第四章 下賤にして野蛮だがへっぽこではねえ!

第15話

 森を北に抜けると、遠くに山の連なりが見える。旧街道は徐々に右へと曲がっていき、やがてその山並みに沿って、向きを東へと変える。道を進むにつれ、山は少しずつその高さと緑とを減らしていき、しまいに現れる台形の禿山の麓に、鉱業で栄えるハッチマーンの街があった。

「やっと着いた。早く宿を探して、さっさと食って寝よう」少し猫背になったティルザが、弱々しい足取りで街の門を潜りつつ、力の無い声で言った。

「少し余計に掛かっても、お風呂のある所にしましょ」瞼を半分落としたアリーネが、自分の後ろ髪をつかんで前に回して嗅いで、ちょっと顔をしかめながら言った。

 エルフの村を出てからここに着くまでに足掛け七日を要した。三日目に、老人しかいない寂れた村を見つけて一宿一飯の施しを授かったが、あとは全て、野宿で夜を明かさざるを得なかった。良質な睡眠を取れず、携帯食も食べ尽くした二人は、共に今にも倒れ込みそうなほどに疲れ果てていた。

 宿はあちこちにいくらでもあった。しかしそのどれも、出稼ぎの坑夫がねぐらにするような安宿ばかりで、風呂の付いているようなまともなものはまるで無かった。路上に、宿の客引きを見つけて、アリーネが尋ねた。

「お風呂のある宿に泊まりたいのだけれど、どこか良いところ知らない?」

「知ってるよ。だけど、あんたらには……」客引きが、野宿でくたびれ果てた二人の容子を、値踏みするように見ながら言った。

「お金なら、少しはあるわよ」

「風呂付きの二人部屋だと、一泊で二十万リブラほどは掛かるが、本当に大丈夫か?」

「それはちょっと……もう少し、安い所は無いの?」

「無いことは無いが、そこの他は全て、男と混浴の大浴場しかない」

 金が無いわけではない。ネピエルで墓荒らしを倒して稼いだ賞金の三十万リブラが、まだ、あまり減らずに残っている。が、一泊二十万リブラは、流石に贅沢が過ぎる。

 ティルザは反対した。風呂に金を使うぐらいなら、そのぶん、美味い飯を食った方がいい。しかしアリーネは徹底して風呂にこだわり、絶対に譲る気色を見せなかった。

「その宿、飯は付いてるのか?」ティルザが客引きに訊いた。

「もちろんだ。この街で一番立派な宿だからな。出される料理も、他ではちょっと食えない上等なものばかりで、どれもめちゃくちゃ美味いぞ」

「肉も出るのか?」

「今日のメニューは訊かんとわからんが、その晩飯に肉が一皿も出ないなんてことは絶対にない」

 金はまた稼げばいいとティルザとアリーネは合意して、客引きに先導を促した。



 風呂に入って食べて寝て、ティルザとアリーネは完全に元気を取り戻した。朝飯も食い溜めとばかり、おかわり自由のパンとサラダを食えるだけ食った。給仕の女が、浅ましいとでも言いたげに、あからさまに嫌な顔をしていたが、二人ともそんなことは気にしなかった。次はいつ、こんなちゃんとした飯が食えるかわからないのだ。

 二人はチェックアウト時間のぎりぎりまで食堂に居座り、後ろ髪を引かれる思いで、宿を出た。そして、満たされた腹を時々さすりつつ、中心街の外れにあるという傭兵ギルドに向かった。

「もっと報酬の良い依頼は無いのか?」ティルザが少し苛立って言った。よそ者だからか、女と思って甘く見ているのか、ギルドの男は、手間が掛かるばかりの安い仕事しか紹介しない。

「無いことは無いが、他は、大の男でも敬遠するような難しい依頼ばかりだ。お前らなんかにはとてものこと」

「いいからそれらも紹介しろ」

「まあ、紹介するだけなら」と、ギルドの男は面倒くさそうに背後の棚から紙の束を持ってきて、一枚ずつめくっていき、ほどなく手を止め「ゴーレム退治の依頼が来てる。どうだ、やるか? ハハ、冗談だ。誰も引き受け手が無くて、もう三か月以上、ほったらかしにされている案件だ。これは流石にな。他には――」

「待て。その依頼、詳しく」

「おいおい、聞き違えたか? 詳しくも何も、相手はゴーレムだぞ。お前、わかってるのか?」

「いいから」

「……ここの街から五キロほど離れた何にもない所に、偏屈な年寄りがポツンと家を構えて一人で住んでいた。その年寄りは呪術を専門にした魔法使いで、ゴーレムを一体造って、家の守りにした。爺さんは籠りきりで自身の研究にいそしみ、家から出てくることは決して無かった。生活に必要な物は、都度、ゴーレムの活動を一時的に止めて、配達させていた。ところがある時から、外からどんなに呼びかけても、爺さんからの反応が返ってこなくなった。どうやら、家の中で一人くたばってしまったらしい。で、困ったことにはその爺さん、ゴーレムに対する魔法を解かずに逝っちまったもんだから、いまだにそのゴーレム、律儀にその家を守って、動き続けてる」

「そのゴーレムの活動範囲は?」

「家の敷地内に限られてる」

「だったら放っとけばいい。誰もそこに近づかなければ、やがて魔法の効き目も切れて、ゴーレムも動かなくなるだろ」

「その爺さん、元はこの街の君主のお抱え魔法使いでな。つまり、かなりの高給取りだった。その金がその家に残ってる。彼は若い時から研究一筋で、女にも美食にも芸術にも興味を示さなかったという話だから、おそらく、ほとんど手つかずのままで。その遺産を、手広く事業をやってる彼の一人息子が早急に回収したがってる。事情は知らんが、とにかく急ぐらしい。あるいは最近不景気で、銀行は金を貸し渋ってるから、もしかすると、運転資金が足りてないのかもな」

「なるほど、それでゴーレム退治か。で、報酬は?」

「百万リブラ」

「やる」

 ティルザは即決した。ギルドの男は呆れた顔をして、しばらく言葉を失っていた。

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