第33話

「全く。なぜ私が尻ぬぐいを……」

 額に汗をかく筋骨隆々な老人。彼は老会メンバーの一人だ。山を登り木々をかき分けとある場所を目指していた。

 そして見つけた。

「これが、天照の集落か……」

 目の前に広がる銀色のベール。視界いっぱいに広がるそれは、山頂全体をドーム形に覆っている。外部からの侵入を防ぐ壁の役割をしている。

「八十神が言うには……どこかに裂け目が……」

 ベールの外周を歩いていると、

「これか!」

 刃物で斬られたような直線状の切れ目を見つけた。

 周囲を警戒すると、裂け目に両手を入れてみる。

 異常はない。

 安全を確認してから身体全体を裂け目に入れ、ゆっくりと侵入をした。

「ここが天照が管理する……そこらの避難所と大差ないようだな」

 現在地は、天照の社とは反対側に位置する民家群の裏。全員が寝静まっているため、人の気配は皆無だ。

 そう思っていたのだが、

「そこにいるのは誰だっ!?」

 銃撃部隊の隊員に見つかった。

 筋骨隆々な老人は、平静を装いながら、

「おや、君か。……周辺警備かね?」

 襟を正しながらそういうと、隊員の警戒も解かれた。

「貴方は老会の……はい。自分にできることはやっておきたくて」

「それはいい心がけだな」

 二人は軽い雑談を交わすと、

「それで何をしに? 記憶が確かなら、ここには入れないはずですよね?」

 隊員は核心をついた問いを投げた。

(嘘八百で誤魔化すべきだろうが、今後のことも考えれば……コイツを手駒にしておくのも。いや、この宝の試運転に……)

 男は、隊員を改めて観察する。

(戦績は凡だったはず。……覇気はなく、ただただ流れに乗るだけの男だ。問題ない、コイツならば――)

 男は乱れた頭髪を整えながら、

「 ……君は、何が欲しいかね? ある程度の物ならば用意しよう」

「なるほど、買収ですか」

 隊員は銃を下げ、照れくさそうに頭を下げる。

「いえ、遠慮しておきます。他ならぬ老会の方ならば、何か意図あってのことだと思いますし。オレ、バカなんで難しいことは……すみません」

「気にするな。正直は美徳だ。だから――こうなるのだッ!」

 老人は背広の内ポケットから小さな鏡の破片を取り出すと、

「――辺津鏡(へつかがみ)」

 男性隊員の姿を写した。

 この鏡は映った物に対して様々な力を付与できる十種の神宝の一つ。本来は自己に様々な効果を付与するために使用されるのだが、用途は使用者により様々だ。

「写し、砕けろッ!」

 興奮が入り混じる声を合図に、隊員を写した鏡は砕け散った。

 すると、

「えっ――」

 隊員は鏡と同じ末路を辿った。

 地面に鏡の破片が散らばっているが、隊員がいた痕跡は何も残っていない。彼はこの世に留まることが許されなかった。

「これが神器力。……凄まじいな――戻れ」

 老人は片膝をつき、ガラス片に手をかざすと、破片は集まり元の鏡に修復された。

「再生も容易。暗殺には向いているな」

 彼の目的は、この地にいる天照の首を取ること。少なくとも、出雲の利益になる何かしらの成果を上げる必要がある。

(最悪、住民を適当に連れて行くとしよう)

 今後のプランを練っていると、

「酷いじゃないですか」

「ッ!?」

 背後に、先ほどの隊員が立っていた。

 隊員の全身を包む銀色の炎。両目からは生気を感じず、作り物のような無機質さを感じた。

 老人は、思わず後ずさりした。

「誰だお前は……なんだそれは……死んだのでは……」

 隊員はゆっくりと口を開く。

「神器とは力の塊に過ぎない。それに指向性を持たせなければ、格上には通用しない」

 どこかで聞いたことがある低い声。尊大で常に上から物を言う口調。

 銀色の炎に全身を焼却され、その人物が姿を現した。

「宝の持ち腐れとはこのことだ」

 山伏のような姿と風のように流れる黒髪。涼しげな瞳と端正な顔立ち。

「……貴様だったのか、尊ッ!」

 尊が姿を現した。隊員の皮をかぶり、偽装していたようだ。

「久しいな、老会の。どうだ? 出雲が用意した椅子の座り心地は?」

「ぐっ、そこまで見通されていたか」

 老会が同心を裏切ったことは、既に知っていたようだ。

(尊がいては天照の首など――ここは退却だッ)

 老人は踵を返し、全力で退却を選択した。

 しかし、

「では、さようなら」

 老人は、背後から女性の声を聴いた。

 覚えがあるその声の主を確認しようと、僅かに首を捻ると、その存在が現れた。

「――伊邪那美ッ!?」

 ふわりと膨らむ白髪、揺れる白装束。上空から現れ、着地しようとしていた。闇夜に輝く赤い瞳が、自分を射貫いている。

 その光景を最後に、老人は銀色の炎に焼却された。叫び声も上げる暇はなかった。

「久しぶりね、尊」

 伊邪那美は蠱惑的な笑みを浮かべた。

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