試験と約束
五月二十日――。
涼がタイムリープ装置を見つけてから一ヶ月ほど過ぎた。タイムリープのことはまだ凛やほかの人たちには話していない。なぜなら美優が言うには、タイムリープすれば装置を使った人以外の意識や記憶、感覚などは置いていかれるため、装置のことを話してもタイムリープすれば結局知らないのと同じ状態になってしまう、ということらしい。
凛に話せばとても興味を持ちそうなことなのは間違いないが……。
またこの一ヶ月、美優の方から過剰な接触はなく、普通のクラスメイトのような関係だった。涼も美優がそうしているならと自分から特にすることはなかった。
そして今週は中間試験が控えている。涼と凛はその勉強をしている最中だった。
静寂が支配する図書室の片隅、長いテーブルに向かい合って座る涼と凛。木漏れ日が窓から差し込み、涼の淡々とした表情を柔らかく照らしていた。
涼は無駄のない動きで問題集に目を走らせ、冷静に解答を書き込んでいく。その横顔は一切の迷いがなく、まるで次々と答えが浮かんでくるかのようだ。
対照的に、凛は机の上に広げたノートと参考書を行き来しながら、時折思い出したようにペンを走らせていた。
凛の明るい性格が表れているように、ノートにはカラフルなペンで書き込まれたメモやイラストが散りばめられている。
「リョウくん、ここが分からないんだけど……」
凛が少し困ったような顔をして、涼にノートを差し出す。
涼はペンを置き、凛のノートを覗き込んだ。
「うん、ここはね……」
涼は淡々とした口調で説明を始める。彼の声は静かな図書室に響くが、決して耳障りではなく、むしろ心地よいリズムを感じさせる。
凛は真剣に耳を傾け、涼の説明を一言も逃すまいとする。
「なるほど、そういうことか!」
凛は目を輝かせて感嘆の声を上げる。
「ありがとう。リョウくんやっぱり頭いいや!」
涼は少し照れたように笑いう。
「ありがとう」
彼は一言そう返し再び問題集に目を戻し、黙々と解答を書き進める。
凛もまた、涼の説明に納得すると、意欲的にノートに向かい始めた。彼女の手元には、新たなアイデアや解答が次々と生まれていく。凛は時折、窓の外を見て気分転換を図りながらも、集中力を途切れさせることなく勉強を続けていた。
時間が経つにつれ、二人の間には静かな連帯感が生まれていた。
涼の冷静さと凛の明るさが絶妙に交じり合い、互いに良い影響を与え合う。凛がまたしても難問に直面すると、涼は自然とサポートに回り、凛の理解を助ける。一方で、凛の積極的な姿勢が涼に刺激を与え、彼もまた自身の勉強に一層集中するようになった。
しばらくして、涼がふと時計を見上げた。
「もうこんな時間だ。今日はこれで終わりにしようか」
凛は伸びをしながら、「うん、そうだね。かなり集中して勉強できたし、お腹も空いた!」と笑顔で答えた。
二人は静かに片付けを始め、図書室を後にした。外に出ると、夕日が空を赤く染めており、一日の終わりを告げていた。
「ねえ、リョウくん。帰りにパンケーキ食べに行かない? 私のおすすめのカフェがあるんだけど」
凛が提案した。
涼は少し驚いた表情を見せたが、すぐに微笑んで「いいね。パンケーキなら疲れも吹き飛ぶかも」と答えた。
二人は並んで歩きながら、凛が案内するカフェへと向かった。
カフェの扉を開けると、甘い香りと温かな雰囲気が二人を迎え入れた。テーブルに座り、メニューを見ながらどのパンケーキにするかを楽しげに選ぶ。
「このチョコレートパンケーキ、美味しそうだよね」と凛が目を輝かせると、涼は「じゃあ、俺はフルーツパンケーキにするよ。シェアして食べよう」と提案した。
