第46話

 松江城では戦いが開始してから一時間が経過。未だ、天蓋の修復機能を持つ松江城の占領は果たされていない。

 周囲を埋め尽くす出雲兵と銃撃部隊による集団戦が展開される中、主戦力である出雲幹部たちと、レジスタンスが戦いを繰り広げていた。

 

 ひなは、自らが作り出した月光の下、友恵と対峙していた。

「雉鳴撃(きざしめいげき)――三百六十」

 雉も鳴かずば撃たれまい。余計なことを言わなければ災いは起こらないという例え。これは友恵にとっての戒めでもある。かつて、少女は神と契約できる素質があった。狂った世界を正すための使者となると手を挙げてしまった。そのあとの人生は後悔の連続だった。

 友恵は戒めの言葉を技として、過去の自分を追い越そうとしているひなへ放つ。空を覆うほどの矢の雨。

 ひなはその全てを撃ち落とす技を持っている。今までは回避に専念していたが、刀から伝わる鼓動が高鳴っている。”立ち向かえ”と囁いているようだ。

 ひなは両足を広げ、状態を地面に接するほど上体を下げる。刀を腰に当て、居合の構えをとると、尊から引き継いだ力の一端を解放する。

「迦毛大御神(かものおおみかみ)の名を借りまして――」

 祝詞を唱え始めたと同時に、ひなの姿が掻き消えた。巻き起こる突風が、降り注ぐ矢を吹き飛ばす。

「憤怒と懺悔の念を込め――」

 友恵は背後から聞こえる祝詞に気が付いた。

「後ろッ!?」

 振り向いた時には、見失った筈のひなが居合の構えを取り、刀を解き放とうとしていた。

「雉鳴撃(きざしめいげき)三百七十二――」

 友恵は前面に矢を出現させ、矢の弾幕を発射した。出現させる三百を超える矢の配置と、弾道を個別に設定することで実現可能なハイリスクな技。

「――殯(もがり)ぃぃぃぃ」

 葬礼の名を冠する必殺の技。外したら最後、自らに発生するダメージと放った際に生まれる致命的な隙を付かれ絶命する。喉が張り裂けるほどの絶叫とともにそれを放った。

 最初の矢の幕が到達するまで後、一秒。

 そして、

「放ちまするは黄金の大刀(だいとう)――大量(おおはかり)ぃぃぃぃぃぃぃ!」

 渾身の力を持って、鞘から刀を抜き放つ。

 刀身から洩れる黄金色の輝きを切っ先に乗せ空を切る。

 切っ先の軌道に沿うように放たれたそれは、矢の幕全てを消失させた。触れるものを悉く否定するのが大量の力。

 そして、

「……うっそ……でしょ……」

 友恵の目玉がぐるりと上を向いたかと思うと、口と腹から血を噴出しながら、うつ伏せに倒れた。ひなの居合は、矢だけでなく、友恵の腹も切り裂いたようだ。

(負けたわ……あの子に……)

 血だまりの中に沈む友恵は、幼い頃のひなと過ごしたたった数日間のことを思い返す。

 ひなと買い物に行ったこと。おままごとをしたこと。食事をしたこと。数日という短さに反比例して、思い出の数はとても多かった。友恵が持っている思い出の大半が、ひなとの数日間で占められていたのだ。

(……そっか。……わたしの後悔って、ひなが、笑える世界を作れなかった……ふふっ……なら、ひなと、また買い物したかった、なぁ……)

 血だまりに沈む友恵は、青空のように澄み切った笑みを浮かべていた。

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