第一話 踏んだり蹴ったり追いかけっこ

1ー1「水に囲まれた廃村」

 山の中にある森は緑豊かでとても自然を感じられる、まさに風光明媚な景色だった。

 たまに吹くそよ風が心地よく、耳をすませば鳥のさえずりも聞こえてくる。

 周りを見渡すと、シカやタヌキなどの野生動物もちらほら見られた。


 ヘビを誤って踏んでしまい嚙まれそうになったり……

 木に実っていた果実のようなものを齧り吐くほど不味かったり……

 突然大雨が降ってきたと思ったらすぐに止んだり……

 木から落ちそうになっていた子猿を慌てて受け止めたら、何とか助けられたものの子猿の足が額に激突して激痛を味わったり……


 ――と、まあ、そんな災難もあったけれど。

 でもだからといって、引き返したところで帰る場所のない僕は、あてどなく森の奥へと足を動かした。



 ○



 森をしばらく歩くと、開けた場所に出た。


「なんだ、ここ?」


 視界に広がるのは、畑や田んぼ、牧場、木造りで屋根に瓦のある家々が点在する、和を感じさせる小さな田舎村のような場所――

 ……と、言いたいところだが、正しくは、建物や田畑のほとんどは、もうかなりの年月放置されているかのように朽ち果てており、牧場に家畜は居らず、家の大半は崩壊している――人の気配が全くしない、言わば『廃村』のような場所。


 その周りには、それなりに深さと幅のある水路……というよりは、よく城と揃って見る『水堀』のようなものがあり、村は円形に近い形で、泥のように濁った水によって完全に囲まれていた。

 明らかに人工的に作られた水堀には、北と南にそれぞれ同じ木造の橋が掛けられており、村への入り口はそこだけのようだった。


 ……入ってみるか。

 緊張からか、無意識に固唾を呑む。

 南の橋を渡り、僕は興味本位で村に足を踏み入れた。


 南の橋から北の橋まで一直線に続いている石畳の大通り。

 そんな道を少し歩いたが、やはり、人はいない。

 荒れ果てた、荒涼とした風景が広がるだけ。


「失礼しまーす……」


 道中、かろうじて残っていた、周りと比べて比較的大きめな和風の屋敷のような建物があったので恐る恐るお邪魔した。

 しかし室内も外見と同様、荒廃しており、人の気配はしなかった。

 あまりに何も発見がなくて、僕は浮かない気分になってしまう。


 その家を出た後も、僕は村を一通り探索した。

 けれど結果的に、特に何かを見つけたわけでもなく、村の出口――北の橋が見える所まで来ていた。


「……何だか、不気味な所だな…………」


 この場所を歩いた感想はシンプルながら、この一言に尽きる。

 禍々しく、とても不穏な空気が漂っているし、幽霊の一人や二人、普通に出そうだった。

 と――その時。


「……ん? 何か動いてる?」


 僕は、ん~と目を凝らす。

 北の橋のさらに奥――つまりは再び森になっている方向に。


「――!? 人だ!」


 森に向かってゆっくりと歩く、一つの小さな人影を見つけた。

 その人はこちらに背を向けているし、茶色いローブで身を包んでフードも被っているため、それ以上の特徴は掴めない。


「おーい!」


 大声で呼んでみるが、反応はない。

 ゆっくりと森の方に足を進める――だけ。

 こちらとはまだ距離があるし、聞こえていないのだろうか?


 徐々に小さくなっていく人影は、そのまま森へと足を踏み入れ――、森の闇に、姿をくらました。


「おーい、ってば!」


 僕も追いかけるように、北の橋を越え、廃村を後にし――再び森へと駆け出した。



 ○



「――はぁ……見失った…………」


 しばらく探し回ったが、どこにも見つからなかった。


 あの廃村は何なのか?

 この島にはあなた以外にも人はいるのか?

 聞きたいことはたくさんあったのに……。


「ったく、どこ行ったんだよぉ…………ん?」


 肩を落としながら歩いていると、再び開けた場所に出た。


 崖壁一面を覆い尽くす水のカーテン。

 幅は約百メートル、落差は約五十メートル程。

 無尽蔵の水が轟音を立てて落下する。

 落下した水は、湖のように大きい滝つぼに叩きつけられ、薄い霧となっている。


 ――そう。

 そこは、巨大な『滝』だった。


「すげぇ…………」


 その景色を見て、僕は呆然としてしまう。

 人工物の一切見えないここは、あまりに壮大で、神秘的で、幻想的で――


「……ん?」


 ――けれど。

 見入る暇はなかったようだ。


「あっ!」


 滝口にある崖上の端に、先程と同一人であろう、


「あの人はさっきの……」


 ――ローブの人影を見つけた。

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