1ー3「弱肉強食」

「ぎゃぁあああああああああああああああ――――ッッ!!」


 ――猪突猛進。

 今回の場合、それは例えではなく、そのままの意味で。

 僕は現在、イノシシに追いかけられていた。

 絶対に許すまい、といった表情で殺意のオーラが溢れ出ているイノシシがこちらに迫ってくる。

 砂埃を巻き上げながら突進してくる姿は、もはや鬼のようだ。


「だから誤解なんだってぇええええええええええ――――ッッ!!」


 僕は涙をこぼしながら、森の中を猛然と走った。



 ○



 それは追いかけられ始めてから少し経った時のこと。

 依然として僕の大きな悲鳴が響く中。

 僕とイノシシは、山と山を分断している巨大な峡谷に出た。


 深すぎるあまり底が見えず暗闇に包まれているその谷は、僕たちの進行方向を遮断しており、左右を見渡しても見える限り続いている。

 向こう岸に行くためには、ちょうど前方にある大きな木橋を渡らないといけないらしい。

 加えてその木橋は、全体的に年季が入って老朽化しており、かなり朽ちている。

 渡っている途中に崩れるかもしれない、と思えるほどに。

 けれど、何せ急に現れたもので、右左折するという思考の隙もなかった僕は、勢いのまま――木橋に足を踏み入れてしまった。


「なんだよここぉおおおおおおおおおお――ッッ!! なんかギシギシ鳴ってるんですけどぉおおおおおおおおおおおおおおお――――ッッ!!」


 僕とイノシシが走ることで、木橋が少し振動する。

 それでも後方のイノシシはこの木橋に臆することもなく、相変わらずの全力疾走。

 このおんぼろな橋に、一気に二つの衝撃を与え続けてしまっているせいで、木橋の細かな破片が止むことなく谷に落下している。

 このまま負荷をかけ続けたら、本当にもういつ崩れてもおかしくない。


 それでも。

 引き返す訳にも、慎重に渡る訳にも行かないので、僕はそれならいっそ最速でこの橋から抜け出そうと思い、木橋を今まで通りの全速力で駆け抜けることにした。

 その結果、何とか僕とイノシシは木橋を渡り切ることに成功。

 しかし次の瞬間、なんと木橋は崩れ、その大部分が谷に落ちていった。


 本当に間一髪だった。

 あと数秒でも遅れていたら……、なんて考えるとゾッとする。

 しかし、まだこのイノシシを撒かない限り僕は助かったとは言えない。

 僕が再び森に逃げようとした――その時。


 背後のイノシシから、耳をつんざくような――、何かが裂けるような――、そんな甲高い悲鳴が聞こえてきた。


「うっ、なんだ!?」


 僕は立ち止まり――振り返る。


「……え?」


 深緋色の瞳、鋭い牙と爪、蛇のような尻尾、額から伸びた二本の角。

 体長二メートル程ある、黒い毛皮を被った四足含め総身。



 僕の視認した光景には――



 無抵抗なところを見るに、すでに死んでいると思われるイノシシ。

 それを捕食するのに夢中になっている角狼おおかみを見て、


「助けてくれた……?」


 と、一瞬思ったが、角狼はすぐにイノシシから顔を離し、獲物を狙う鋭い目付きを僕に向けた。


「……わけでは、なさそうだな…………」


 地面の震えるような重たい咆哮が山に響く。



 ――ヴヴォオオオオオオオオオオーーッッ!!



「は、ははっ……」


 言葉が見つからず、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 角狼の矛先が――僕に変わった。

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