第40話
ドラゴンをやり過ごしたニナは、また裏の玄関の方へと戻って、ふたたび建物内の広場に出た。そこはおそらく、ドラゴンの飼育場として使われているに違いなく、何かそのドラゴンの弱点の手掛かりでも、その辺りにありはしないかと思ってのことだ。彼女は玄関脇に掛けられたオイルランプを外して、広場の先へと歩いていった。
奥の片隅に、割としっかり造られた家屋のような建物が立っていた。入口の扉が開いて、中から光が漏れている。覗き込むと、野良着の中年男が一人、豚か何かを捌いて、その肉塊を手押し車の荷台の上に積み重ねていた。
「こんばんは」ニナが明るい声で呼びかけた。
「誰だ!」男が驚いて振り向いた。
「驚かせて、ごめんなさい。今夜、総主教様のお相手に呼ばれて、ピーラッカの街から来た踊り子です。今、ここのあちこちで何だかよくわからないけど、とにかく酷い騒動が持ち上がってるみたいで、ちょっとこの小屋に避難させてもらえないかと」
「お前が猊下のお相手?」男はニナの年齢を怪しんでいるようであったが、やがてポツリと「年増に飽きて、その反動かな」
「何をされてるんですか?」
「ん、これか? これは朝飯の準備だ。ここで飼っているある生き物のな。今ちょっと散歩に出ているが、じき、戻ってくるからな」
「赤いドラゴンが通路を壊しながら出ていくのをちょっと見ましたけど、あれですね」
「……ん、そうだ。やっぱりお前も見てたか。今まで一部の者を除いて、秘密裡に育ててきたんだが、あれではもう……」人の好さそうに笑って、男が言った。彼一人、ここに居る他の男達とは少し雰囲気が違う。あるいはそのドラゴンを飼育する為に、信者とは別にどこかから雇われてきたのかもしれない。「あの姿見て、どう思った? 恐かったろ」
「それはもう。おじさん、すごいですね。あんな恐ろしげな怪物の世話をしてるなんて。襲われたりしないんですか?」
「ああ、それは大丈夫だ。孵った時からずっと飼っているからな。といっても、やっと一年ぐらいのもんだが、とにかくもう懐いてる」
「それでも相手は馬や牛とは違うし、時には何かむずかって、言うことを聞かないなんてこともあるんじゃないですか?」
「ふふん、確かにな。しかし、そんな時にはこれがある」男は腰に短剣を佩いていて、それを自慢そうに鞘の上から叩いてみせた。
「実力で言うことを聞かす、ということですか? でも失礼ながらおじさん、ドラゴンに勝てるほど強そうには見えませんけど」
「ハハハッ、もちろん俺自身にそんな力は無いよ。だが、この剣が特別なんだ」
「見たところ、どこにでも売ってそうな、その短剣がですか?」
「そうだ。これは実は特殊な素材と工法で打ち鍛えられた剣でな。その呼び名をドラゴンスレイヤーという」
「へえ……天にましますラムーホ神よ、我に力を貸したまえ――」
「ん、お前、急に何をブツブツと……」
「――己が天職に忠実なるこの下僕に、恩寵たる深く心地よい眠りを――スリープ」
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