第三話 罅だらけの硝子
3ー1「積もり積もる雪」
―― 1020年 12月20日 ――
……寒い。
震えが止まらない。
冬枯れの大樹の下、真冬の吹雪が私を襲う。
座り込んで両膝に顔をうずめている私は、少しでも寒気を和らげようと自分の身体を抱えるような体勢を取り――思う。
――どうして私は、気付かなかったのだろう……。
ああ、少し考えたらわかることだったのに、どうして私も周りと同じように、当たり前の日常を過ごせると思い込んでいたのだろう……。
もっと、早く気付くべきだった……。
人智を超越したこの《
どうして、どうして……私は…………。
あれはつい先日の出来事だったのだが、今考えるとこうなることは、五年前から積み重ねられていた結果として、至って必然的だったと思う――
○
――話は二日前に遡る。
一年ほど前からもう既に、悪い意味で、私に対する態度を変える者は多かった。
いや、殆どだったと言える。
その原因は、島民たちが私の『とある事実』に気が付いたことに関係した。
それは――
レレーフォル家の長女は《
そう、
元々一五歳にしては小柄で幼げな見た目も相まって、二十歳でこの童顔と子供じみた外見は誰だって必然的に違和感を覚えてしまう。
そして、そんな私に不信感を抱きだした島民たちの中で、これもまた必然的に、決して本人には言わないものの、私の突拍子もない悪い噂が広まり出した。
小さな違和感も積み重なれば、いつしか恐怖に変わる。
故に案の定、次第に島民たちの私に対する認識も訝しくなっていき――結果的に。
いつしか私は村中で――忌避され始めた。
私はあの後、《ギミルマ》のこと島民たちに話す機会を見つけられず、そのまま今の今まで先延ばしにしてしまっていた。
そして今回、そんな私の迂闊な行為がまさに身から出た錆。
今現在、今更誤解を解こうとしても誰も話すら聞いてくれない(まあ本当のことを伝えたところで誰も信じてくれないだろうけれど)――という状況だった。
そんな居心地の悪い、苦痛の日々に終止符を打たれたのが、そう――二日前。
いつものように一人で晩飯材料の買い出しの途中、道沿いに商店が立ち並ぶ村の一画で――それは起きた。
食べ物、雑貨、衣類などなど、屋台や茣蓙に色々な商品が並べてあるここは村唯一の商店エリアということもあり、いつも人集りができて繁盛している。
けれど今は、私がここにきた瞬間その様子も途絶え、私から身を隠す者や、私を見つけた島民同士が陰口を叩くばかり。
しかもその陰口はわざと私に聞こえるように言っているのだろう、声量も大きい。
そのため今はざわざわとしている。
それは目元に影ができるくらい俯きがちに歩いている私からしたら、背後から近づいてくる人の気配に気付けないほどで――
散々自分が忌避されているのを知っていても尚、村から出ていかない私に腹を立てた村の若者の一人が――
「あんた気味悪いんだよ! 早くこの村から出ていけ!」
「ぐはっ……」
緊迫した声で怒鳴りながら、私の背中を押し倒すように蹴ってきたのだ。
地面に頭を強打した私は、打ちどころ悪く、頭から大量出血。
その箇所が血の水溜まりのようになる。
これには若者も流石にやりすぎたと思ったのか、はたまた私に怯えているのか、どちらともとれる表情を見せる。
うつ伏せで――大量出血。
苦しむ様子も見せず――微動だにしない。
まるで、殺害現場の死体のように固まっていた私だったが、数秒後――
「や……やっぱりだ…………」
不死身の肉体のおかげで即回復――立ち上がる。
何も知らない第三者から見ると、その一連の様子はまるで倒れても倒れても蘇るゾンビみたいだ(実際は死体でもなければ、そもそも死んですらいないのだが)。
それには若者は勿論、いつの間にか商店エリアにいる全ての人が足を止め、私を見て、怯えている。
その数人から、きゃー! と悲鳴も響く。
「…………」
私は立ち上がったものの、項垂れたままだった。
一瞬にして頭が真っ白になる。
