第48話

 松江城本丸から少し離れた、一ノ門跡。

 ひなは、刀身が放つ黄金色の輝きが消えていくのを静かに待っていた。

(凄まじい勢いで消耗してしまいました。……はぁ、はぁ……これは、私にはまだ扱えないですね)

 立つのも限界だった。刀を置き、背の低い芝に座り込む。荒い呼吸を整えていると、

「ここは敵陣。気を抜くのは早計でしょう」

 青髪のメイドひぃが、ひなを見下ろしていた。

「ッ!?」

 背後に突如として出現した冷たい気配に、ひなは飛び退き刀を構える。刀身に残る熱が、手の平を焦がそうとしているが気にしている余裕はない。

「止めなさい。疲労が残る身体に鞭打っても、勝算はないでしょう。抵抗は無駄、大人しく捕縛されなさい」

 この状況での立ち回り方をひなは考える。

(敵はこの人だけ。……ならば、一度体制を立て直して――)

 しかし、ひなは一歩も動けなかった。

「友恵の怪我治った。大丈夫」

 緑髪の表情の変化が乏しいメイド、ふぅ。

「これがひな? へぇ、ご主人様に刀向けた不届きものよね?」

 頬にペイントがある黄色髪のメイド、みぃ。

「友恵は伊邪那美様の所に送ったぜ?」

 赤髪の勝気なメイド、よぉ。

「丁度いい。殺そう、殺そう」

 一番背が低い白髪の末っ子メイド、いつ。

 いつの間にかひなを取り囲むように計五人のメイドがいたからだ。

「無駄と言ったはずです。貴方はご主人様に歯向かった。あの人を傷つけていいのは、私たちだけ。あの人の感情を揺さぶっていいのは私たちだけ。正直言って、不快なんです」

 ひぃが手を伸ばし、冷気を発する。同じく、他のメイドたちもひなに手をかざす。

 退路は阻まれ、抵抗も不可能。

「……ここまで、ですか」

 ひなは、苦虫を嚙み潰したような表情で小さく言葉を漏らす。

 そして、メイドたちが声を重ねる。

「――氷龍泉(ひょうりゅうせん)」

 五人が放つ冷気がひなの四方を囲み、解除不能の拘束となる。それは次第に空気とふれあい凝固し、氷の棺となる。

(……諦めてはダメですッ! 私はまだ役目を終えていないッ! 私が私であるために――)

 氷の棺の中に姿を隠すひなは、最後の瞬間まで諦めなかった。

 ひなにとって絶望とは孤独である。しかし、これまで味わったことに比べれば、メイドが放つ冷気など神に祈る程の苦行ではない。

「――大量ぃぃぃぃぃぃッ!!!!」

 爆発的に膨れ上がる黄金色の輝きは、氷の棺ごと周囲一帯を吹き飛ばした。

 氷が空へ帰り、一帯に、黄泉比良坂のような霧が生まれる。

 メイドたちは、即座に退避したため怪我一つない。

「ったく。自爆特攻ってか?」

 八重歯を見せ笑う、赤髪のメイド。ひなの最後の選択肢を馬鹿にするように笑みを浮かべていたが、

「――まだぁぁぁぁぁッ」

 霧を置き去りにするほどの速度で突如として目の前に現れたひな。全身の肌が焼けただれ、美しかった顔も見るに堪えないほど皮膚が溶けていた。白髪の奥から覗くその眼光は鋭く、諦めは一切ない。

(速すぎるだろっ、どこにそんな力が――)

 余裕が一転、焦りに変わる。焦り、体勢を崩したことで回避は不可能。

 よぉは死を覚悟するが、

「死に損ないがぁぁぁぁ」

 四人の姉妹が、ひなと同様、霧の中から出現。

 全員による冷気の放出を行い、ひなの凍結を完了させた。

「なんでだよ……コイツ。……なんで、こんなになるまで戦えんだっ」

 尻もちをつくよぉ。

 彼女は、刀を握りしめたまま凍結したひなに対して恐れを抱いた。自分たち以上に化け物ではないかと。

「……かつてのアイツそっくりです。時代が違えば、私たちは……いえ、意味のない過程でした。ひなを回収完了後、啓二の元へ向かいます」

 この時はまだ、誰もその異変に気が付いていなかった。

 ひなが意識を手放したというのに、偽りの空には未だ月が昇っていた。それはゆっくりと、ゆっくりと明るさを増していた。まるで、夜が明けるように。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る