第38話
ひなが浮かべる笑顔から、全員が異変を感じ取った。
彼女のくしゃっとした笑顔からは、優しさや初々しさといった巣立つ直前の雛のような可能性を感じた。今の彼女は、羽をもがれ、機械で無理矢理作り変えられたかのような歪さしか感じない。
「……ったく。真面目ちゃんはこれだから……ひな!」
芽衣が呼びかけると、
「どうしました?」
ひなの声までも変化していた。素朴な女性の声は、色を知った艶のある女性の声に変貌していた。
芽衣は、その変化に驚くが、
「なんで髪真っ白なのよ? 変な薬でも打ったの?」
「髪? ……そういえば、そうですね。まったく気が付きませんでした」
横髪を弄びながら、そう答える。仕草や性格はさほど変化していないようだ。
「ここ斬りまくったのひなでしょ? なんでこんなことしたのよ? 住んでいた場所なんでしょ?」
「やってみたかったんです。ほら」
ひなは刀を軽く振るう。すると、その軌道上にあった建物や地面が切断された。
「……不思議と楽しいんです。出雲打倒という宿願を果たすことが出来ると思いませんか?」
「思わないわ。……前のアンタのほうが良かったわよ」
「――ならッ!!!!」
ひなは、一飛びで瓦礫の山を飛び降り、芽衣の足元へ。
「――これでもですかッ!!!!」
両足を大きく広げ、状態は地面に接しそうなほど低い体勢から居合を繰り出した。両目を見開き、三日月のように鋭い笑みを浮かべながらの攻撃は、彼女が持つ獣性そのものだった。
「――それでもよッ!」
芽衣の赤く輝く右手が、ひなの居合を受け止めた。
ひなは渾身の一撃を防がれ、目を丸くした。
「――阿行。セット」
芽衣の傍に現れた赤い狛犬、阿行。もんと名乗り、ピンク色の着ぐるみ姿の彼女は、狼のような獣の姿に成っている。
「収斂契約――阿行」
芽衣の右手が激しく燃え上がる。拳に巻かれた赤いバンダナを着火剤にした炎。オレンジでもなく銀色でもなく、芽衣の髪と同じく紅色、赤よりも赤い紅蓮の炎。それこそ、皇と呼ばれる性質を受け継ぐ芽衣の証明だ。
「紅蓮腕(ぐれんかいな)。私は私である前に、皇でもある。それを受け入れ、それでもなお私自身を証明する。その誓いが、阿行との契約」
「……芽衣さんが、御子に……」
ひなは、直ぐさま距離を取る。
契約の名は無視できない。常識外れの力と相対するには、情報は必須だ。
「安心しなさい。この力は尊みたいに世界を変える力はまだない。アンタのようにビルも切れないわ」
「なにをッ」
ひなに理性は残されていない。
芽衣の言葉通り、尊のような迫力は感じない。付け入る隙があるなら、そこに刀を滑り込ませるだけ。
ひなの身体能力は、外部から力を注入された結果、超人の域に達している。恐れていた出雲旗本だろうと、尊だろうと置いてけぼりにする脚力を手にしたとひなは確信している。
(私は強いッ――芽衣さんだろうともッ)
芽衣の背後を取り、首めがけて居合を放った。空気を切り裂き、音を置き去りにする一閃だ。
(――これが正義の第一歩です)
ひなは気が付いていない。かつて忌避していた出雲の巨人のように笑っていることに。
この一撃がひなにとっての分水嶺。芽衣を殺せば、出雲の傀儡の鬼となる。ひなが負ければどうなるか。かつてのように無邪気な少女には戻れない。ひなは、正義という呪縛にとらわれているからだ。それを解くには、誰かに認められる必要があった。
「英雄よ。ひな、アンタは私にとっての英雄なのよ」
「――えっ」
芽衣が、ひなを殴り飛ばした。
背後からの一閃を感知し、しゃがみ、懐に潜り込み、顎にアッパーを喰らわせた。
「英雄など……バカにして……こんな私を見ても、まだ言えますかッ!?」
「勿論よ。私はアンタが羨ましい。やるべきことを見据えて、真っすぐ走り抜ける。それが私には出来なかった。私の方が先にいたけど、いつの間にかアンタが隣にいた」
しかし、ひなは止まらない。
「――うるさいッ」
