花火大会3
七月二十三日――。
涼は美優に花火大会を一緒行けない事について、謝罪のメッセージを送っていた。
メッセージはすぐに既読となり、美優から返信が来た。
「えっ、そうなの? 残念だなぁ……」
「本当にごめん……」
少し間が空いて、美優からの返信が届いた。
「ううん、大丈夫だよ」
涼は美優の明るい返信に少し安心したが、それでも胸の奥にはわずかな罪悪感が残った。彼はもう一度返信を書き始めた。
「ありがとう」
美優からこれ以上返信が届くことはなかった。
涼はスマホを机の上に置き、深いため息をついた。美優の明るさが彼を少し救ってくれたが、それでも彼は先約を優先しなかったことを思うと少し心が痛んだ。
涼の部屋には静けさが戻り、遠くから聞こえる夜の音が彼の心に染み渡っていった。
七月二十五日――。
夏の夕暮れ、涼と凛は賑やかな花火大会の会場に足を踏み入れた。凛が涼を誘ったこの花火大会は、地元で毎年恒例の大イベントだった。
付き合っている二人にとって、花火大会というのは特別な夏の思い出を作る機会になるだろう。
涼と凛が手を繋ぎながら屋台の通りを歩くと、様々な香りと賑やかな声が周囲を包んでいた。焼きそばやたこ焼き、綿菓子などの出店が並び、浴衣姿の人々が楽しそうに行き交っている。二人はまず金魚すくいの屋台に立ち寄った。
「見て、リョウくん! 金魚すくいだよ!」
凛は子どものように目を輝かせて言った。
「懐かしいなぁ。やってみるか?」
涼は微笑んだ。
凛が真剣な表情でポイを手に取り、水面をじっと見つめている。彼女の集中した表情に、涼は微笑を浮かべた。
「先に涼がやってみてよ。どれくらいすくえるか見てみたいな」
凛が言う。
「よし、じゃあやってみるか」
涼は屋台のおじさんからポイを受け取った。
涼は冷静な表情で金魚を狙い、水中にポイを差し込んだ。慎重に動かしながら金魚に近づけたが、あと少しのところでポイが破れてしまった。
「うわっ、やっぱり難しいな」
涼は苦笑いを浮かべた。
凛はそんな涼を少しからかうような様子で得意げに言った。
「ほら、涼でも難しいんだから」
「次は凛の番だな。見せてもらおうか」
涼は腕を組んで見守った。
凛は慎重にポイを水中に差し込み、ゆっくりと金魚に近づけた。涼が驚くほどの集中力で、凛は一匹の金魚をすくい上げた。
「やった! 見て、リョウくん!」
凛は歓声を上げた。
「すごいな……!」
涼は凛が金魚をすくえるとは思っておらず、感心して言った。
「実は私、金魚すくい得意なんだ! 子どもの頃よくしてたからね!」
凛は嬉しそうに金魚を受け取った。
次に二人は射的の屋台に向かった。涼が銃を手に取り、狙いを定める。
「凛、景品どれが欲しい?」
「これがいいかも! 取れるの?」
凛は並んでいる景品で、可愛らしいマスコットのぬいぐるみを指して言った。
「まかせてよ」
涼はそう言いコルクを先端に詰めると、冷静に狙いを定め、一発で的に命中させた。
ぬいぐるみは反動で半回転し、そのまま下に落ちた。
「すごい! まさか一発で落としちゃうなんて!」
凛は涼が一発で落とすとは思っておらず、驚いたような表情をしている。
「これは、まあ慣れだよ。凛もやってみたら?」
涼は照れながらそう言うと凛に銃を渡した。
凛は少し緊張しながら銃を構え引き金を引いたが、狙った的とは全く違う方向へ飛んでいった。
「全然当たる気配がないよ……」
できそうにない凛に涼は少しアドバイスをした。
「もう少し左の方に向けて見て、少し上を狙う感じで撃ってみて」
「この辺?」
「もう少し……、そこ」
涼に言われたまま凛は引き金を引いた。すると今度は的をかすめることができた。
「やった! ちょっとだけ当たったよ!」
凛は喜びの声を上げた。
「凛は呑み込みが早いんだよ」
涼は微笑んで凛を褒めた。
その後、二人は綿菓子を買い、涼が持っている綿菓子を一口食べる凛の姿に微笑んだ。
「この綿菓子、本当に美味しいね!」と凛は笑顔で言った。
「そうだな。甘くて美味しい」と涼は同意した。
