、よかったと思ってる。でも目の前に、今すぐ死ねるボタンがあったら押すだろうな。多分、迷わずに。」
「ポラリスもそうかな。みんなとお話をするのは大好きだけど、別にそれが生きがいとか、生きる理由とかにはならないんだよね。」
もう誰1人として、星を見ようとはしていなかった。そして気がついた。ここは東京だ。星なんて、なかなか見えないに決まってる。でもこの明るすぎる夜に、何度救われたことだろう。もし、真っ暗も真っ暗だったら、私は絶望して闇にのまれていたかもしれない。そんなことを思いながら、ゆっくりと口を開いた。
「みんな、話してくれてありがとう。これが私の言っていたギャップ。ちなみに私も死にたい派。だから、スピカやレグルスが頑張っている話を聞くたびに、苦しかった。頑張りたくても、頑張れない人もいるんだよって。」
再び沈黙が訪れた。長い長い沈黙だった。でも誰も、何も話そうとはしなかった。
空には、飛行機のカラフルな光が輝いていた。屋上プールの水面は、時々吹く風によって揺れていた。
沈黙を破ったのはレグルスだった。
「僕、そろそろ帰らないと。親には内緒で来てるからさ。バレたら大変だ。」
「親に内緒は当たり前だろ。」
ミザールのツッコミに、みんなでつい吹き出してしまった。空気が少し穏やかになった。
「あーあ。なんだかな。むしゃくしゃする。ていうか、せっかく屋上プールにいるんだよ。泳がないとそんでしょ。」
スピカはそう言って、いきなりプールへと飛び込んだ。
「あっ、ズルい。俺も泳ぐ。」
ミザールも続く。
「アークちゃんも一緒に泳ぐ?」
ポラリスに誘われて、私もプールへ飛び込んだ。
「もう、こんな時間に制服でプールに入ったら風邪引くよ。って、小学生でもないんだから。どうせ着替え、持っていないんでしょ。僕、バスタオルならあるからはい。返さなくていいから、しっかりとふくんだよ。」
レグルスは、笑いながらそう言って、タオルを置き帰って行った。
私たちもすぐに上がり、急いで制服を拭いた。でも意味がなかったから、教室に置いていたジャージを着ることにした。ポラリスは不登校で教室にジャージがなかったから、落とし物のところにあった服を拝借した。
「なんかもう、怒られることとかどうでもいいや。うち今日のこと一生忘れないと思う。」
「だな、俺も今まで色々な悪いことしてきたけどよ、ここまでのことはなかなかないぜ。」
私は、この時間が、ずっと続けばいいのにと願いながらも、みんなに声をかけた。
「今日でもう、みんなと会ったり話したりするのは、終わりにしよう。苦しくなったら、また他のコミュニティに所属すればいい。このままだと、きっと楽しいけれど苦しくなる。無理する人が出るのは嫌だよ。一度大きくなったらギャップを、小さくするのも違うと思うし。」
みんなうなづいてくれた。薄々気付いていたのだと思う。このグループが長くは続かないことを。あとでレグルスにも伝えておかないとな。
「と言うことで、今まで本当にありがとうございました。これにて解散!」
「ありがとうございました。」
うっすらと夏の星がうかぶなか、
アークトゥルスは、あかりへと戻った。
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