第7話

 開いた棺桶から身を起こしたのは、黒いローブを着た中年の男だった。すぐに、他の三方の隅の棺桶も次々とその蓋を開き、やはり、同じ黒ローブを着た、こちらは全て若い男達がそれぞれ立ち上がった。二人が追ってきた五人の内の四人に違いなかった。

「見た感じ、やはり、ただの墓泥棒ではなさそうだな。何者だ、お前ら?」ティルザが大声で訊いた。

「恵まれない子供たちを支援する慈善活動家だ」中年の男が真顔で答えた。

「嘘つけ!」

「もちろん冗談だ。どうせ、お前ら死ぬんだし、本当のことを言っても仕方なかろ」

「大人しく捕まる気はなさそうだな」

「女二人で何ができる?」

「あいにく、ただの男を四人斬り伏せるぐらい、あたしには何でもないことなんだよ」

「よほど腕に自信がありそうだな。だがこれを見たら、顔色も変わろうて」

「なんかあんのか? もったいぶってないで、とっとと見せろよ」

「わかった。それじゃ、期待に応えてやろう――出でよ、ゾンビども!」

「なに!」

 ゾンビと聞いてティルザは身構えた。アリーネと背中を合わせて、まだ開いていない左右の棺桶に目を配る。

 しかし、何も起こらない。二人は緊張して、さらに五秒十秒と待ったが、それでも何も起こらない。辺りはただひっそりとして、ロウソクの影が揺らめくのみ。

 二人が不審を感じ始めた頃、男たちの内の一人が、控えめに声を上げた。

「あの、主任、もっと大きな声で。奴らみんな、耳が遠いですから」

「うむ、そうか、わかった」中年の男は頷くと、今度は声を張り上げて「起きろ、ゾンビども! 起きろ、起きろ、起きろー!」

 若い三人も中年を真似て、同様に叫びだした。男たちの声が滅茶滅茶に反響して、やかましいことこの上ない。

 ティルザが呆れて見ていると、ようやっとのこと、棺桶の蓋が一つ、また一つと開きだした。中から現れたのは、もちろんゾンビだ。それぞれ、のっそりと棺桶の外に這い出て、気だるそうに立ち上がる。

「きしょっ! 臭っ!」

 まさに動く死体だった。全身腐り爛れ、何かの粘液でぬめり、骨が見えていたり、内臓がこぼれかけていたり、片目が眼窩から出てぶら下がっていたり。今や、全ての棺桶が開き、ゾンビの数は十六を数えた。

「ゾンビどもよ、食事の時間だ。あの女どもを食っていいぞ」中年の男が笑って二人を指さしながら言った。

 ゾンビ達が両手を前に伸ばして向かってきた。数が多い上に初めての相手で、ティルザはどう攻めればよいものかちょっと戸惑った。ただ、動きは遅い。順に倒していければ、囲まれるようなことはなさそうだ。

 ティルザは、先頭を来る一匹に掛かっていき、正面から斜めに斬りつけた。

 ゾンビは倒れた。ティルザはほっとした。この程度の相手なら十匹でも二十匹でも平気だと思う。

 が、それも束の間のこと。ゾンビはすぐさま上体を引き起こすと、また何事も無かったかのように立ち上がり、ティルザに向かってきた。

「げ、何だ、こいつ」顔をしかめたティルザが後ずさりしながら言った。

「言っとくけど、ゾンビはなかなか死なないわよ。いや、既に死んでる彼らに対して、死なない、という表現は変ね。まあ、何というか、とにかくそいつら、すっごくタフに出来てるから、そのつもりでがんばって」アリーネが他人事のように言った。

 ティルザは同じゾンビに対し、さらに何度も斬りつけた。しかし今度は、なかなか倒れない。やっとのことで倒れても、またすぐに起き上がり、歩み寄ってくる。

「ちょ、待て、こっち来んな、わっ、止めろ!」

 両手を斬り落とされたゾンビが、ティルザの剣に胸を串刺しにされたまま、大口を開けて、彼女にもたれかかってきた。

「おい、これ、どうすりゃいいんだよ?」ティルザが、ゾンビのひどい口臭に顔をしかめながら、嘆くように訊いた。

「いくらゾンビでも首を斬り落とせば、流石に動かなくなるわよ」アリーネが言った。

「こいつ、首が座ってなくて、常に頭をカクンカクンと揺らしてるから、狙いが定めにくいんだよ」

「あんたの腕ならそのぐらい、どうとでもできるでしょ。踏み込みが足りないのよ。びびってんじゃないわよ」

「びびってねえ。ただ気味が悪いだけだ」

「しょうがないわね」

 アリーネがティルザのすぐ背後から、杖の頭をゾンビの身体に突きつけて、何やら呪文を唱えた。

「――キュア・ウーンズ」

 ゾンビの動きがはたと止まった。そして、全身から急に力が抜けたようにだらりとし、その重みで自然とティルザの剣から滑り落ちた。ゾンビはその場に倒れ伏し、今度はもう、立ち上がる気配を見せなかった。

「お前、攻撃魔法も使えたのか?」ティルザが驚いた表情で言った。

「今のは攻撃魔法じゃないわ、回復魔法よ」アリーネがちょっと得意そうに言った。

「どうして回復魔法で相手が倒れるんだよ」

「そんなの知らないわ。でも、そういうものなのよ、アンデッドに限って。先人の教えは偉大ね。じゃ、次、行くわよ。あなたは今みたいに、ただ私の壁になってくれればいい」

 二人は同じ要領で、次々とゾンビを倒していった。

 ゾンビの数が減っていくにつれて、黒ローブの男たちの顔から血の気が退いていった。「こらっ、ゾンビども、もっと速く動かんか!」などと無理な注文も聞こえてくる。残り五匹まで減らした時点で、アリーネが言った。

「疲れた。ちょっと休む。あとはあんたが倒して」

「言ったろ、こいつら斬りにくいって」

「足を狙えば。歩けなくしちゃえばいいのよ。這ってきたら、手も斬っちゃう」

「お前やっぱり鬼だよな……でもまあ、そうだな。てか、先に言え」

 何とか残りも片付けた。黒ローブの男たちは奥の通路へと逃げ出した。ティルザは、逃げ遅れた一人の背中を捕まえて、フードを剥ぎ、床の上に退き倒した。

「お前ら一体何者だ? ここで何をしている? そして何を企んでいる? 今すぐ全部吐け。さもなきゃ斬るぞ」

「フッ、誰がそんな脅しに屈するものか。例え、斬られたって――エッ」

 ティルザが剣を横に振り抜いていた。上体を起こして座っていた男の頭が首から外れて、床に転がった。

「生きた人間が相手なら、見事に斬れるのね。てか、なに証人、殺しちゃってるのよ」

「奥に行けば、まだ予備がいるだろ」

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