二人は次にりんご飴の屋台に立ち寄り、1つずつ買って食べ始めた。涼はりんご飴の甘さに驚きつつも、美味しそうに頬張る凛の姿に心が和んだ。
「リョウくん、これも食べてみて」
凛は自分のりんご飴を涼に差し出した。
「ありがとう。おいしいね」
涼は凛の食べかけのりんご飴を少しドキドキしながら一口食べた。
そして、花火の打ち上げられる時間が近づいてきた。二人は川沿いの開けた場所に移動し、花火の始まりを待っていた。
「リョウくん、今日は本当にありがとう。こんなに楽しい時間を過ごせて嬉しいよ」
凛は静かに言った。
「俺も楽しかったよ。誘ってくれてありがとう」
涼は素直に応じた。
その瞬間、空に大きな花火が上がり、夜空を鮮やかに染めた。凛と涼は見上げながら、その美しい光景に心を奪われた。
花火が打ち上がり始め、夜空に色とりどりの花火が咲き乱れた。涼と凛は手をつなぎながら、花火の音と共に心が高鳴るのを感じた。涼は凛の手を少し強く握り、その温かさを確かめた。
「リョウくん、見て! あれ、すごく綺麗!」
凛は感嘆の声を上げた。
「本当に綺麗だな。こうして一緒に見られてよかった」
涼は静かに言った。
凛は涼に寄り添い、その肩に頭を乗せる。
「リョウくんと一緒にいられて、私も嬉しい」
凛は穏やかに笑った。
次々と打ち上がる花火が二人の顔を照らし、その光が彼らの心にも暖かさをもたらしていた。涼は凛の笑顔を見つめ、その瞬間が永遠に続けばいいと願い。この想いでを忘れたくないと思った。
「凛、来年もまた一緒に来ような」
涼は言った。
「もちろんだよ。来年も再来年もその次もずっと見に来よ! 約束!」
凛は飛び切りの笑顔で答えた。
涼と凛は再び花火に目を向け、その美しさに心を奪われた。花火の音が夜空に響き渡り、その下で二人は静かに寄り添っていた。
「リョウくん、今日は本当にありがとう。リョウくんと一緒にいると、毎日が特別な日になるよ」
凛はしみじみとした声で言った。
「俺も同じ気持ちだよ、凛。君と一緒にいると、本当に幸せだ」
涼は心からそう思って言った。
二人はその後も花火が終わるまでずっと手をつないでいた。花火大会が終わり、人々が帰り始める中、涼と凛はゆっくりと会場を後にした。
「今日は本当に楽しかったね」
凛は嬉しそうに言った。
「ああ、またこういう時間を過ごせるといいな」
涼は凛の言葉に同意する。
二人は帰り道を歩きながら、これからも共に過ごす時間に思いを馳せていた。涼と凛の間には、これからもたくさんの特別な瞬間が待っているだろう。
美優は、花火大会の会場に到着し、夜空に浮かぶ色とりどりの花火を見上げながら、胸に押し寄せる寂しさを感じていた。いつもは明るくて活発な彼女の顔には、今は微かな陰りが見える。
「しょうがないよね」
と自分に言い聞かせるように呟く美優。しかし、その言葉の裏には、どうしても拭い去れない失望感があった。やっとの思いで涼と約束したが、
美優は、周りを見渡してみる。カップルや家族連れが楽しそうに花火を見上げ、笑い声が響いている。その光景を見て、美優の胸はますます重くなった。
「一人で来るなんて……やっぱり寂しいな」
心の中でつぶやく。
彼女はゆっくりと歩き出し、少し離れた場所にあるベンチに腰を下ろした。
花火の光が、彼女の顔を一瞬照らし出すが、その光の中で美優の目には涙が浮かんでいるのがわかった。
「涼君と一緒に来たかったのに……」
美優が繰り返し思い出すのは、涼に断られたときのこと。
「
美優は思う。普段は明るく元気な彼女も、今夜ばかりはその強さを保つのが難しかった。
大きな花火が夜空に広がり、その光が美優の顔を再び照らす。彼女は一瞬、その輝きに見とれながらも、すぐに現実に引き戻される。
「
彼女は心の中で願いながら、また1つ、大きな花火が夜空を彩るのを見上げた。
彼女の明るい笑顔は戻らなかったが、どこか不思議な雰囲気が漂うその姿は、周りの人々の目を引いた。
美優は花火の音に耳を傾けながら、夜空を見つめ続けていた。
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