普段は弱みを見せないためになるべく表情に出さないようにしていたけれど、きっと今の私はとても悲痛な面持ちをしているだろう。
重力に従い垂れた前髪が、そんな今の私の表情を隠してくれる。
ここに私の味方はいない。
だから顔を上げたところで、視線を向ける先がない。
私は静かに恐慌状態に陥っていた。
若者はそんな私の気も知らないで――いや、むしろ知っていたからこそか――冷や汗をかいて声を震わせながらも次いで追い打ちをかけるように言った。
「こ……こんなの人間じゃねえ……。お、お前は化け物だ……。そうやって俺たちに紛れて村を滅ぼす機会を狙っているのだろう!? そうだろう!?」
「そーだそーだ!」
「ああ悍ましい……」
「観念しろ! この災いをもたらす化け物め!」
「早くこの村から出ていけー!」
他の島民も若者に乗っかって私に罵詈雑言を浴びせる。
口を開いていない他の島民たちからも同意見と言わんばかりの怒りや怯えの目を向けられる。
はち切れそうなほどの恐怖心が私を襲う。
現実から目を背けたくて、ぎゅっと目を瞑る。
耐えるようにそれぞれの手を力強く握りしめて、全身が微かに戦慄いているのを自覚する。
鳴り止む気配のない罵倒の声々。
それを利用して若者は、私にだけ聞こえるよう小さく耳打ちをした。
「あ、あんたには確か十歳の弟さんがいたよなあ……?」
「――!?」
パッと目を開ける。
モカの話題を出され、私は思わず動揺してしまう。
「お、俺たちはお前が怖いだけなんだ……。だが、これだけ言ってもこの村に居座る気なら、その弟さんがどうなるか……」
「ッ……!」
この瞬間、私がここ一年散々考え悩んでいた苦渋の選択に終止符が打たれた。
○
その日の晩。
自宅にて。
「え、お姉ちゃん村から出ていくの?」
私は昼間の決断をモカに伝えた。
今までは私だけが忌避の対象だったから何とか耐えられたけれど、モカにまで害が及ぶとなれば話は別だ。
「そう。それと、あなたのことはジヤカさんに頼んでおいたから」
ジヤカ・シホヨヨシとは数年前からレレーフォル家に仕えてくれている使用人の老婆のこと。
物静かで心優しく、私に対しても普通に接してくれる、モカのことも安心して預けられる存在だ。
正直、今私が心を許せるのは、モカとジヤカくらいだった。
「じゃあ……もう、会えないの……?」
モカが悲しそうに訊いてくる。
それを聞いて、本当のことを言ってしまったらモカはきっと全力で私を引き留めようとするだろう……、と思った私は、
「……大丈夫。……そのうち、戻ってくるわ」
咄嗟に作り笑いでその場しのぎの嘘をついてしまった。
モカは、今は私の『
けれど、そんなモカも、いつまでも私に普通に接してくれるとは限らない。
モカだって成長する。
いつ、他の島民たちと同様、私に怯えだすかもわからない。
今のモカは私が居なくなったら酷く悲しみを感じてしまうだろうけれど――今後、弟にまで害が及ぶくらいなら――、今後、弟まで私に怯えだすくらいなら――、モカには本当に申し訳ないけれど、私が消えた方がいい。
というか、もう私にはそれしか選択肢が残されていない。
私の言葉を聞いたモカは、どうやら信じてくれたようで、ほっと胸を撫で下ろす。
「良かった〜!」
ぱあっと明るくなったその笑顔が、私の心を痛ませる。
「それにしても」
安堵からか上機嫌になったモカはその勢いのまま無邪気な笑顔で。
悪意の一つも感じらない純粋な瞳で、私に羨望の眼差を向けながら――言った。
「いいなあ、お姉ちゃんは! だって、歳を取らないんでしょ! それに体が悪くなることもなければ、病気にかかることもないって! 時間があればいろ~んなことできるじゃん!」
「…………」
自分だけ死なないというのは他人と生活している限り、決して良いものではないのよ――と思った。
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