第12話
雄太が生まれた。
なににも代えがたい、私の命より大切な愛しい息子だ。
初の出産を3回も経験しなくてはいけない地獄を味わったけど、大満足だった。
初産婦とは思えない新生児の扱いに助産婦さんたちは驚いていた。
入院中、川崎夫婦もお見舞いに来てくれた。
孫ができたみたいで嬉しいと言ってくれた。
私は母がいないから、彼女が親代わりに必要な物を買って来てくれたり、雄太の面倒をみたりしてくれた。
義母もお見舞いに来て、男の子を産んだことを褒めてくれた。
看護師さんに頼んで、できるだけ義母には会いたくないと伝えた。
「いろいろありますもんね。わかります。私もそうでしたから」
産院の看護師さんは気持ちを理解してくれた。
長時間義母が病室にいないように、面会時間が終わるからと言って追い出してくれた。
「退院してからまたゆっくり会いに行きますね。なんか、産院は、いろんな人が出入りするのを禁止しているらしいです。外部から菌とかウィルスとか持ち込まないようにですって」
まるで義母がばい菌かのように言ってしまった。
これは後から雄一さんに文句を言うだろうなと思ったけど気にしない。
義母は離婚したら縁を切る人だ。
子どもと共に1週間ゆっくりと入院して私はマンションに戻ってきた。
雄一さんは立ち合い出産を望んだが私はそれを断った。
2回も立ち会ったんだからもういいでしょうと内心思っていた。
一応抱っこはさせたけど、汚らわしいと感じてしまいすぐに雄太を取り返した。
「産後はいろいろデリケートになる時期なの。ごめんなさいね」
「いや、わかるよ。何か手伝える事があったら言って」
「大丈夫。お願いがあるとすれば……」
家に帰ってこないで。
「なに?」
「できるだけ外食してきてくれると助かるわ」
彼はやれやれ、というふうに力なく笑った。
◇
私は車に取り付けているボイスレコーダーの録音を聞いていた。
長時間録音できる機能があり雑音も少なく高性能の物を車に仕掛けていた。
『やっぱり妻の様子がおかしいんだ』
『妊娠してから変わったって言ってましたね。子どもが生まれると奥さんの性格が変わるってよく聞きます』
河合愛梨の声だ。
『……変わるっていうか、俺に興味がないような態度だ。子どものことは必死で守っているんだけど、俺は、なんていうか蔑ろにされてるっていうか』
まるでかまってちゃんだ。
『その分私が雄一さんの事愛しますから。ふふふ』
どうぞご勝手に。
『君のことがバレているような発言もあるんだけど、遅い時間の帰宅や泊まりがあっても気にしていない様子だ』
『なら、いっぱい二人の時間が取れますね。嬉しい!』
リップ音。ああ気持ちが悪い。
『でも、子どもも生まれたばかりだし、今離婚とかそういう事になったら体裁が悪い』
『私は大丈夫です。ずっと雄一さんの事を待ってます。何年でも待ちますから、今は奥様を大事にしてくださいね』
『ああ。愛しているのは君だけだよ』
車がどこかに停車したようだ。
カーナビの履歴を見たらどこに行ったか分かるから後で確認しよう。デートスポットやホテルが出てきたら浮気の証拠になる。
『飲み物を買ってくる、いつものでいい?』
『ありがとうございます』
バタンとドアが閉まる音。
へぇ、彼女のためにコンビニで買い物してるんだね。
『洗濯とか料理とか、面倒な世話は奥さんがやってくれるから助かるわ』
夫がコンビニへ入ったとたんに愛梨が呟きだした。
私は家政婦扱いみたいね。
『私はおいしいレストランに高級ホテル。めちゃいいじゃんこの状況。ずっと離婚しなくてもいいわ、嫁から文句言われないんだから何の問題もないわ』
夫が車からいなくなった途端にこの言いざま。
恐ろしいわねこの子。
夫が戻ったようだ。
『たまには家族サービスすべきかな?子供も生まれたばかりだし、少し愛梨に会いすぎているからな』
『え!私より奥さんを選ぶんですか?酷い……雄一さんは愛梨の事が一番大事だって言ってくれましたよね』
『いや、妻は俺の子を産む係、愛梨は俺の恋人だ。雄太は俺の血を分けた子供だからな。雄太の事は大事にしたいと思ってる』
子を産む係……
『家族思いのパパですね。子供好きなところも私は素敵だと思ってます。雄一さんの赤ちゃん。きっと凄く可愛いでしょうね』
言え。言ってくれ……子どもが産めないという言質が欲しい。
『愛梨も可愛いよ』
ちゅっ、ちゅ……荒い呼吸音。
ああ……虫唾が走る。
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