デジャヴ
五月二十日(2回目)――。
朝日が窓から差し込み、涼は目を覚ました。見慣れた天井が視界に広がるが、何かが違う気がした。頭がぼんやりとしたまま、彼はベッドからゆっくりと起き上がる。
「おかしいな……なんだか、変な夢を見てたような気がする……」
涼は枕元に置かれた携帯を手に取り、時間を確認した。7時半。特に変わったことはない。だが、胸の奥に引っかかる感覚が拭えなかった。まるで、重要なことを忘れているような、不安定な気持ちが彼を包んでいた。
学校への道すがら、涼はふと見覚えのある光景に足を止めた。道端の花壇、近くの公園、いつも利用するコンビニ。全てがいつも通りのはずなのに、なぜか違和感が押し寄せる。
「なんだろう、この感じ……」
授業中も、その奇妙な感覚は涼を離れなかった。特に理由もないのに、デジャヴのような感覚が何度も襲ってくる。黒板に書かれた内容、教室の雰囲気、友達との会話。全てが既視感を伴い、彼の中で不協和音を鳴らしていた。
「これ、前にも経験したような気がする……けど、いつだったんだ? まさかタイムリープの影響……」
涼は悪い想像をかき消すように頭を振った。
そんな涼を心配して、凛が声をかけようとした。しかしそれはほんの数秒、美優より遅かった。
「涼君、どうしたの? なんか元気ないね」
美優が心配そうに声をかけた。
「いや、なんでもないんだ。ただ、なんか変な感じがして……」
「そっか。でも、涼君が元気ないと私も心配だな。何かあったら隣なんだから何でも言ってね」
涼は一言「ありがとう」とだけ返した。
「そういえば、今日の放課後、涼君に勉強教えてほしいって思ってたんだけど、いい?」
「いいよ。俺も残ってするつもりだったし」
涼はこの既視感の原因を美優に聞きたいと思っていたため、美優の誘いに乗った。
「やった! ありがとう」
美優は涼の考えなど
二人のそんなやりとりをバレないように見ていた凛は、自分も涼と一緒に勉強したいと思っていたが、美優が涼と話す時の嬉しそうな表情を見ると、その気持ちを口に出すことはできなかった。
「凛ちゃ……白石さんも一緒にどうかな?」
美優は帰ろうとしていた凛に聞く。
「ごめん。私、今日用事あるんだ! だから勉強は二人でお願い! また明日ね」
そう言って凛は逃げるようにして教室を去った。
「残念だね……」
「まぁ、仕方ない」
「私たちも行こっか」
二人は鞄を肩にかけ、まだ生徒が残り少し騒がしい教室を後にした。
放課後の学校、廊下にはほとんど人影がなく、静けさが漂っていた。窓から差し込む夕陽が長く伸びた二人の影を床に映し出している。涼と美優は並んで歩いていた。
「テストはどう? いけそう?」
美優がふと口を開いた。明るい声の中にもどこかぎこちなさが感じられる。
「別に、いつも通りだよ」
涼は視線を前に向けたまま、冷静な口調で答えた。
「すごいや! 私はちょっと心配だな……」
「だからいまから勉強しに行くんだろ?」
涼は淡々と答える。
涼はふと立ち止まり、美優の目を見つめた。
「美優、君に聞きたいことがあるんだ」
「改まってどうしたの?」
涼は一呼吸置くと、低く乾いた声で問うた。
「最近、タイムリープしなかったか……?」
美優の表情が一瞬固まるがすぐに冷静さを取り戻し、目をそらした。
「涼君と出会ってからは使ってないよ」
「本当か? 君は俺が初めてタイムリープしたときそれを言い当てた。その時はただの偶然かと思っていた。でも最近、同じ光景を見たような気がするんだ。デジャヴってやつだよ。俺がタイムリープしたときはしっかり過去に戻った感覚や記憶があった。でももし別の誰かがタイムリープしたとしたら? 記憶はなくても感覚だけが残るんじゃないか? 今の俺みたいに。そしてそれはあの時家に来た君もそうだった。俺がタイムリープしたことで感覚だけ残っていた。だから誰かがタイムリープしたと分かったんじゃないか? 君は装置を使えば使った人以外の記憶や意識、感覚はなくなると言っていたが、感覚だけは別だ。でもみんなが残るわけじゃない。一度でもタイムリープをしたことがある人に限られる。そして俺はタイムリープをしたわけじゃない。俺が知っているタイムリープができる人は一人しかいない……」
