第二話 儀式と献身は息が合う

2ー1「幼き日の想い」

 この孤島――レレーフォル島で暮らす島民は、他との交流を一切持たず、長年にわたり独自の文化を培ってきた。

 それ故にこの島の民は皆、長年にわたり語り継がれてきた『神』の存在を強く、強く――信仰していたのであった。



 ―― 1010年 11月9日 ――



「そう泣くでない、――ヒャリナ」


 ヒャリナ・シーリンス・ヘイアル・レレーフォル。

 十歳の私はその日、泣いていた。


「……でっ……でも…………」


 両親が――亡くなったのだ。

 二人は山中で獣に襲われたのだと、祖父――ギエ・グラーパ・ヘイアル・レレーフォルは訃報する。


「亡くなった者の魂はドリカーデ様存する天の世へ送られ、また別の何かに魂を宿し、再びこの世に降り立つ――」


 遠い目でギエは語る。

 けれど、私の耳にはあまり入ってこない。

 頭の中が絶望感でいっぱいで、私は子供らしくただ泣きじゃくることしかできないでいた。


「――こうして世は循環しておる。ヒャリナよ、辛いことではあるが、受け入れるのじゃ」


 それでも、亡き母はギエにとっての実娘でもあるはずなのに、何とも冷たい感じがする――と思った。

 

「それにお主には、アヤツらの残したこの子もおるじゃろう」


 ギエは部屋で寝ている赤ん坊――モカ・シーリンス・ヘイアル・レレーフォルに目をやる。

 半年程前に生まれたばかりのモカは、私の弟だった。


「レレーフォルの血を持つモカは、やがてワシの跡を継ぎ、この島の長となるじゃろう。モカのことをワシと共に立派に育てようぞ。きっとアヤツらもそれを望んでおる」


 この時の私は、家族だから、弟だから……そんな想いよりも。

 ただ、自分が一人ぼっちになるのが怖かっただけなのかもしれない。

 ――それでも。

 モカにだけはいなくならないで欲しいと――心から思った。



 ―― 1015年 5月23日 ――



 レレーフォル島にはたった一つだけ、集落と呼べる小規模な村が存在する。

 そんな村の中に位置する、村、そして島の長――ギエの屋敷の一室は、孫である私とモカの普段暮らしている部屋であった。


 時刻は昼下がり。

 五歳になったモカが、自室の布団に寝転んで、何やら苦しげな表情で――静かに、呻いている。


「…………うぅ……ぅ、うぅ……お姉ちゃん、苦しいよぅ…………」


 近年この島では、原因不明の病が流行していた。

 その病は侵されると、徐々に生命力を奪われ――三ヶ月もすればほぼ確実に死に至ると、症状は至って平明な奇病であった。


 そんな病に侵されてしまい、すでに二ヶ月以上が過ぎたモカは、一日中寝たきり状態で病にうなされている。

 栄養分が回っていないのが一目見てわかる、青ざめた顔に黒く深い隈、すっかり痩せ細ってしまった身体。

 まるで、悪霊に取り憑かれているかのような絵面である。


「モカ……」


 憔悴したモカの看病を毎日している私から見ても、弟の病状が日に日に悪化してきているのは一目瞭然。

 でも、だからといって、治療法も治療薬もない現状、私には何一つ手の施しようがない。

 私は日々、無力な自分を実感する。


「っ…………」


 この日も私は、モカの額を優しく撫でた。

 その時のモカは、もはや死人のように――冷たかった。



 ◇ ◇ ◇



 同刻、レレーフォル家の屋敷――ギエの部屋。

 ここでは今日も五人の島民たちによる、病についての緊急集会が行われていた。


「住民の半数が病に侵されているとのことです……。先日行った獣の儀もさして効果はないようで……。こ……このままでは、いずれ我々は滅んでしまいます……ッ!」


「うるせえ! そんなことはとっくにわかってんだよ!」


「で、ではどうするというのですか!? 治療法も治療薬もまだ何一つとして見つかっていないというのに! もうすでに死者がたくさん出ているのですよ!?」


「それを考えるためにこうして集まってんだろうがっ!!」


「医者はどうしたっ! 医者は! この村にも数人はいただろう!!」


「それは……もう、三名とも病で……すでに……」


 焦燥に駆られている島民たちがそんな言い争いをしていると――

 部屋の端から、ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ……! と老人の咳き込みが聞こえてきた。

 見ると、百歳を越え老衰しきったギエが横たわっている。

 もうずっと意識のなかったギエが目を覚ましたようだ。


「み、皆静かに。ギエ様がお目覚めになられたぞ……」


「ギ、ギエ様、我々に助言のお言葉を……」


 皆がギエを縋るような眼差しで見つめる。

 ギエはゆっくりと目を開け、干からびた声で苦しそうに語り出した。


「これは祟りじゃ……。天の世にて……ドリカーデ様がお怒りになっていらっしゃる……。我々の住む下界から……誰ぞ使者を遣わせねばなるまい……」


 それを聞いた島民たちの顔色が更に悪くなる。


「!? ま、まさか! 何百年もの間行われてこなかったあの儀式を行うと!?」


「そ、そんな……ッ!」


 島民たちにはギエの目論見が既に予想できているようだった。

 ギエは最期の声を振り絞り、それを――告げた。



「《へブカランガ》を行うのじゃ! さすれば島にはまた平穏が取り戻されることじゃろう!」



 そんな言葉を言い残して、ギエは、息絶えた。



 ◇ ◇ ◇



 《へブカランガ》――それは、天への入り口とされている《レレーフォルの大滝》に生身の人間を落とし、魂だけの存在となったその者を《天の世》へと送り届ける儀式。

 ギエ含む島民の者たちは、《天の世》にいるとされている唯一神――《ドリカーデ》の怒りを、送り届けたその者の魂に抑制させて――この絶望的な現状を打破しようと考えた。

 すでに行われた、《へブカランガ》よりも一つ下級の儀式――成獣二匹の命を《ドリカーデ》に捧げることで代価を戴こうとする《獣の儀》は、未だに効果を示さないので、ギエは最終手段として今回、《へブカランガ》の実行を命じたのだ。


 ――尚。

 《へブカランガ》に選ばれる――対象となる者には、条件があった。

 それは、清らかな身を持つ、十五歳から十六歳の、女性。

 元々人口が少ないにもかかわらず病が流行している現状、この条件に当てはまる者は、一人しかいなかった。

 あの日から五年が経ち、十五歳になった――そう。



 ――ヒャリナである。

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