第49話

 本丸の周辺は出雲兵の山と吽形による青い炎で覆われている。

 一ノ門の外側にある二ノ門跡にて、芽衣と啓二と八十神が相対していた。といっても、勝敗は付いており、感想戦といった様相だ。

 槍をへし折られた啓二は、全身血まみれで倒れる芽衣に手を差し伸べていた。

「日光に帰ろうぜ? アンタは強くなった。皇の力も、契約の力も。もう、充分じゃねぇのか?」

「……う、っさいっての……っ!」

 蚊の鳴くような声で、芽衣は啓二を拒む。手を振り払えない。顔すら上げられない。芽衣は、もう直ぐ死ぬだろう。

「皇の血ってやつだろ。啓二の殿様も、こんな時には手を取らないだろう?」

 傍の岩に腰かけ観戦していた八十神。

 啓二の殿様、芽衣にとっての妹にも面識がある。芽衣の気質は間違いなく皇の物だと確信していた。

「そりゃそうだが」

「芽衣も回収しようか」

「タダって訳にはいかねぇだろ?」

「そうだね、啓二の雇用契約の延長とかどうだい? どうせなら、契約の一つでもしてから戻りたいだろう?」

「そう言われちゃ、断れねぇな。目的の一つは達成できたし、本格的に動けるってか」

 嬉しそうに笑いながら、啓二は背伸びをする。その時、何気なく空を見上げた。

「あぁ?」

「どうした?」

「いやよぉ、なんか明るくねぇか?」

 啓二は月を指さす。

「アレはひなが作り出した太陽モドキ。そりゃ、多少は明るいだろうね」

「じゃなくてよ。さっきよりも、明るさ増してねぇか?」

 八十神は啓二に倣い、空を見上げる。

「確かにそうだな。……月と例えていたが、もう太陽の――ッ!?」

 八十神は気が付いた。

 そして、

「――ひぃ、ふぅ、みぃ、よぉ。いつ! 早く来いッ!」

 銀色の炎を生み出し、野に放つ。

 しかし、いくら待っても炎からメイドたちは現れない。

「クソッ!!」

「八十神、何があったんだよ!?」

「アレは太陽モドキなんかじゃないッ……月が、塗り替わっている。……太陽になろうとしている。啓二も感じるだろう……無遠慮に全てを暴くこの熱が……あの、太陽は――」

「――偽りではない」

 銀色の炎の奥から、全てを見下す傲慢不遜な男の声が聞こえてきた。

 聞き覚えのある声に、二人は驚愕に目を見開く。

「太陽の留守を守るのが月の役目。それが終わろうとしているのなら」

 ウェーブの掛かった黒髪。涼しげな瞳と長いまつげ。芽衣が着用している戦闘服と類似している、全身を包む黒い衣装。背中に刻まれた太陽の紋。自らを縛る山伏の姿を捨て、一人の人間として現世に再び、彼が現れた。

「俺の名は大空尊(おおぞらみこと)。夜明けを告げ、太陽を取り戻す男だ」

 尊は、偽りの太陽の名を捨てた。自らを戒める山伏の姿を辞めたのは、その決意の現れだった。

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