第38話
短い間隔で並んだ壁灯りに隈なく照らされた通路が真っすぐに伸びていた。三人はその左右に嵌ったドアを順次開け、中の様子を確認しつつ、先へと進んでいった。
それぞれの部屋の中は、どこも殺伐としていた。そのたいていは壁際に簡素な本棚が立ち並ぶか、整理前の書籍が床に乱雑に積み重ねられているかで、そうでなければ、何かの生き物の標本や様々な実験器具などを収めたガラス棚が据えられている。例の男の証言に依ると、ここらに総主教とやらが住んでいるはずであるが、それらしい雰囲気や生活感といったものは、どこにもまるで窺えなかった。
途中の分岐は無視して直進し続けた。突きあたりのドアを開けて、ようやく個人の住居らしい家具調度を見た。壁に絵が掛かり、花瓶から花があふれ、天蓋付きの大きなベッドの上には何かの抜け殻のように毛布が乱れている。ティルザがシーツに手を触れて、どこか得意げに歯切れよく言った。
「まだ少し温かい」
「そんなばっちそうな物、あんた、よく平気で触れるわね」
部屋が幾つか繋がって、末に裏に出るらしい簡素な玄関があった。ティルザはこれを、おやと思う。火口の上から見た聖堂は非常に広く奥深で、ここまでいくら足早に来たといっても、まだそれを縦断しきるほどには全然進んでいないはずなのに。あるいは自身の気づかぬうちに、方向を見失ってしまっていたか。
思えば、通過してきた部屋々々には、全て灯りが点け放しになっていた。単に、逃げるに慌てた主人の消し忘れとも考えられるが、もしかすると、ここへと誘うために敢えてそうしたのかもしれない。何か罠が掛かっていて、このドアを開けた途端、ドカンと来るのではないか。ティルザはノブに手を掛けたまま、動けなくなってしまった。
「今さら何をびびってんのよ」アリーネが、ティルザの気持ちを正確に読んで言った。
「びびってなんかない。慎重になってるだけだ」ティルザが苛立たしげに言い返した。
「急がないと、総主教とやらに逃げられちゃうでしょ」
「そう言うなら、お前が開けろ」
「そんな危ないこと、他人に押し付けてさせようなんて、あなた、見下げ果てたずるい女ね。仕方ない。ニナ、あなたが開けて」
「……罠の有無なら、私の魔法でたいていわかると思いますけど……調べますね」
その時、来た方角から、男達の喊声や怒声が急速に近づいてきた。ついに、礼拝所の祭壇横のドアが破られたらしい。ニナが呪文を唱え終えて「罠はありません、たぶん」と八割がた保証した。ティルザがドアを開け、一歩を踏み出した。
そこは、高い天井まで全て吹き抜けた巨きなガランドウになっていた。周りは石の外壁に囲まれているものの、地面は土で、何か目的があってそうしているのか、単にまだ工事の途中なのかはわからない。明かりは、玄関の左右に変哲もないオイルランプが点いている他に、外壁に沿ってところどころ、大きなたいまつが燃えている。しかし、それだけでは、この広い空間を全て照らすにはとうてい足りず、それらの付近以外はほとんど真っ暗だ。その真っ暗な中を、遠くからこちらに向かって、ゆっくりとだが着実に近づいてくる、何か巨大な生き物の気配があった。
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