第13話

 下の階に降りた。造りは上と変わらない。ただ、通路の壁に、ランタンの灯りが定間隔で点いていて、どこも隈なくほの明るい。アリーネはメイスの光を消した。

 奥に向かって進むうちに、一匹のゴブリンに出くわした。ゴブリンは三人の姿を認めると、その背を見せてすぐに逃げ出し、ほどなく、十匹ほどの仲間を連れて戻ってきた。

 これに対しティルザは、躊躇なく突っ込んでいった。自在に剣を振るい、次々と斬り倒してゆく。しかし、倒すそばから新手が続々と駆けつけてきて、その数は減るより増える方が速い。やがて、後方からもゴブリンの集団が寄せてきて、三人は通路の途中で挟まれた。

「私達のことは気にしないでいい。前方の敵に集中して」アリーネがティルザに言った。

「どうする気だ?」ティルザが訊いた。

「どうするも何も、戦う以外に仕方がないでしょ」

「大丈夫か?」

「自分の身ぐらい、自分で守るわよ」

「二人とも、がんばってくださいね」ニナが他人事のように言った。

「あんたも手伝いなさいよ」

「攻撃魔法はあまり得意じゃないんです」

 アリーネが何か呪文を二つ三つ、立て続けに唱えた。メイスの頭が青白く光り、彼女はその下端の木の柄を両手で握って、身体の前に構えた。

 先頭のゴブリンが勇んで、アリーネに飛び掛かってきた。アリーネはこれを打ち払うべく、ほとんど反射的にメイスを横に振った。これがたまたま相手の頭に見事なカウンターとして入り、ゴブリンはその頭骨を潰される嫌な音と共に、横の壁まで吹っ飛ばされて、ずり落ちた。

 他のゴブリンはこれを見て、慎重に間合いを取った。アリーネも、あえて自らは打ち掛からず、相手の出方を待ち受けた。時々浅く打ち合ったが、どちらも深くは踏み込まず、ゴブリンの威嚇の声ばかりが猛々しい。尚、ニナは、アリーネの背後に隠れて、声援を送るのみだった。

 一方、ティルザはその間も、派手にゴブリンを斬りまくっていた。広くもない通路に死骸が重なり、彼女はそれを踏み越えては、さらに死骸を量産してゆく。当たるところ敵なしで、ほとんど鬼神の働きと言っていい。

 しかし、彼女は内心で、少し焦り始めていた。というのも、既に三十匹以上のゴブリンを一人で倒し、かなり疲れてきている。そろそろ回復魔法でも掛けてもらわないと、自分の体力がいつまで続くかわからない。

 ティルザはちらと振り返った。アリーネは懸命にメイスを振るって、自らを襲ってくる敵の棍棒や短剣を必死に打ち払い続けている。他人の面倒を見る余裕などは、とても無さそうだ。ティルザは改めて目前のゴブリンの混雑を眺め見て、いよいよ不安を募らせた。

 その時、通路の奥の方から、何か呼びかけるようなひときわ高い鳴き声が響いた。それを聞いたゴブリン達は急速に静まり返ってゆき、それまでの騒々しさが嘘のように辺りがしんとした。ティルザの耳に、自身の速まった鼓動の響きが、いやに大きく聞こえる。

 ゴブリンらは、既にギュウギュウ詰めになっているところを、さらに身体同士を密着させて、通路の左右に寄った。真ん中に道ができ、そこを一匹の大きなゴブリンがゆっくりと歩いて向かってきた。

 そのゴブリンの大きさは、異常と言っていいほどに群を抜いていた。ティルザよりも頭二つ分ほど背が高く、横幅も相応にあり、ほとんど別種の趣がある。面構えも立派で少し賢そうにも見えて、彼がここのゴブリン達の大将であることは一見して明らかだった。

「ココヲサレ、スグニ。シニタクナケレバ」大きなゴブリンが、ティルザの眼前に無造作に突っ立って言った。

 ティルザは耳を疑い、目をしばたたかせて、その巨体を見上げた。まさかゴブリンが人間の言葉を発するとは。

 ニナがいつの間にか傍に来ていて、驚く様子もなく、大きなゴブリンに言い返した。

「お断りします。私達は目的があって、ここに来ました。その目的を達しない限り、戻るつもりはありません」

「オレタチ、マダマダ、タクサンイル。スベテコロス、ムリ。ソノニンゲンノオンナツヨイガ、ソノウチハラヘリ、トマル」

「私達は、あなた達ゴブリンを殺しに来たわけじゃありません。私の姉がここの一番奥の部屋に捕らわれているらしく、それを助けに来たまでです。ここを通してください。そうすれば、あなた達にこれ以上、危害を加えるつもりはありません」

「……アノ、マホウヲツカウニンゲンノオトコドモヲ、コロスノカ」

「その必要があれば」

 大きなゴブリンは左手を顎にやり、視線をあらぬ方へ向けた。ニナの申し出について、考えているらしい。ティルザは緊張したままその様子を見守り、アリーネも自身の相手と黙って対峙したまま、こちらの様子をちらちらと気にしている。

 やがて、大きなゴブリンは結論を得たらしく、あっちとこっちの仲間達に聞こえるように何か大声で喚いた。するとゴブリン達は全て潮が引くように通路を一斉に戻ってゆき、あとには三人と大きなゴブリンだけが残された。大きなゴブリンが「ツイテコイ」と言って、先に立って歩き始めた。

 三人は、大きなゴブリンの導くままに従った。その背を襲えば、たぶんたやすく倒せたろうが、ティルザにはその不用意さが何だか却って不気味で、訳もなく手が出なかった。やがて、ある十字路に出ると、大きなゴブリンはその一方を指して、ぼそぼそと言った。

「ズットオクマデ、マッスグイケ。トチュウノヘヤハ、スベテキニスルナ」

 大きなゴブリンはそれだけ言うと、あとはさっさと、三人が何か言う間もなく、他の一方へと去っていった。

「ここまで素直について来ちゃったけど、まさかこの先に罠が仕掛けられているとか無いでしょうね」アリーネが言った。

「騙すつもりなら、他に幾らも機会はあったと思いますよ。彼らとしても、ここの一画を占める魔法使いの男どもが排除されれば助かるんじゃないですか。私達が返り討ちにあったところで、自分達には何の損もないでしょうし。あのホブゴブリン、まんざら馬鹿そうでもなかったので、そのぐらいのことは考えついたと思いますよ」ニナが言った。

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