第8話 うさぎの水星人!
私とスアは、ソフィーの前の大きな建物の上に立つ。うさぎの姿は、一切見えない。しかし彼らは大きな耳で聞き取る音は、些細な物音ひとつでどこにいるのか分かる。
うさぎの形をしているが目の良さは、人間と同じほどだ。なので、音で見つかれば必然的に居場所が割れる。
隣に並ぶスアが、軽く手を上げた。横目でその合図を確認して、こくりと頷いてみせる。
サッと飛び上がりスアは、隣の建物に移る。それを見送って、私はスコープを覗いた。軽くピントを合わせて敵の動きを確認する。
思い出し笑いのように、ソフィーは肩が震えて静かに笑っている。
(すごい真面目な雰囲気に飲み込まれてるけど。みんなこの格好なんだもんなぁ。そりゃ、笑えてくるよ)
私まで笑ってしまいそうになって、首を緩くふって誤魔化した。首を振ったことで、頭の紙風船が空気に揺らされる音がする。
こんなことをしている暇は、無い。これはれっきとした、それぞれの惑星をかけた戦いなのだ。
そう言い聞かせて、私はスコープを再度覗き込む。
(あ、あれは?)
微かに白いふわふわの耳と、硬い材質の宇宙服が見えた。一瞬ではあったが、スコープの中に映った。
私は、すぐさま合図を送る。先ほどのスアと同じ手を上に上げるのだ。インカムでの連携も取れるが、声を発するということは居場所を知らしめることになりかねない。
『どこに?』
「12時の方向です」
ソフィーから、方角のみ聞かれた。私も馬鹿ではない。最小限の会話にとどめておく。
一番近くにいるのは、イアンとシンのグループだ。2人は顔を合わせて、サッと建物から降りていく。
しゃがみ込んでいたスアが、急に立ち上がる。そして、黄色と赤のピコピコハンマーならではの色味を振り上げた。助走をつけて走って飛び降り、上空で滞在しているように見えた。
ふわりと紙飛行機が降りていくように、スアの身体は斜め前に進みながら降りていく。
(いやいや! 身体能力が高いレベルじゃないでしょ! )
スアは一直線に、水星人の頭についた紙風船だけを狙っている。近づいて大きく体を反らし、ピコピコハンマーを振り下ろす。
――ピッッ
高く可愛らしい音が鳴り響く。
そのこの空気感にそぐわない音に、私は思わず吹き出した。もはや、面白すぎて戦争どころの騒ぎではない。
(もう、無理だ。この空気感がさらに……笑いを誘って来るんだよっ!)
笑い声を上げないために、口を押さえておく。今ので自分の居場所をバラしたことにもなるので、一応辺りを見渡した。
(大丈夫。問題ない)
スコープの先にいるスアは、一個目の紙風船を破ったことで腰に手を当てて仁王立ちをしている。そして私のスコープの先が自分に向いていると思ったのか、手を振ってアピールをして来る。
(あっ、あ〜〜。あれも問題なし。っと)
私は目を瞑って、首を縦に振る。サッとスコープを動かして瞳を開く。ここへ来てから、私のスルースキルは上がった気がする。
――ピッ
――ピッ
(いや。この音を、スルーするスキルはまだまだ足りない……)
遠くから何度も叩き合う音が聞こえて来る。くすくすと笑うのをグッと堪えて、その方角にスコープを合わせた。ピントを合わせるために、レンズをぐるぐる回す。
「あっ……」
スコープは、何度ぐるぐる回しても真っ白を映し出す。
「や、やばっ」
私は、スコープから目を離しパッと顔を上げた。真っ白な視界に覆われた。それもそのはず。私の目の前に水星人が、立ちはだかっていたのだ。建物の上にいたのだが、いつの間にかこの建物の壁をよじ登ってきていた。
さっと身体を動かして、上から振り翳(かざ)されたピコピコハンマーから逃げる。
私のすぐそばで、可愛い音が鳴る。
――ピッッ
(あっぶなぁ!)
可愛い音とは裏腹に、後ろに結った髪が飛ばされそうになる程の風を受ける。
右腕を地面につけて身体を低くしているせいで、ただでさえ大きな水星人がさらに大きく感じられる。私も軽く飛んで、建物から降りていく。きらりと光る水星人の目に、少し汗が滲む。
再度私に向かってくるピコピコハンマーから、逃げるようにして建物の後ろに回り込む。
(絶対! 体格差とピコピコハンマーの大きさ、考えられてないでしょう!)
――ピュッ
私はこのままでは、埒が開かないと思いとにかく走った。スアのところに引き寄せて、挟み撃ちにでもすればこちらのものだ。
そう思って私は、さっと耳元のインカムでスアに話しかける。
「スア先輩っ。……今、追われてますっ! そちらに向かいます」
『もう! ボクがなんとかしてあげてもいいよっ!)
がむしゃらに走った。とにかく少しでも早く、足を動かしてスアのところに行かなければこの水星人にやられる。
「ハッ、ハア……」
心拍数はマックスになり、口から出てきてしまいそうになる。喉は乾いて口から吸い込むひりつく空気に、体内から冷たくなっていく。
痺れる指先を内側に握り締めて、最後の力を振り絞ってスアがいた場所にたどり着く。あんなに目と鼻の先にいた気がしたのに。この状況だからか、とても遠く感じた。
目の前が開けて、私はくるりと身体を翻して足を前に出して滑るようにして水星人の股下を潜り抜けていく。
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