空中で体勢を立て直し右手をかざす。すると、空を舞う刀が右手に吸い込まれた。
そのままの勢いを維持しながら、刀を振り上げる。
ここまでの時間、僅か三秒。
芽衣が攻撃を放ち、無防備になった懐へ潜り込んだ一撃だ。ひなにとっては意趣返しのつもりだ。
「もう、私は戻れないんですッ」
だが、ひなには見落としがあった。
芽衣は阿行と契約している。そして、市街地での戦いで阿行の先頭スタイルを知らなかった。阿行は、神でありながら前線を張る特異な存在だった。
「――戻れない道なんてないよ」
突如として出現した炎の身体を持つ阿行が、ひな目掛け、特大の炎を吐き出した。
「――きゃぁッ!?」
悲鳴を上げながら、ひなはビルに激突した。
「私はひなと一緒にいたい。ただ、それだけ。今のアンタを否定はしないわ」
芽衣と阿行は、啓二との戦いで発揮できなかった新たな力を物にした。激しい訓練の末に、新たな御子として覚醒したのだ。
市街地の外れにて、
「狛犬の炎と……皇も受け入れたのか。鍛えれば、日光の龍に匹敵する。いや、狛犬がいればそれ以上も?」
いつもの白いスーツ姿の八十神が、ビルの屋上から芽衣とひなの戦闘を観察していた。奥には五人のメイドと、
「……アイツら殺せばいいんでしょ。なんで面倒なことを……」
出雲旗本、友恵がいた。
八十神は望遠鏡を使っているが、友恵には長距離を見通す特別な目がある。その為、戦況の把握はもちろん、ここからいつでも攻撃できるようにその手には弓を持っていた。
「目的はひなと同心の潰し合いなんでしょ? なら、私が百本も矢を撃てば終わりよ」
「勿論、友恵なら可能だろうね。だけど、本命は天照だ。この場に来るなら、その様子が知りたいんだよ」
「……天照が喧嘩の仲裁に来るって? そんなのあり得ないでしょ。神様ってなら、尚更、慎重に立ち回るはずよ」
八十神は望遠鏡を外すと、友恵に対して身振り手振りで説明をする。
「その”かもしれない”が捨てられないんだ。オレたちは天照を含む同心を知らな過ぎる。だから、この機会に情報を集めるんだ。喧嘩の仲裁に来るほどのバカなのか? その場に留まり冷たい決断をするのか? 尊を失ったことで変わったのか? 同心の実力は? 隠し玉は? ……慌てる必要はない。落ち着いて情報を集め、勝利に天秤が傾くように積み上げる。ま、友恵はめんどくさがりだから耐えられないかもね~」
八十神は肩をすくめ、ヤレヤレと呆れた表情を浮かべる。
「……は?」
友恵の額に青筋が浮かぶ。
やる気を感じさせない青色の瞳がカッと見開くと、
「アンタがそれ言うの? いきなり飛び出したかと思えばスパイごっこして、いきなり呼び出して。いや、何でもないわ。アナタって頭脳派ぶってるけど基本は脳筋だもんね。ゴメン、ゴメン。いいわよ、上司の言うことは絶対だものね?」
「嫌味を言う時だけは饒舌だな……」
「アンタのほうが――何よアレ?」
すると、友恵は何かを発見したようだ。
「……ねぇ」
「どうした?」
「――天照が来てる」
「マジで? そんなこと――ぐぅッ!?」
突如として発生した、全身にのしかかる重さと熱さ。
八十神や友恵は余りの重さに膝をつく。メイドたちは更に酷く、顔を青ざめ、両膝をつき、土下座するように首を垂れていた。
「――天孫降臨。……いや、天照大御神様がご降臨成されてました」
敵だというのに、敬っている。
「神話が、新たな神話が始まりました」
出雲幹部なら兎も角、メイドたちは神未満の凡庸な化け物。天照の格の高さに耐えることなど出来はしない。
だが、その圧力は同心たちには感じられていないようだ。天照が選定でも行っているのか、明確な線引きがあった。
ひなは”その場に立ち尽くし”空を見上げた。
(……もう、私は……引き返せません。尊さんをこの手で……)
両目から流れる血。口からも、間欠泉のように血が溢れ出す。ひなの身体は限界だった。
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