第11話
夫が赤ちゃんの物を揃えださない私を気にしているようだ。
義母に言われたのかもしれない。
「そろそろ、ベビーベッドとか準備しなくて大丈夫なの?子供に必要な物、ちゃんと買っている?ベビーカーとかもいるだろうし」
ベビーベッドは前回も購入したけど邪魔なだけだった。
「子どもは私と同じ布団で寝るわ」
歩けるようになれば、そこでおとなしくじっとなんてしていない。
ベビーベッドのサークルなんて無意味だ。
「それでいいの?」
「いいわ」
夫に適当に返事をする。
彼は平日2日、水曜と金曜に河合愛梨と会っている。
それ以外は残業や仕事の接待もあるだろう。
遅くなる理由の全てが不倫という訳ではない。
けれど最近は土日に接待と言って出かけることも増えてきた。
1回目のように、浮気を疑って彼に早く帰って来て欲しいとお願いしたり、何をしたのか何処へ行って来たのかという細かい質問をしたりもしなかった。
そもそも夫に興味がない。
2回目のように、彼のご機嫌をとって、尽くして笑顔で優しく接する事もしなかった。
取り戻せない彼からの愛情は必要ない。
今の私の考え方は、無料の住居と食事を与えてくれる夫はATM。
食事も作らなくていいのなら、帰ってこない方が楽だとさえ思っている。
夕食を作らなければならない日は、宅配で注文している保存のきくおかずをレンチンして皿に盛って出した。
夫は気がついていないだろう。最近の冷凍食品は有能だ。
洗濯や掃除も完璧にではなく適当に済ませていたし、シャツはわざわざアイロンをかけないで、クリーニングに出した。
彼の為に何かをする事に拒否反応が出てしまうので、そこはお金で解決した。
その代金は生活費として家計簿につけているので問題はない。
彼女との逢瀬の為に新しい下着が欲しいのなら、自分で買えばいいだろう。服の趣味もこれから変わってくるんだから勝手にどうぞって感じだ。
わざわざ私が夫の洋服を用意する必要はない。
◇
「そろそろクリスマスだよな」
「……は?」
クリスマスなのは、町を歩けばわかるし、テレビでも年末に向けて特番が組まれている。
けれど、敢えてクリスマスだという言葉を私の前で発する夫に驚いた。
「そういえば、今まではイベントの日を私の方から言っていたかもしれないわね……初体験だわ」
「なんだ?」
「え、いや。何でもないわ。そうね、クリスマスよね。年末はいろいろと忙しいだろうから、よかったらクリスマスディナーとかに行ってきたらどうかしら?」
「行ってきたらって……」
「あなたも忘年会とかあるでしょうし、職場でのお付き合いも増えるでしょう。私の事は気にせず、クリスマスもお仕事頑張ってくださいね」
夫は眉間にしわを寄せた。
いや、いや、そこは喜んでしかるべきでしょう。
浮気相手と過ごせるチャンスよ。
クリスマスでもイブでも、ロマンティックに二人の時間を満喫してくれてかまわないわ。
「なにか、その……クリスマスに欲しいものとかはないの?確かに年末だから仕事が忙しく、帰宅は遅くなると思うし、クリスマスに一緒に過ごせないかもしれないから」
「ああ……クリスマスにプレゼントか。もしかして考えてくれてるの?」
そういえば前回は、ブランド物のピアスをもらったっけ。
検索すれば女性に人気のブランドって一番に出てくるピアスをプレゼントされた記憶がある。
当初は嬉しかったけど、あれは、無駄だったわ。
子どもが生まれたら、ピアスは危険だし、もし落として誤飲したらと思うとつけられなかった。
「妻へのプレゼントは忘れないよ。夫として当たり前だろう。結婚して初めてのクリスマスなんだし」
「ああ……そうよね」
私は早速、スマホで自分が欲しいものを検索して夫に見せた。
「え?これ?」
「高すぎるかしら?」
「いや、まぁ……値段は凄いけど。これ?」
K18ゴールドネックレスだ。他の宝石はついていない喜平、6面ダブルネックレス。50グラム。38万円。
「シンプルなのが良いの」
「いや、その……プロ野球選手じゃないんだし」
私が選んだネックレスは、ぶっとい何の飾り気もない歌舞伎町のホストがつけていそうな金のネックレスだった。
「私はこれが欲しいの。新婚旅行にも行けなかったしね」
新婚旅行は妊娠したからいけなかった。それに比べれば安いものだ。
高級なベビーベッドや安全を考慮した多機能ベビーカーは、重たいだけで無駄だと知っているから買わなかった。
それもいろいろ買ってないんだし38万くらい出させるでしょう。
「本当にこれが良いの?」
「ええ。これがいいわ」
金の価格は5年後3倍に高騰する。
ネックレスは資産として保有できる。
◇
1度目や2度目と違う夫の行動や言葉に驚かされる。
前回はそんなこと言わなかったのにと思うと、どうやってそれを回避しようか考えなければならない。
「美鈴、赤ん坊が生まれたら外食もできないだろうから、今度の休みにレストランにでも行く?」
「え!いやだわ……」
思わず本音が出てしまった。
「いえ、あの……もう生まれてきてもおかしくない時期でしょう?出先で破水したら困るから遠出は控えた方が良い」
「遠くじゃなくて近場でもいいよ」
「外食は食品添加物が気になるから」
「ああ、そうか。お腹に子どもがいるからその辺は気になるよな」
なんとか諦めてくれたようだ。
「雄一さんは気分転換に、ドライブにでも行ってきたらどうかしら?カップルにはおすすめの夜景スポットがあるみたいよ」
「俺、夜景好きとかじゃないけど」
「また私が行けるようになった時のために下見でもしてきたらいいじゃない」
「ひとりで?」
ひとりで男性が夜景を見に来るなんてありえないでしょう。
河合愛梨と行きなさいよ。
きっと彼女も喜ぶでしょう。
家で夫に冷たく対応すれば、逆に彼が絡んでくるという法則を3回目の人生で発見してしまった。
河合愛梨との仲が拗れたという様子はない。
雄一さんに話しかけられることが、鬱陶しくてしょうがない。
どう転ぼうが、離婚されるエンドは決まっているんだから、できるだけ私に関わってこないで欲しい。
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