桜吹雪に君咲う

 ユキちゃんがうちに来てから一年が経った。僕は中学2年生、もうすぐ3年生になる。相変わらず学校には行ってない。


 そして今日は先生がうちに来る日。食事も喉を通らないくらいに緊張している。


 ……来た。

 玄関チャイムの音がする。




「冬真ー、先生いらっしゃったよー」




 うん、分かってるよ母さん。ちょっと待って。心の準備が。もうちょっとしたら行けるから。


 5回くらい深呼吸をして、ようやく僕は覚悟を決める。自分の部屋のドアを開き、そっと階段を下りて、母さんたちが話している玄関へと向かった。




「あら、冬真くん。久しぶりですね。元気でした?」


「…………」




 ど、どうしよう。なんて答えれば……。……あれ? 僕は元気だったのかな? 元気だった? そんなに元気じゃなかった? どれが正しい答えなの?




「トウマ! ユキチャン! トリトリチャン!」




 突如、リビングの方からそんな声がした。ユキちゃんがおしゃべりしている声……。


 そうだね、ユキちゃん。トリトリチャンだね。

 そんなことを考えたら、ぐっと力が入っていた肩が少しだけ楽になった気がした。




「……まあまあ元気でした」


「……! そうなんですね。私もまあまあ元気でしたよ」


「……それはよかった、です」




 僕の答えは合っていたようだ。久しぶりにユキちゃんと母さん父さん以外と話したかもしれない。

 でも、思ったより大丈夫でよかった。

 僕が話すのを待ってくれて、優しく穏やかに話してくれて。先生にありがとうと伝えたいくらいだ。




「ユキチャン! トウマ! ダヨー!」


「……ユキちゃん、今日は絶好調ね」


「……うん、応援してくれてる気がする」




 今ならいつもより少しだけ多く話せる感じがある。

 ユキちゃんパワーは最強だから。




「冬真くん、そのユキちゃんっていうのは……?」


「……ユキちゃんは、青と白の羽が綺麗なセキセイインコのこと、です。最近おしゃべりしてくれるようになって。さっきの声もユキちゃんの、です」




 やはりユキちゃんパワーは最強かもしれない。家族以外の人にすらすらと話せたのなんていつぶりだろう。


 ……先生、怒ったりしてないよね?

 突然不安になってきた。様子を伺うと、なぜか目を見開いている。




「……先生?」


「ああ、ごめんなさい。冬真くんがたくさんお話ししてくれて嬉しくて、驚いてしまいました」




 先生、僕が話すのが嬉しいんだ。確かに先生の前ではほとんど話してなかったかもだけど。




「さて、一つ大切なお話しをしていいですか?」




 大切なお話し……、先生がうちに来たのはこの話をするためだろう。

 僕はいいよの意味を込めて頷いた。




「来月から3年生になりますね。ついては、冬真くんの卒業後の進路をどうするかを決めたいです。今すぐにとは言いませんが、早めに決めておいた方が安心ですからね。なので、希望する進路があれば、お話ししてもらえると嬉しいです」




 僕の中学卒業後の進路、実はもう決まってる。だいぶ前から母さんたちと話してたから。

 ……伝えないと、だよね。




「……あの」


「はい、なんですか?」


「……進路、……通信制の高校にしたい、です」


「分かりました。教えてくれてありがとうございます——」






 それからしばらく話して、先生は帰って行った。疲れたせいか話したこと半分も覚えてないけど。

 まあなんとかなってよかった。




「冬真、話せたね」


「うん、よかった。これもユキちゃんパワーのおかげ」


「ユキチャン! パワー! トウマ!」


「相変わらず絶好調ね。それに冬真のことが大好きみたい」


「……嬉しい」




 ユキちゃんはいつも僕を笑顔にしてくれる。最高の友達だ。

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