第8話(後半)

 斧を買った。エルフの村の長老の手下から奪った剣を持っていたが、この細い刀身では、固いゴーレムの身体に当たった途端にへし折れてしまうだろうと考えてのことだ。重い武器を用いては、素早さというティルザの一番の持ち味が死んでしまうが、そこはアリーネの強化魔法でカバーするつもりだった。

 呪術使いの老人の家は、草を踏み倒して作られた細道の最奥にあった。近くに川が流れ、そこから水路を引いて、家の周りをぐるっと囲む深そうな堀に繋げている。堀には橋が一本だけ掛かっていて、渡ってすぐの所に土色した大きな塊がうずくまっていた。

「あれだな。それじゃ、頼む」ティルザが塊を見据えて言った。

「――エンハンス・アジリティ。――エンハンス・ストレングス。――ハーデュン・ウェポン」アリーネが、ティルザ自身とその斧に、立て続けに魔法を掛けた。

 ティルザが橋に足を載せた途端、大きな塊はさらに上に伸び、横に広がり、五体を持った姿に変化した。知識としてはあったが、実物をこうして見ると、流石にゴーレムはでかい。高くて広くて分厚くて、まさに大きな壁のようだ。

 それでもティルザは怯むことなく、ゴーレムに掛かっていった。両手で斧を斜めに振りかぶり、橋の上を突進してゆく。アリーネの魔法のおかげで、斧の重さは普通の剣ほどにしか感じない。

 ティルザは跳ねた。そして、その落ち際で斧を振り下ろした。斧はゴーレムの脳天に真正面からぶち当たり、確かな手応えを感じたティルザは勝利を確信した。

 しかし、次の瞬間、ティルザは背筋に悪寒を走らせた。頭に斧の刃先をめり込ませたゴーレムが、それを物ともせず、パンチを放つべく右腕を引いたからだ。ゴーレムのパンチなどをまともに食らっては、ひとたまりもない。

 ティルザは斧を手放し、着地と同時に後ろに跳んだ。

 ゴーレムのフックがティルザの顔面のすぐ傍を空振りした。

 ティルザは背中を地面に強く打ちつけ、呻いた。

 ゴーレムはすかさず片足を振り上げ、ティルザを踏みつけてきた。

 ティルザは咄嗟に横に転がり、これを避けた。

 避けた先に地面はなく、ティルザは堀の水の中にドボンと落ちた。

「駄目だ。勝てる気がしねえ。依頼はキャンセルしよう」濡れたティルザが水路から上がってきて、みじめったらしく言った。

「駄目よ。やっぱり無理でしたなんて、今更言えない。そんなこと言ったら、それ見たことかと絶対笑われる。大丈夫、まだ一回戦が終わっただけ。次は必ず勝てる」アリーネが声を励まして言った。



 次は武器を替えて挑戦しようとアリーネが決めた。ティルザには、それだけのことで勝てるとも思えなかったが、アリーネは言っても聞かない。街に帰って、あちこち訊いて回って、最も評判が良いと思われる武器専門の鍛冶屋を訪ねた。鍛冶屋の店主は、中年のドワーフだった。

「ゴーレムを倒せる剣を作って欲しいの」アリーネがいきなり言った。

「そんなもんはできない」ドワーフが即答した。

「街一番の名工と聞いて来たけど、あなたでも無理なの?」

「違う。どんなに良い武器を作っても、使い手がへぼなら、どうにもならないということだ」

「つまり、それが可能な剣自体は作れるのね」

「もちろんだ」

「じゃあ、作って。ここに居る彼女、頭は悪いけど、剣の腕は確かだから」

「……へえ、そうかね。まあ、仮にそれが本当だとしても、今は無理だ」

「今は、ってどういうこと?」

「ゴーレムの固さに負けないだけの強度を持った素材が今ここには無い。もし、あんたら、先週の内に来てれば、里の親戚から仕入れたミスリルインゴットがあったんだがな」

「ミスリル……それ本当?」

「ああ」

「ミスリルって何だ?」ティルザが訊いた。

「軽くて固くて魔法との相性がいい希少金属。武器の素材として、この上ない物。で、そのミスリル、どうしたの? 売り切れちゃったってこと?」

「いや、そうならどんなに良かったか。実は、お上に押収された」

「どうして?」

「密輸の罪に当たるとかなんとか」

「申請はしなかったの?」

「するわけない。んなことしたら、目ん玉飛び出すほど税金取られちまう。あー失敗した。酒場で酔って自慢したのを、誰か聞いて、ちくりやがったんだな。ほんと、アホなことした」

「……そのインゴット、今、どこに保管されているかわかる?」

「東門の傍にある税関の倉庫だろ、たぶん。押収品は全て、そこに収められてるはずだから。そして、来週初めの競売に出されるんだろうな」

「インゴットの量は?」

「三キロ。長剣を四本は作れる量だな」

「もし私たちがそのインゴットを取り返して来たら、そのインゴットから剣を一本、ただで作ってくれる?」

「いいぜ。そんなことが、ほんとに出来ればな」

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