4ー3「二人と一匹」
ヒャリナ・シーリンス・ヘイアル・レレーフォル。
身体年齢は十五歳――のはずだが。
表情を引き締めていても分かる柔和な顔立ちと絹のように白い肌、身長は百四十五センチほどと小柄な体型も相まって、第一印象はそれよりも少しだけ幼く感じた。
動きやすそうな生成り色の簡素な和服のような衣は、色は皆違えど《記憶》で見た千年前や九百年前の島民たち、そしてチヨハも着ていたし、この島の民族服のようなものなのだろう。
彼女はその上にフードは外した状態で古びた茶色いローブを身に纏って、足には白い足袋と草履のようなものを履いている。
艶のある藤色の長髪の左上には、小さく控えめに様々な色に染められた藤の花柄の髪飾りを付けていた。
そしてそんな彼女はその透き通るような碧い瞳で僕たちに訝しげな視線を向けていた――
「誰? あなたたち。……って、ミミィル……!?」
ヒャリナは丁度、扉を開けて外に出てきたタイミングだった。
そして僕の肩にいるミミィルに気付いた途端、少し驚いているような表情を見せた。
「お久しぶりミル、ヒャリナ……」
突然の再会に、ミミィルが気まずそうに挨拶をする。
「あんたが……ヒャリナ……」
その間僕は、《記憶》、そして現代で見た彼女に出会えたこと、まだ無事であることに些かの感銘を受けていた……が、すぐに本来の目的、そして制限時間が少なくともあと半日ほどしかないことをを思い出した。
「……って、そうだ。ヒャリナ、村が……チヨハが危ないんだっ」
「……は? チヨハが――? というかどうしてあなた私とチヨハの名前を――」
突然何を言い出すんだ、と言いたげな視線を向けてくるヒャリナ。
だが、それをここで話している時間すらも勿体無い。
だから僕はちょっとだけ焦りの滲んだ声で言った。
「僕はアトタ。そんなことより理由は歩きながら説明するから、とりあえず付いてきてくれっ」
それを聞いたヒャリナは怪訝そうな顔で子首を傾げた。
○
「それ……本当なの……?」
山を下りながら、僕はヒャリナにこれまでの経緯を全て話した。
それを黙って聞いていたヒャリナの表情は、見る見るうちに青ざめていった。
彼女がおずおずと訊いてきた問いに、僕とミミィルはこくりと頷く。
「……ああ、本当だ」
「本当ミル……ヒャリナ、ミィのせいで本当に申し訳ないミル……」
ミミィルは僕の頭の裏に身を隠して、ずっと気まずそうにしている。
こいつは僕が想像している以上に、ヒャリナに対して罪悪感を抱いているのかもしれない。
何か声をかけてやりたいけど、当の本人であるヒャリナがどう思っているのか分からない内は、僕が慰めるのもまた違う気がする。
そんなことを思っていると――
「――!? アトタ! ヒャリナの様子がっ!?」
突然、ミミィルが大声を上げた。
僕は横を歩いているヒャリナに視線を向ける。
「本当に村とチヨハが……あ、ああ…………」
頭を抱えて呟いているヒャリナは、自身の瞳の光が徐々に消え始めていた――
「ダメだ! ヒャリナ! 落ち着け!」
僕は慌ててヒャリナの華奢な肩を掴んで正面から力強く揺する。
するとヒャリナはすぐにハッとした顔になって瞳の光を取り戻した。
「あれ……? 今私……? ……ごめんなさい……少し取り乱してしまったわ……」
ヒャリナはつい数秒前自身に起きた出来事をあまり思い出せないようだった。
「「…………」」
まだ頭が痛いのか、未だにこめかみを手で押さえて目を瞑っているヒャリナ。
そんな彼女に聞こえないように僕とミミィルは顔を見合わせて耳打ちをする。
「なあミミィル、今のって……」
「ミル、恐らくミィたちがヒャリナに急激な精神的ショックを与えてしまったからミル……。危うくミィたちのせいでヒャリナが元の未来と同じ状態になっちゃうところだったミル……」
やっぱり、そういうことか……。
僕は大分落ち着いたヒャリナに向かって言う。
「いや、僕が悪かったよ。ごめん、急にこんな辛い話をしてしまって……」
それに今回の件に関しては彼女自身にこれから起こる出来事なんだ。
焦っていたとしても、ありのままを一気に話す必要はなかっただろ……。
言われる側の気持ちも考えないで、何をやっているんだ僕は……。
「……ミィたちは今の状況を確かめるためにとりあえず村に向かっているところミル。それでヒャリナ、あまり気乗りはしないと思うミルけど、もし良ければヒャリナも一緒についてきてくれないミルか……?」
ミミィルが申し訳なさそうに言った。
「どこに向かっているかなんて、とっくに気付いてるわよ。……でも、いや……まあ……、なんていうか……私にとってあの場所は、あまり印象が良くないの……。もう私のことを知ってる人はいないだろうけれど……それでも……」
ヒャリナは浮かない顔で言い淀む。
そしてそれは僕も自分のことのように理解しているつもりだ。
けれど、やはり僕とミミィルの共通の目的――ヒャリナの未来を変える、の当の本人である彼女が一緒に行動してくれた方がこれから先、色々と事が効率よく進む――と考える点では、僕もミミィルに同意だった。
ヒャリナは俯きがちに少し考えた末に「でも」と呟いた。
「……わかったわ。チヨハにまで害が及ぶのなら、私も協力するわよ」
覚悟を決めたように言ってくれた――その時。
――キャァアアアアアアアアアアッッ!!
近くから、人間の甲高い悲鳴が聞こえてきた。
そしてその声を聞いた瞬間、僕は全身に悪寒が走った。
「おいおいこの声って……」
「あっちの方からミルっ!」
声の主には皆気付いているようだった。
青ざめた顔でヒャリナが呟く。
「チ、ヨハ……」
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