涼はその瞳に疑念と期待を込めて、美優を見つめた。
美優はしばらく沈黙した後、微笑んだ。
「……つまり私がタイムリープした……と?」
「ああ、そうだ。俺に何か隠していないか……?」
涼はその視線を逸らさず、美優の表情を読み取ろうとしていた。
「何も隠してることなんてないよ。それに私はタイムリープもしてない……」
美優は涼の視線を避けるように前を向き、歩き始めた。
「涼君の言っていることはあってるよ。感覚が残るのは本当。してないってのも本当。私は涼君がしたのかと思ってた。だからこうして涼君と残りたかったんだよ!」
「じゃあなんで凛も誘った? 結果的には二人になれたが、もし来ていたらその話はできなかっただろ?」
「……絶対断るって確信があったから」
「そうか……。じゃあ、俺たちじゃないとしたら、俺たち以外に誰かタイムリープできる人がいるってことか?」
「それは私にもわからない。もしそうだとしても、誰かってのはわからないよ」
「……なるほど。疑って悪かった」
涼は少し肩をすくめながらも、その疑念を完全に捨てきれなかった。
「大丈夫だよ!」
やがて図書室の扉が見えてきた。涼は扉を開け、美優を先に通した。二人は適当な席に座った。
涼は机に広げた教科書とノートを見つめ、黙々と勉強に集中していた。その向かいには、美優が座っており、彼女の明るい笑顔が一瞬だけ涼の視界に入る。
「ねぇ、涼君」
美優が軽い声で呼びかける。
涼はペンを止めることなく聞き返す。
「どうした?」
「……私と花火見に行かない? まだ先で七月二十五日なんだけど」
「花火大会か……」
涼はペンを止めると、顔を上げ美優の方を見た。
「そう、花火大会! 行ったことある?」
涼はかなり昔の記憶を引っ張り出す。
「昔、家族と一緒に行ったことはあるけど、それ以来行ってないな」
「そうなんだ。じゃあ、一緒に行こ! 約束ね」
美優は目を輝かせながら提案する。
涼は彼女の笑顔に引き込まれ、顔をそらした。しかし、彼の心には奇妙な既視感が湧き上がってきた。
この場面、この提案、この会話……。まるで以前にも同じようなことがあったかのような気がする。しかし、それがいつ、どこでだったのか、涼には思い出せなかった。
「これもタイムリープの影響か……」
小声でつぶやいた涼の言葉は美優に聞かれており、美優は心配そうに声をかける。
「……大丈夫? またデジャヴなの……?」
「ありがとう、大丈夫だ」
涼はペンを握り直し、勉強に戻った。
涼の心の奥底には、花火大会の楽しみが小さな光として灯っていた。しかしそれには奇妙な感覚が残っていた。
美優の心中には、涼と過ごす時間がますます特別なものとなっていく予感があった。
彼女の明るさの裏には、涼に対する強い好意が隠されていた。そして、彼を花火大会に誘うことで、二人の関係がさらに深まることを期待していた。
一方、涼は美優に対して明確な感情を抱き始めていたが、それをどう表現すべきか悩んでいた。彼の冷静な性格が、感情の揺れ動きを隠してしまうことが多かった。
しかし、美優の存在が彼の心に小さな波紋を広げていることは間違いなかった。デジャヴのような感覚も相まって、彼の中で何かが変わり始めているのを感じていた。
涼はその日の夜、もし自分が今日の朝にタイムリープすれば、昨日にタイムリープした人物がわかるのではないかと思い、美優から時計を借りられないか考えていた。
しかし涼はすぐに自分があさましい考えをしていたと、考えることをやめた。
「それだけのことでタイムリープするなんてどうかしていた……」
美優はタイムリープするたび、結晶に詰まっている時間が減っていくと言っていた。家族や凛、美優に危険なことが起こったときに使えるよう些細なことでは使わない方がいいだろう。
涼はそう心に決め、部屋の明かりを消し眠りについた。
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