注文を終えた二人は、勉強の話や他愛のない話をしながら、パンケーキが運ばれてくるのを待った。やがて、ふんわりとしたパンケーキがテーブルに並び、その美味しさに二人の笑顔がさらに広がった。
「今日も勉強頑張ったし、このご褒美は最高だね」
凛が嬉しそうに言うと、涼も満足そうに頷いた。
パンケーキを前にした凛は、少し緊張しながらフォークを手に取った。
「ねえ、リョウくん。このカフェ、どう?」
「すごくいい雰囲気だね。凛が見つけたの?」
涼が興味深げに聞く。
「うん、ここに来ると落ち着くんだ。リョウくんと一緒に来られて嬉しい」
凛は少し照れながら答える。
「俺も嬉しいよ。勉強の後のこういう時間は大切だ」
涼はそれに微笑んで答えながら、一口パンケーキを食べた。
涼はその瞬間、自分がどれだけこの時間を楽しんでいるかに気付いた。勉強は好きだが、こうして凛と過ごす時間は、特別なものだと感じる。
彼女の笑顔や楽しそうな声が、彼の心を穏やかにし、心からの幸せを感じさせていた。
凛は涼の言葉に胸が温かくなり、密かに自分の気持ちを確かめるように涼の顔を見つめた。その瞳に映る涼の姿は、いつも冷静で頼りがいがあり、彼女の心を強く引きつけていた。
「リョウくん、これも食べてみて」
凛はそう言って自分のチョコレートパンケーキを差し出す。涼は嬉しそうに「ありがとう」と言って、一口食べた。
「本当に美味しいね」と涼が言うと、凛は「でしょ!」と嬉しそうに笑った。
二人はその後も互いにパンケーキをシェアしながら、笑い合ったり、勉強の話をしたりと楽しい時間を過ごした。
涼はふと、こんなに自然に笑っている自分に気付き、凛と過ごすこの時間がどれだけ特別かを実感していた。
凛もまた心の中で、涼とこうして特別な時間を共有できることが何よりも幸せだと感じていた。
「あのさ、リョウくん……。七月の花火大会、一緒に行かない……?」
凛は一瞬迷ったように視線をそらし、頬を赤らめた。彼女の心の中でドキドキと高鳴る鼓動を感じながら。
涼は驚いたように眉を上げた。心臓が一瞬止まりそうになるほどの驚きと、心地よい緊張が彼の胸を満たした。
「花火大会か……。いつぶりだろう」
涼の脳裏にいつかの記憶が浮かぶ。
「毎年行われてる大きな大会で、いつか行きたいなって思ってたんだ……」
「うん、いいね! 行こう」
「本当に? 約束だよ!」
凛は嬉しそうに笑い、目を輝かせた。
「じゃあ、試験頑張らないとだね!」
涼は彼女の決意を感じ取り、うなずいた。
「うん、約束するよ」
凛の頬はまだ赤く、涼も少し緊張している様子だったが、二人の間には温かい空気が流れていた。
凛は涼の返事を聞いて、心の中で安堵の息をついた。彼女は自分の気持ちを伝える勇気を出したことにほっとしながらも、まだ先の約束に胸を高鳴らせていた。
涼は凛の照れた表情を見て、少し緊張したが、同時に心が温かくなるのを感じた。
「また一緒に来よか」
涼が言うと、凛は頷きながら「うん、絶対に」と元気に答えた。その瞬間、凛の心には小さな幸せの種が芽生え、彼女の涼に対する想いが深まっていくのを感じた。
店を出た二人を夕焼けの光が暖かく包み込む。
凛の明るさと涼の冷静さが絶妙なバランスを保ちながら、静かな時間がゆっくりと流れていった。
花火大会という新たな約束が、二人の心を繋げていた。
夜の静寂が辺りを包み込む中、美優は古びた時計を手に持ち自室でぼんやりと立っていた。
窓から差し込む月明かりが彼女の顔を優しく照らし、その表情には決意が浮かんでいた。
美優は古びた時計の針を一本、少しだけ動かす。
「涼君……。私は最低だよ……」
美優そう言うと、時計の裏蓋を開き輝く結晶に触れた。
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