魔術傭兵と公爵令嬢 ~金さえもらえば何でも依頼を受ける女傭兵と金だけはある令嬢の契約です~

笹塔五郎

第1話 魔術師崩れ

「――弟子にしてくれ、だって?」


 女性――レシア・テイレントは少女の懇願を受けて、眉をひそめた。

 黒を基調とした革製の服に身を包んだレシアは、赤褐色の綺麗なストレートの髪を撫で、目の前の少女を睨む。

 ここはレシアが仕事のために使っている事務所――その一室だ。

 来客用の部屋で応対しているが、まさかこんな話を切り出されるとは思いもしなかった。


「は、はい。ぜひ、レシア様の弟子にしていただきたく……」


 少女は緊張した面持ちで、口が渇いているのか――時折、唇の辺りを舐めるようにしながら言った。

 視線は泳いでいるし、どこか落ち着かない様子も伝わってくる。

 金色の髪に少しウェーブがかかっていて、結んだ毛先やフリルのついた小綺麗な服装から見ても、少女の育ちの良さが窺える。

 ――何より、レシアは少女のその顔によく見覚えがあった。


「……まず、弟子を取るかどうか以前に、私が何をしているか知っているか?」

「魔術傭兵をしていらっしゃるんですよね?」

「その通り」


 魔術傭兵――その名の通り、魔術を専門とする傭兵だ。

 傭兵稼業は一般的に、『金さえ貰えれば何でもする』と言われる職業だ。

 魔術傭兵はすなわち、


「金さえ貰えれば何でもする魔術師――だから、魔術傭兵。意味は分かるな?」

「え、えっと……」


 レシアの問いかけに、少女は少し迷った様子を見せた。

 すぐに、レシアが代わりに答える。


「魔術傭兵は、言ってしまえば汚れ仕事だって請け負うことがある。危険な仕事だってあるだろう。まあ、魔術師という職業で括れば、そういう仕事も少なくはないが」

「は、はい」

「どうして、わざわざ私に弟子入りを頼む? 魔術師なら真っ当な道を進むことをオススメするが」

「……それができないから、ここにいるんです」


 少女はそう言って、わずかに表情に陰りを見せた。

 ――無論、何かしら事情があるから、わざわざレシアの下にやってきたのだろう。

 魔術師の多くは魔術協会に所属し、活動をする。

 多くの魔術師志願者が目指すのは、国営の魔術師団が一般的か。

 まず、立場は保証されるし、何かと権限も多い。

 魔術傭兵は、そうした魔術師団の下請けのような仕事を回されることもある――魔術師崩れ、などと呼ぶ者もいるくらいだ。

 もっとも、魔術師自体が貴族社会――魔術を学ぶことができるだけの金銭的な余裕や才能は家柄からくるものだ。

 レシアのように、孤児院生まれで魔術師になる者は少ない。

 無論、いないわけではないのだが。


「どういう事情があるか知らないが、弟子にするというのは依頼とは異なるだろう。受ける必要がないな」

「……つまり、弟子にしてほしいという依頼であれば受ける、と?」

「逆説的ではあるが、依頼であったとしても受けるかどうかは私次第だ。それとも、私が依頼を受けるだけの金があると?」

「はい、こちらに」


 少女はそう言うと、トランクをテーブルの上に置いた。

 彼女が持ってきた物だが、それを開くと――中身は札束だった。

 一目見れば、それが本物か偽物かどうかくらいは見分けがつく。

 びっしりと詰まったそれは紛れもなく本物であり、それだけの金額を持っているということは、彼女がやはり貴族であるという証明にもなる。


「……これは?」

「ですから、依頼金です。わたしを弟子にしてくださるのなら、こちらを前金としてお渡しします」

「前金……」


 思わず、レシアはその言葉を繰り返してしまった。

 彼女はこの金額の意味を理解しているのだろうか――いや、理解しているからこそ、こうして掲示しているのだろう。

 明らかに過剰と言えるほどで、むしろこんな依頼――断った方がいいとさえ、普通の人間なら考えるだろう。

 だが、レシアは別だった。

 天井を見上げるような仕草をしてから、


「前金ということは、これよりも依頼料は上乗せするということか?」

「もちろん、こちらとしてはそう考えています」

「……なるほど。弟子にしてくれ、という依頼か――ふっ、そこまでの覚悟があると言うのなら、いいだろう」

「! ほ、本当ですか!?」

「ただし、私は何度も言うように魔術傭兵。仕事先に伝手があるわけでもないし、君が期待するほどの技術を教えられるかも分からない。それでもいいな?」

「は、はい! よろしくお願いしますっ」


 少女は立ち上がると、深々と頭を下げた。

 そして、何かに気付いたように顔を上げると、


「そ、そうだ、忘れていました。わたしは――」

「アイシェル・フォルラーン――公爵家の御令嬢、だろう?」

「え、し、知っていたんですか……!?」

「……見覚えのある顔だからな」


 少女――アイシェルは驚いていたが、レシアからすれば驚くことでもない。

 いや、彼女がわざわざレシアを捜してやってきたのだとしたら、その点については驚くべきことだが。

 何にせよ、魔術傭兵として『弟子にしてほしい』という依頼を受けたのは初めてのことであるが。


「で、ではレシア様――いえ、師匠と呼ばせていただいても……?」

「好きに呼べ」


 所詮は金による契約だ――そう心で付け加えると、


「では、師匠。今日からここでお世話になりますっ」

「……なに?」

「おかしなことを言いましたか?」

「いや、近くに宿を取るとかあるだろう」

「この一帯の治安があまりよくないことくらい、わたしだって知ってますよ。正直、お金を持ってここに来るのだって緊張したんですから」


 それは彼女の言う通りだろう――札束の入ったトランクなど、特にこの近辺では盗まれても文句は言えない。


「師匠の傍にいるのが一番安全だと判断しました! それくらいは、サービスしてくれますよね……?」


 上目遣いに、アイシェルは言った。

 ――この事務所は、確かにレシアが寝泊まりしている場所であり、子供が一人増えたくらいで困るようなことはない。


「諸々、契約の内容については相談する必要はあるだろうが、一旦はいいだろう」

「ありがとうございますっ」


 随分と、ちゃっかりしているというか――公爵家の令嬢が護衛もつけずにこんなところにやってくるのは、随分と肝が据わっているというか。

 こうして、魔術傭兵のレシアは初めて弟子を取り、令嬢であるレシアとの生活を始めることになった。

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