1ー2「虚ろな少女」

 見上げた先には、少女がいた。

 全体的に小柄で少しばかり幼さを感じる顔付きをしている彼女は僕よりもほんの少し年下……いや同じ十五歳くらいにも見える。

 しかし先程と同様ローブで全身を包んでいるため、それ以上の服装の特徴は不明である。

 崖上から視線はこちらに向いているようだけど、その表情からは何を考えているのか読み取れない。

 それどころか、ちょうど太陽の逆光が重なっているせいか――、もしくはフードにより目元に影ができているせいか――、少女のその碧い双眸は光のない虚ろな目をしていて、そもそも感情なんてないようにすらも思えた。


「あの~! さっきの村のこととか、よかったら教え……って、おい! 無視かよ!?」


 崖上に向かって大声で呼びかけるが少女は反応すらしてくれず、踵を返して僕の視界から消えていく――

 ボーとしているのか少し左右に体を揺らしながらよろよろと歩いた末、一瞬にして少女が頭の先まで完全に視界から消えた――その時。


「あーもうっ! 待ってろよ! すぐそっち行くか――」


 ――ピィィィィ……


「ん?」


 近くから、動物の鳴き声のようなものが聞こえてきた。

 詳細に言うとそれは、か細く、複数。

 すぐにでもあの少女を追いかけたいところだけど……。

 鳴き声の正体が気になった僕は、音の聞こえる方に近づいた。



 ○



「――おぉぉぉぉ!」


 そこにいたのは、『子供のイノシシ』だった。

 愛嬌のある可愛らしい見た目をしたイノシシが三匹、枯草の密集した寝床に並んでいる。

 まだ産まれて、そう日が経っていないのだろう。

 子犬のように小さい。

 うとうとしていて、今にも寝そうだ。

 僕は屈んで、そんなイノシシたちをやさしく撫でた。


「よ~しよしよし――!」


 あっという間に五秒程が経過した頃。

 僕は背後に、がいる気配に気が付いた。


「――!?」


 撫でていた手をぴたりと止める。

 同時に、全身が金縛りのように固まってしまい、体中からどっと冷や汗が流れ出した。

 振り返らなくても何となく、背後に何がいるのか分かったからである。

 僕は完全に失念していたのだ。

 ここはイノシシの巣。

 となれば勿論、『奴』もいるということを――


 覚悟を決めた僕は恐る恐る――振り返る。


「っ……」


 そこにいたのは、鬼のような目つきでこちらを睨みつけている成獣した、『イノシシ』だった。

 体長およそ一・六メートル程の巨体なそいつは、オスかメスかまではわからないが、おそらくこの三匹の親なのだろう。

 自分の子供が襲われたと誤解したのか、鼻息を荒くしており、明らかに怒っている。

 後ろ足で地面を引っ搔いている仕草は、今にも僕に突進してくる予兆にしか見えない。


「いいっ、いや違うんだよ……。ぼぼ、僕はお前の子供を攫おうとしてたわけではなくて……たっ、ただ可愛いなと思ってただけで……」


 何一つ嘘はついていない。

 けれどイノシシの威嚇に動揺してしまい、声が裏返って、言い訳をしているみたいになってしまった。


「あ、あわわわわわ、あ、ああ……」


 まあそもそも、動物相手に言葉が通じるはずもなく――

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