第5話 シンのアピール


  うっとうしい程の、アピールを受けながらも先ほどまでいたフォースの部屋になんとか戻ってきた。ここまで無視を決め込んでいて、半泣き状態になったシンは私よりも小さく見えた。



「エマ、何かはなしをしてあげたら? 君たちは、同期になるんだから」


 先輩が、流石に可哀想だと感じたのか私にはなしをするように言ってきた。でも、私は話すことなんて何もなかった。

 仮に話題を振ったとしても、返ってくる言葉とキャチボールできる自信がない。だって、的外れな回答が返ってくると断言できそうだから。なので、私は話題を考えるフリをしてスルーしようとしていた。

 


 それを見抜いたのか、なにもアクションを起こさない私に先輩は視線で早くはなせと言ってくる。その視線に、私は致し方がないとため息をついた。


「あー、シン? なんで君はここへ来たの?」


 

 抑揚をつけたつもりだったが、かなり棒読みになってしまった。しかし、シンはそんなことは気にも止めず嬉しそうな顔をする。


「よくぞ、聞いてくれたな!」


 シンは目の輝きを取り戻し、胸を張っている。先ほどの小さくなっていたシンは、化け狐だったのかもと思えてくる。


(なんでもいいから、早く答えて)


 もったいぶっていて、シンは答えずふんっと鼻息を鳴らす。おそらく、私にもう一度質問を投げかけて欲しいようだ。


「めんどくさ」

 

(それで、なんで来たの?)



「お、おそらく! 心の声と反対になってるパターンなんじゃないかな?」


 わたわたとしながら、先輩の手が私の口をおさえた。どうやら、強く思った方が口に出てしまったようだ。しまったと思ったが、求めている言葉以外はどうやらシンの耳には届かないようだ。

 シンは、完全に自分の世界に入っていた。


「ふっふっふ! それはだな…… かっこいいからだ!」



 もったいぶって言う割に、期待していたものではなかった。そもそも、期待の微塵もなかったが。

 


 本当にもフォースなのかと、頭が痛くなる思いだ。



 そもそも地球警備隊になるには、難しい7つの惑星の言葉を話せなければならない。さらには先ほどから会議で使われている、太陽系の公用語である宇宙語。それに加えて、警備隊の中で使われている地球の公用語である、英語。


 合計9つの言語が、最低でも日常会話程度が必要になってくる。

 こんな言葉のキャッチボールすらできない人だ。他の惑星の言葉なんて話せないのでは? と疑いたくなった。



 中で仕事をする、シールドであればある程度問題ないかも知れない。でも前線で戦うフォースは、流暢に話せなければいけない。さらには、体力も必要なのだ。なかなか両立できる人が少ない。よって、地球警備隊の中でも隊員の人数が一際少ない。



(くだらない理由でしょ。本当にこれからが心配すぎる)



 眉を歪めて、いまだに胸を張って自慢をしているシンに冷たい視線を送った。先輩には、まぁまぁと落ち着くように促された。誰にでも優しいこの先輩が人気であることは、そういうことに興味のない私でも納得できる。



「そんなことより、ピコピコハンマーで戦うとか…… どうやってやります?」


 私は、無駄な時間を過ごしたく無い。こんなよく分からないシンのことは、一度おいておきたい。それよりも、地球を守るための戦いがピコピコハンマーとは。地球人なら誰も思い浮かばないだろう。どう戦うのか全くもって見当がつかない。

 

 私から放置をされていたシンでさえも、この話には食いついた。



「それなんだけど。君たちは、新人だしどのくらい能力があるのか模擬戦をやることになる。その結果を元に、戦略を練ることになるよ」


 私は、この意見に同意だ。この抜けているシンがどれぐらい使い物になるのか知っておきたい。見た目からして、力や体力面は心配なさそうだ。ただ、知的面が心配で戦いでいかに使えるのかが知りたい。

 同意の気持ちを表して、私は首を縦に振った。



「イアン! 絶対にボクのところに入れないでよ!」


 赤髪をツインテールにした童顔の女性が、ずいっと顔を覗かせた。仁王立ちをしていて、ツンっとした雰囲気を感じる。見た目だけで言えば、私よりも年下であろう。しかし、ここに入隊の出来る年齢は私が一番年下なのだ。それよりも先に入隊している時点で、私よりも年上であるのは明白だ。


「いやいや、スア? 僕たちが決めることじゃないんだよ」


 先ほどから説明をしてくれていた先輩は、どうやらイアンというらしい。そして、赤髪の女性はスア。彼女たちは、同じチームなようだ。先輩たちの自己紹介もなくここまで来てしまったので、会話の中から人の名前を推測することになる。



(この女の人、シンと同じで話聞かない系の人でしょ。また、めんどくさいタイプが増える……)


 私の気持ちと同じなのか、イアンも大きなため息をついている。そんな私の気持ちに気がつけないシンが、私のところにこそこそっとやってきて耳打ちをする。


「なぁ。結局、俺たちはどうしたらいいんだ?」


 そんなことを私に聞かれても正直、困る。だって、私もどうしたらいいか教えて欲しいのだから。思わず、私は眉をひそめてしまう。



「知らないよ」


 私の返事で答えが得られず、悲しそうな表情をされた。なんだか私が悪者みたいだから、そういう表情をするのは控えてもらいたい。

 私から回答が得られないのにも関わらず、シンは離れてくれない。後退りをするようにして、私は後ろに下がって距離を取る。


(あっちでもこっちでも、やかましい)


 そう思っていると、フォースの部屋が大きな音と共に開かれた。会議が終わり戻ってきたソフィーだった。


「君たち、仲良くなったのか。それはいいことだ」



 そう言って、ソフィーが声高々に笑った。正直、この状況を見てどこが仲良く見えるのか教えてほしい。完全に私とイアンは、嫌そうな空気感を漂わせているというのに。

 スアは、ソフィーの顔を見るや否やずんずんと歩いて近づいていく。



「部隊長! 仲良くないから、ボクのとこに入れないでよね!」


 スアは、部隊長であるソフィーに対しても物怖じしないどころかだいぶ馴れ馴れしい。人によって態度を変えないのは、いい意味でも悪い意味にも捉えられる。私からしたら、後者の意味にしか感じ取れないが。



「いつものをやりたいところだが…… 実は、水星人がもうすでに到着しているようだ。そんなことをしている暇がなくなった。だから、イアンとスアのグループに入れてあげてくれ」


 スアは、明らかに嫌な顔と共に嘆きの声をあげている。いま部隊長に直接懇願したのに、簡単に却下されてしまったのだからその顔をするのも分かる。



(いやでも、普通に考えて欲しい。私とイアンが一番嘆きの声を上げたいのでは?)



 案の定、イアンは額に手を添えて頭を緩く振っている。私も心の中で、同じことをしたい気分だ。しかし、部隊長の命令とあれば反対の声は上げられない。

 それに、もうすでに水星人が来ているとすれば悠長にしていられないのだ。


 ひとつため息を漏らして、私は返事をした。


「部隊長、わかりました。しかし、お互いを知らないので作戦会議ぐらいは許してもらえますか?」


 ソフィーは、ニヤリと笑って頷いて許可をくれた。その反応を見て、私はイアンに目線を移した。イアンは、私が二つ返事を返すとは思っていなかったらしく目を見開いていた。口を数回パクパクと動かして、観念したと言うように返事をした。


 先ほどまで、別部隊の女性陣から黄色い声を浴びていたとは到底思えない。


 

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